21話「天王星の剣」
メストドランの手が覆っているのはドロシーの細首。
三歩すべて使って距離を詰めたのだ。力はどんどん入っていき
すぐにでも絞め殺すと言わんばかりだ。体を揺すっても、
彼は力を緩めない。
「でも、もう三歩動いた…。これで避けることは―」
「避ける必要なんてないだろ。勝ったつもりでいるなら
撃ってみろよ?」
不敵な笑みを浮かべたまま語るメストドラン。それが傲りではない
ことは薄々分かっていた。並大抵の火力では彼に掠り傷を
与えることも出来ない。それにどうやら彼は魔素を収束している。
この近距離で彼の攻撃を喰らったら無事じゃ済まない。
「―星座結束!!」
光を収束し、辺りに放つ攻撃。名前の通り、小さな光を一つに
結束して放つ魔砲。この近距離で放てば、少しでも相手は力を
緩めるだろうと思ったがそれは甘い。薄皮も傷つけることが
出来なかった。
「前の男も使っていたな。確かにその時は動揺したが
慣れてしまえばどうってことは無い」
「前の男…つまり、その人が使ったことが無い魔法なら可能性が…」
「無いとは言わないぜ。だがなぁ、あるのか?そんな魔法が」
その言葉にドロシーが笑って答える。
「あるよ。多分、見たことが無い魔法ならね」
自信ありげな言葉を聞き、メストドランは歓喜する。何年ぶりかの
高揚感が彼を支配していた。そういう竜なのだ。この水竜は
かつて人間達を守る代わりに10年に一度、その中から戦士を
選びドロシーと同じように自分とお遊びをするようにと言い付けた。
戦いに自分が勝とうが負けようが、相手の人間は無事に返してきた。
ドロシーが来る前に来た男は彼女に似ていた。その男は見事に
自分に打ち勝ったのだ。まさか両腕を切断されるとは思っても
見なかった。
『いや、すぐにお前は今回よりも楽しめるだろう。その時はもっと
本気を出して良いと思うぞ』
脳裏に焼き付いた言葉。“その時”とは今回の事なのかもしれない。
ドロシーの手には何時の間にか鍵が握られていた。
「天体装術―」
新たな魔法。それもきっと世界で彼女しか扱えないだろう。
そもそも0から魔法を作り出すなど難しいの範囲外、そんな言葉では
言い表せない難易度なのだ。
「天翔ける風の星―天王星!」
吹き荒れる風。予想外の攻撃だがその場を耐え切って見せた。
しかしドロシーは後ろへ後退していた。メストドランは
視線を下に落とした。切断された腕を一瞥し、喉を鳴らして
嗤った。
「そうか…やはりあの男が言っていたのは、この事だったのか。
悪いな、ドロシー・マーテル。やはりお前との口約束、破らせて
貰うぜ!!」
「えぇー!!」
三歩のハンデを彼は放棄し、何が何でも接近戦に持ち込もうと
するメストドラン。意外にもドロシーは冷静でよく彼を見て
逃げ回っている。
足を止めて剣、ウラヌスを構える。
「―天王星剣!」
確実に体の中心を穿つ細剣。風属性を纏う剣による突きは
貫通性が増していた。並の刃物すら通さない頑丈な肉体を
ドロシーは見事貫いて見せた。死んでも可笑しくないはずなのに
メストドランは高笑いする。
「心の臓を貫かれるとはな!!ククッ…!!これまでに挑んできた
人間の誰もが成し得なかった事だ」
致命傷すらもどんどん塞がっていく。傷を全て塞ぎ終わると
彼は軽く体を捻る。そして立ち上がるとわしゃわしゃと
ドロシーの頭を撫でた。
「よくやった。誇れ、ドロシー。お前は俺の腕を斬り落とし、
更に見事、俺の体に致命傷を与えた!」
「え、えぇー…?」