二『イシガキ』
(け、刑事!?)
ミーナは、突然入室して来た2人の刑事に戸惑いを隠せなかった。
役者は揃ったと、そう豪語する刑事の男。そして、その隣にいる細目の青年。おそらく彼も刑事だろう。
「なんてタイミングが悪い」
金子と名乗る男に舌打ちをしながら鈴村は席に座り、お茶を4人分注ぐ。
「どうもどうも、これはご丁寧に」
「ふん、それ飲んだらさっさと帰ってくれる?久しぶりの親友との再会なんだけど」
「いやいや〜、そう言う訳にもいかない事態になったんですって〜」
「御託は結構よ!早く帰りなさい!」
鈴村は苛つきを見せる。その横で細目の青年が席に座り、お茶を一口飲む。
「今日は新入りも連れてきた訳?」
「ええ、そうです。いい勉強になると思いましてね」
「申し遅れました。私、江戸川区警察署第一課所属の滝沢です。初めまして鈴村さん、ミーナさん」
細目の青年は自己紹介をし、作り笑いをしながら2人にお辞儀をした。
「彼はね、二月程前までは検視官だったんですよ」
「ふ〜ん。それで、死体の見過ぎであんたと同じ体質になったって事ね」
検視官と言う職業は、刑事経験が10年以上、もしくは殺人事件の捜査を4年以上している必要があり、法医学を修了している警部か警視が任官される。なので、検視官になるのは茨の道となるのだが、滝沢の年齢はミーナ達と変わらないようにも見える。
「ええ、お察しの通り僕も金子刑事と同じような身体になってしまったのですよ」
「え、ええ?どう言うこと?」
場の状況にミーナだけはついていけず、ただ頭を抱えていた。
「ミーナ、こいつらの話は後でするから」
「今してくれても構いませんよ」
「必要ないね」
鈴村は一喝で金子の意見を打ち消し、嘆息をして視線を逸らす。
「それで何のよう?私達だって暇じゃないのよ。要件があるなら手短に終わらせて」
「おや、聞いてくれるんですか?」
「そうでもしないと帰らないでしよ」
鈴村は仕方なく金子の話を聞くことにした。しかし、態度が人から物事を聞くようなものでない為、まともに話を聞く気はないようだ。
「今回はミーナさんもいてくれて本当に幸運でしたよ」
滝沢がニコニコと笑顔を浮かべながら意味深な事を呟いた。ミーナと鈴村は、少しだけこの男を不気味に思い、気持ち悪いとも思った。
「今回は、この男の事について聞きに来ました」
金子は、ポケットから手帳を取り出し、そこに挟まっていた一枚のチェキ写真を2人に見せた。
「──え?」
「これって……」
その写真の人物に2人は驚きを隠せなかった。そして、「なんで」と言う疑問しか頭の中には浮かばなかった。
「お二人共、この男に見覚えはありますね」
金子の声色が変わった。部屋の中が重い空気に包まれたように寒気が走った。
「なんであんたがこの写真を持ってるのよ」
鈴村がこの写真をなぜ金子が持っているのか問うが、金子から答えは返ってこない。
「これ、石垣先輩じゃないですか…」
ミーナが呟いたその石垣と言う人物。彼は、心霊・オカルト研究部の初代部長にして、創設者。そして、卒業の際に部長の座を青木に渡した者だ。
「やっぱり、お知り合いでしたか」
やっぱりと言うことは、この石垣と言う人物がこの2人と何かしら関わりがある事は予め裏を取っていたのだ。
だが、この写真に何か違和感を感じる。
「ねぇ、なんで中学生の時の写真を使っているの?裏も取れてんなら、最近の写真を使ってもいい訳じゃない?」
写真の石垣は、学ランを着ていて、ミーナと鈴村が知る石垣そのまんまだった。写真の画質も悪いし、なぜ、わざわざ中学生の頃の写真を使っているのか分からなかった。
「……やはり、知らないですか」
「何を?」
「この人ねぇ、行方不明なんですよ」
部屋に静寂の空気が漂う。ミーナと鈴村は驚きの表情のまま動けない。滝沢は相変わらずニコニコしている。
「どう言うこと?」
「行った通りです。……行方不明なんですよ」
少し間を開け、金子が再確認のためにもう一度真実を伝えた。
