33話「こうして勇者様が」
「噂通りには楽しませてもらいましたよ。さようなら
ドロシー・マーテル―」
時間を超えるという恐ろしい力を使ったナインは勝利の余韻に
浸ってここに辿り着いた彼女の従者たちに高らかに告げた。
「これでお前たちの王は消えた!これで僕の勝利だ!」
「くっ、そんなはずが無いわ…!!」
カーラが絞り出すように声を出す。
「だけど事実なんだよ。君たちだって分かるだろ?彼女の
魔力が消えてることぐらい。さて、ここからはどうしようかな」
ナインは本当に気づいていなかったのね。
そうよね、私の演技にも気付いていなかったもの。彼は自分だけしか
見ていない。だからこそ演技に気付けない。それに他の戦いも
含めて全てが彼女の掌の上だったということも分かっていない。
本当にすごいわ、ドロシー様。貴方は規格外、この少年の計算の
外側に常に存在する。
一人が笑いを漏らした。
「そうか、勝ったか。許可が下りたんでね。俺が説明してやる」
バルカンは前に出て、演説する。それはここに至るまでに
ドロシーが行った作戦だ。計算の更に先を予測した幅広い対策の
数々。敵の内情調査から、実力測定まで。そしてナインの弱点までも
見抜いていることに。
「そんなわけがない。僕は確実に彼女を時空の果てに飛ばしたんだ。
君たちだって彼女を感じられないだろう?それが何よりも証拠なんじゃない?
僕が演技を見抜けないはずが…」
「でしょうね。本気で敵対しているわけでは無いのだから」
「え?」
エミリアは自信に満ち溢れた目をしていた。
「私は薄々気づいていた。貴方がきっと何かをしでかすと。だけど
敢えて無視をしていた。良かったわ、好転して。貴方が見抜ける嘘は
貴方自身にとって悪影響を及ぼす嘘。それ以外は見抜けないの。
貴方にとって好意的な嘘は、ね」
「だけど―」
「そうだな。お前の疑問は敵対してる奴なのにどうして?だろ。
それなら簡単。あの分身体にリーベの能力が掛けられていた。彼は
愛情を操るんだ。敵対するような負の感情ではない」
エミリアに続いて、ユベルが説明した。
「さて、お膳立てはしましたよ。勇者様」
姿を現した人物に驚愕する。全員が道を開け、その道を
通ってくる少女は紛れもないドロシー・マーテル本人。
傷一つない柔肌を持つ美しい少女。
「良い気分だったみたいだけど、悪いね。一発で
終わらせてもらうよ。こちとら勇者だからさ」
「何をふざけた事を言ってるんだよ!僕は、僕は確実に―」
「他人を見下す奴が勝てるわけがない。最後に勝つのは悪じゃなくて
勇者よ! 大地を照らす煌めきの星!―太陽!!」
真っ暗な空の下、そこには本物の太陽があるかのような暖かな
熱と包み込むような光が輝いていた。空からドロシーは
ナインを見下ろす。
「太陽槍!!」
「―そうして勇者様は国と世界を守ったんだ」
この話は国で語り継がれていた。その戦いから90年経っても尚、
勇者の戦いぶりはこの国では有名なのだ。
これは本。国で有名な勇者の戦いを掻い摘んで綴られた本なのだ。
しかし事実を語っている。