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心の拠り所に

作者:

唐突に始まって唐突に終わるシリーズ。

「君は本当に、仕方のない人だねぇ」


 ごめんなさい、と口をついて出そうになって、そういえばと唇を噛む。謝らなくていいと何度も言われたから、こう言う時に出る謝罪はきっと逃げだ。

 その心の動きに気づいたのか、彼は目の前でまた仕方のないものを見るように、愛おしいものでも見るように笑った。


「いいよ、何度でも言うよ。僕は君が好きだから、君に何をされても大丈夫なんだよ。八つ当たりされても、君が八つ当たりできる相手だと認識してくれていることが嬉しくてならないんだから」


 ぼろぼろと、涙がこぼれ落ちていく。そんなことを言ってくれる人、今までいなかった。私は今までずっと、辛いことも苦しいこともしんどいことも、全部全部自分一人でなんとかしてきたんだ。それは、頑張って乗り越えてきたとかそんな胸を張って言えるようなものではなく、ただいなしてきただけの事柄も多かったけれど、それでも私は全てそれを一人で乗り越えてきた。誰かに助けてと言えることもなく、だから誰にも助けてもらえることはなく。

 だから、今目の前で私がずっと欲しかった言葉をくれるこの人のことが、怖くてたまらないのだ。そんなことを言って、いつかきっといなくなってしまうとしか思えないから。だって私は面倒くさい女なんだもの。勇気がないから素直になれなくて、素直になれないくせに構って欲しくて、不安定になったら八つ当たりをして。そんなことを許してくれる人が現れてしまったら、いずれその人がいなくなってしまった時に辛くなるとわかっているのに。


「まだ信じてないでしょう?」


 困ったように笑いながら、彼はそっと私の頬を撫でた。ぼろぼろ流れ落ちる涙で汚れた頬なのに、彼に撫でられただけで綺麗なもののように思えるから不思議だ。

 本当はもう彼のことが好きで、彼が私を甘やかしてくれるのが嬉しくて、彼に甘やかしてもらいたくて、彼に愛してもらいたい。でも、そんなこと言えないのだ。私なんかがそんなこと望んで良いのかがわからないのだ。私は私のことが大嫌いなのに、自分にすら嫌われているのに誰かに愛して欲しいなど烏滸がましいにも程があると思うから。


「どうしたら信じてくれる?」


 信じたい、信じたいけれど、私に勇気がないから信じられないだけなのだ。


 だけど、もし、


 そっと、彼の袖口を握る。手を握るなんてことはできなかったけれど。


 もし、彼が私にその勇気すらくれると言うのなら、


「抱きしめて、ください」

「それだけでいいの?」

「私が、泣いたら、抱きしめてください。泣き止むまで、ずっと、抱きしめててください」


 私は泣き虫だから、きっとすぐ泣くだろう。自分のことが嫌いすぎて泣くから、彼がいない時も泣くだろう。だから、私が泣いたら絶対抱きしめてなんてできるはずもない約束だ。


「そんなことでいいの?そんなのお安い御用だよ」


 そう言って、彼は私を抱きしめてくれた。ああ、ああ、ずっと、私は誰かに抱きしめて欲しかった。誰かに抱きしめて大丈夫だよって言って欲しかった。それだけでよかった、それだけで、私はきっとよかったんだ。だけど、誰かに抱きしめてなんて言えるはずないから、自分で自分を貶して貶して、その反動で立ち上がってきた。立ち上がったというか、這いずってなんとか進んできた。

 喉の奥で醜い声が漏れる。自分の泣いてる声がうるさくて、首を絞めるように黙らせようとしたことだってある。なのに、彼は楽しそうに大泣きだねぇと言って、もっと泣いて良いんだよと私の頭を撫でた。


「ずっとひとりでしんどかったね。でも、もっと僕に甘えて良いんだよ。君は自分に厳しすぎるから、多少僕が甘やかしたってダメになったりしないだろうし」

「そんなこと、ない、本当は弱い人間だから、そうじゃないって、しようとして、強くならなきゃって」

「そうして頑張ってきたんでしょう?じゃあ、強い人だよ、君は。そんな君が好きだよ」


 どうして、この人は私のことを好きだと言ってくれるんだろう。私に好きになってもらえるようなところなんてひとつもないのに。


「泣いたら抱きしめてあげる、お安い御用だ。泣いてなくても抱きしめてあげる。僕は君が好きだから、君が僕に甘えてくれたら嬉しいな」

「わたし、あまえるとか、わからないけど」


 誰かに甘えることがなかったから、甘えることと依存と、そういうのがよくわからない。どこまでが甘えでどこからが依存で、だから人に頼るのも難しくて。でも。


「あなたに、甘やかしてほしい。うまく甘えられないけど、甘やかして、抱きしめて、ほしい」

「だからずっと言ってるでしょう?僕がいるよ。僕がいる。僕が君を甘やかしてあげるし、抱きしめてあげる。君が好きだよ」


 ああ、ずっと、ずっとあなたみたいな人に会いたかった。

 ずっと誰かに抱きしめて欲しくて、ずっと誰かに甘やかして欲しくて。でも今は、誰かじゃなくて、あなたがいい。


「私も好きです、自分を愛することができない私だけど、私のことを愛してくれますか?」

「君が君を愛せないなら、僕がその分君を愛するよ」


 ああ、今日はもう、この涙は止まってくれないかもしれない。でも、そうしたら、彼はずっと私のことを抱きしめていてくれるのかしら。抱きしめていてくれるのかもしれない。

自分のことを全肯定して全部受け入れてくれる人なんてものはそうそう出会えるものではないと思うんだけれも、まぁお話の中でくらい出会えても良いじゃない?

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