「まあ、突然こんなこと言っても、混乱するのは当然ですよね。では、この御二方に見覚えはありますか?」
金子はそう言うと、大きめの鞄に入っているファイルを取り出した後、その中から2枚の写真を取り出し、机の上に置いた。
写真は、先程のチェキとは違い、最近撮られた物らしい。画質もかなり良い。
しかし、写真の人物からは生気を感じない。まるで、生きる屍だ。
「この2人は誰ですか?百合香ちゃん、知ってますか?」
「ううん、私も知らない」
ミーナと鈴村には、この2人が誰か分からない。石垣の写真の後に出された物なので、もし、石垣関連の人物なら、学校で会ったことがあるかもと思っても、記憶の中に写真の人物は見当たらなかった。
しかも、写真の人物は、1人が左目に眼帯をして、もう1人は右手が義手だ。もし会っているなら、きっと忘れない外見だろう。
「なるほど、知りませんか……」
金子は少し落ち込んだ表情をして、席を立ち上り、窓に向かった。
「よろしいですか?」
「勝手にして」
金子は、ポケットから電子タバコを取り出し、それを口に咥え、吸って吐いた。煙は外に出したため、部屋内には来ず、漂いながら煙が消えていった。
「ふ〜、滝ちゃん、あれを」
「はい」
金子の指示に滝沢は頷き、ファイルの中から1枚の集合写真を取り出した。
写真はチェキよりかは古びてなかったが、角の方には虫食いもあり、写真の裏側には2007年と書かれていた。
「この写真に写っている3人の内、1人は石垣さんなんですよ」
滝沢は写真の中央で屈託のない笑顔を浮かべている人物を指差し、その人物が石垣だと告げた。
「そして、彼の両隣りにいる2人は先程お見せした写真の人物です」
「──え?さっきの写真と同じ人?」
石垣の両隣りにいる男女は、見た目から大人しそうな性格の人物に見えるが、先程の写真のように生気がないとは思えないし、義手と眼帯もない。
「それで、何が言いたいんですか?」
鈴村は詰め寄るように神妙な顔をして滝沢に何が言いたいか聞いた。
「……この2人は、貴女方が所属していた心霊・オカルト研究部の創設メンバーですよ」
滝沢が言った言葉に2人は少しだけ驚いた顔をしたが、自分達の先輩がいるという事実を知っただけで、寧ろ親近感が湧いていた。
「そうなんですか。…確か、石垣先輩も創設メンバーでしたよね?石垣先輩の先輩さんなんですか?」
ミーナは親指を顎に当て、この2人が石垣の先輩に当たる人物と予想をつけ、滝沢に質問した。
「……いいえ、彼らは石垣さんの同級生です」
「同級生?」
「……ちょっと待って。それ少しおかしくない?」
同級生と言う言葉に2人は違和感を感じざるを得なかった。
滝沢もその反応が分かっていたかのようにニコニコとした作り笑いから、真剣な表情で写真をミーナと鈴村によく見えるよう2人の前まで差し出した。
「この2人が石垣先輩の同級生なら、私達にも面識があるはずよ。なのに、私とミーナはこの2人を知らない」
鈴村の発言にミーナも「うんうん」と言いながら首を縦に振っている。
「……この2人は、貴女方が入学する1年前に転校したんですよ」
「そう……。なら、知らなくても仕方がないわね」
「いえいえ、問題はここからですよ」
電子タバコを吸い終えた金子が席に戻り、A4版のクリアファイルを取り出し、その中にあった十数枚の紙を机に並べた。
「これは…?」
「写真に写っている2人の経過観察の資料です」
病院から持ち出した物なのだろうか。義手の調整や、視力検査などの事が書いてあった。
「実はですね、彼らは、身体の一部を欠損したのが原因で転校せざるを得なかったんですよ」
「……それはお気の毒ですね。事故が原因ですか?」
「表向きはそうなってますね」
含みがあるような言い方に鈴村が反応する。
「表向きってことは、なんか隠してんの?」
金子の眉毛が動き、ゆっくりと頷いた。
「隠していると言いますか、分からない事が多いと言う方が正しいですね。…あの2人、同時期に身体を欠損したらしいんですよ。しかも、場所も日も時間も一緒。偶然と言うにはあまりに可笑しいんですよ」
「それで、どこで彼らは身体を欠損したの?」
「……学校ですよ」
偶然同じ場所で事故が起きて、2人同時に身体が欠損することはあり得ない話ではない。だが、欠損した時の場所が学校。つまり、建物内となれば別の話になる。
もしも、そのような大きな事故があれば、学校もただでは済まないだろう。しかし、鈴村とミーナは在学中、そんな事故の話は聞いていないし、校舎内にも事故による痕のようなものは一切無かった。
「貴女方も通っていた学校。場所は2階の多目的室……いや、心霊・オカルト研究部の部室と言った方がいいですかね?」
「……奇妙な偶然ね」
「そして、その現場に石垣篝もいたんですよ」
金子は石垣のフルネームを言い、机を叩く。
「あの事故には何か裏があるんです!!身体を欠損した2人、行方不明になった石垣!!あの3人はあの日、あの部屋でやってはいけないことをやっていたんだ!!」
「……そんな大声で言われても、私達が知っていることはないね。実際、石垣先輩が行方不明になったのだって今知ったし、創設メンバーの2人のことも知らない。あんたら警察は、私達に何をしてほしい訳?」
鈴村が冷静に、熱くなって感情が昂る金子を対処する。
「……我々警察が貴女方に求めるのは1つ。情報の提供。特に、石垣篝と関連がある貴女方に彼の行方を調べてほしいのです」
「そう、分かった。でもさ、私達に聞くよりもその2人や石垣先輩の家族に聞いてみたら?」
「……あの2人は何も話したくないようでした。石垣篝の家族、親族は皆既に他界しています故、頼れるのは貴女方だけとなっています」
既にコンタクトを取り、当時のことについては聞いているようだが、写真で見る限りでも廃人としか言いようがない彼らの表情から、金子の言うことにも一理あると思うしかない。
「分かりました。私に答えられることがあるならなんでも答えます」
「ミーナ!?」
ミーナの言葉に鈴村は驚いていたが、それ以上に滝沢と金子も目を丸くしていた。
「だって、石垣先輩が行方不明なんですよ!私も心配なんですよ!百合香ちゃんはどうなんですか!?」
「そりゃ、私も心配だけど……」
鈴村が石垣のことを心配しているのは事実だ。何せ、本当の自分を曝け出せる1人でもあるし、その側面を見せても受け入れてくれた人だ。心配しないわけがない。
「私は、これ以上友達が減るのは嫌なんです!まだ生きているというなら、私は石垣先輩を探す為に全力を尽くします!」
真剣な表情でミーナは鈴村と顔を合わせる。よく見れば、握った拳がプルプルと震えている。
「……分かったわ。ミーナがそこまで言うなら、私も石垣先輩を探すのに協力する」
渋々だが、鈴村もミーナの意見に同意した。
「ありがとうございます。では、最初に我々が追っている廃マンションでの事件についてお話しします」
──それから、刑事の2人は今回の事件について一から話し始めた。まず、43年前の毒殺事件からだ。43年前、ある反社会勢力の男が見せしめとして当時の官房長官を拷問した後、殺害した。これが43年前の毒殺事件である。その3ヶ月後に実行犯の男は逮捕され、余罪も含めて死刑となった。しかし、その4年後、毒殺事件の犯人が実行犯の男が単独でやっていない事が判明し、その組織を追っていた1人の警官とその妻子が殺害される事件が起き、警察はその反社会勢力を目の敵にする。その結果、組織は1年で摘発され、所属していた全員が逮捕、起訴された。そして、二つの事件が起こったマンション・エメラルドは2つ目の事件の際に小火が出たこともあり、入居者も激減。いつしか、廃マンションとなってしまっていた。そこからは、誰もが知っている通りに行方不明者や死者が出る呪われたマンションと成り果てたのだ。
そして、事件から35年以上が経ったある日、行方不明者や死者が出る原因を調べるために、警察は重い腰を上げ、数名の刑事を派遣し、捜査した。その結果、取り壊しの前、最後にこの廃マンションに忍び込んだのが鈴村とミーナが在校していた私立橘中学附属高校の心霊・オカルト研究部の6人だったということが判明した。
ここから、警察は更に捜査を続けた。その甲斐あって、廃マンションに入って唯一生き残った鈴村を1年前に見つけることが出来たのだ。それから、半年が経過した時にこの心霊・オカルト研究部の6人以外に3人の創設者がいることも知り、内2人が同じタイミングで身体を欠損するという事故に遭い、更に、石垣が行方不明なこともつい最近知った。
「──とりあえず、我々が進めた捜査はこんなところです」
「ありがとう。所々濁している箇所もあったけど、あんた達にも事情があるんでしょ?目を瞑っててあげるわ」
金子が捜査の概要を話し終えると、鈴村が湯呑みの中にお湯を注ぎ、湯気が立つ。
「あのう、私気になった事があるんですけど……」
ミーナが挙手をして、金子に質問をする。
「石垣先輩って、いつから行方不明なんですか?」
ここまでの話で石垣が行方不明になったという事は出たが、いつからという話は出ていなかった。
「滝ちゃん、あれ出して」
「了解です」
ミーナの質問の後、金子は滝沢に何かを取り出すよう指示をして、阿吽の呼吸のように滝沢は自分の手帳を金子に手渡した。
「……我々が調べたところ、確実性はありませんが、いつ行方不明になったかは当時の行方不明者捜索記録に載っていたんですよ」
金子は手帳に貼ってある行方不明者捜索記録のコピーの一部をミーナと鈴村に見えるよう机の上に置いた。
「この資料によると、石垣篝が失踪したのは2012年の3月9日らしいですよ」
「え……」
「その日って……」
ミーナは、一瞬唖然とした表情をした後、隣に座っている鈴村と顔を合わせた。鈴村も、3月9日と言われた瞬間に目の色を変えて資料を凝視した。
「まさか…そんな筈は……」
「お二人とも、何か知っているんですか?」
2人の反応にすかさず金子が何か知っているか尋ねた。2人の反応は素人でも分かりやすいくらいに何かを知っている。もしくは、隠そうとしている反応だった。
「 ──ってます」
ミーナは小声で囁いた。
「え?」
「私たち、その日に石垣先輩と会っています」
冬も終わり、暖かくなってきた初春。2人の記憶の中にある2012年3月9日の思い出。その中に石垣篝の姿が確かにあったのだ。
『続 カラスはなぜなくの』に登場するキャラクター紹介。
ミーナ・スミス(26)
ひまりと同じ大学に進学したが、ある日突然、ひまりが亡くなってしまったのが原因で精神を病んでしまったため、アメリカに帰国し、治療を受けながら編入した地元の大学で単位を取った。卒業後は、親が経営している会社を一つ受け継ぎ、今は社長の地位で新しい事業に手を出している。ちなみに、コミケに参加するために年に2回、お忍びで日本に来日している
鈴村百合香(25)
高校卒業後、都内の私立大学に進学。映画サークルに入り、卒業まで3本の映画を制作。オーディションを勝ち抜いて、学祭で発表できたのは1本だけだったが、その映画がとある薬品会社の役員の目に止まり、その会社がスポンサーとなって今も映画監督としての生活を送っている。ちなみに、最初に制作した映画はB級ゾンビパニック映画。興行収入は振るわなかったものの、一部ではカルト的な人気がある。尚、大学卒業後に制作した映画は2本であり、内一本が上記で説明したゾンビパニック映画で、もう一つが王道のSF物だった。この映画はそれなりにヒットして、小さな賞も貰った。
金子巖(65)
30年以上、廃マンション関連の事件を追っている肥満気味で白髪の刑事。趣味は釣りと麻雀。
滝沢綾鷹(36)
細目で、常に貼り付けたような笑顔でニコニコしている刑事。見た目は20代後半に見える。趣味は喫茶店巡り。
石垣篝
心霊・オカルト研究部の創設者にして、元部長。両親はカルト宗教の教祖。