16話「どんなに時が経とうと」
彼がやって来たのは人間達が去った直後だった。
「ストリウス様!?」
懐かしい男を見つけて彼らが叫んだ。
ストリウス・マーテル、オズを治めていた最初の王。
「その名前はもう捨ててしまったよ。今の俺の名前は
バルカン・マーテル、ストリウスの弟ということにしておいてくれ」
「何故?ドロシー様は貴方に会えて喜んでくれるはずなのに…?」
ラージュは首を傾げた。そんな彼に対してストリウス…否、
バルカンは何処か申し訳なさそうに、自嘲するように笑う。
「俺は、もう…いいや、元より人間では無かった。今や本物の
怪物になってしまった。そんな奴が父親だと知ったら、彼女は
思い悩んでしまうだろう」
自分も普通の人間では無いのでは?
そんな些細な疑問でもドロシーにとっては大きな心の穴に
なりかねない。彼はやはり父親だった。自身の種族が変化しても
どれだけ長く離れていたとしてもずっと娘を
愛していた。
「…分かりました。それが貴方の願いだというのなら、我らは
貴方の存在を秘匿します」
「すまないな。今の主に嘘を吐くような真似をさせて」
「構いませんよ。そんな事は…」
バルカンは柔和な笑みを見せる。
「あれ…?」
ドロシーの両目から溢れるのは大粒の涙だ。何処か懐かしい
男を前に泣いてしまった。バルカンはドロシーをギュッと
抱きしめてやる。
「俺は、ストリウスからお前の事を頼まれた。よくここまで
頑張った。お前はやっぱり兄の娘だ」
自身のハンカチで彼女の目を拭ってやるバルカン。
彼はドロシーにも椅子に座るように促す。
「話したいことがあってここでずっと待っていたんだ。
お前の部下たちには全て話し、お前が良しというのならと
許可は貰った」
「その内容次第では…」
「お前、勇者にならないか?」
ドロシーはポカンと口を開けたままフリーズした。
「まぁ、なる可能性が大きいってだけだ。俺は今回の
ことを許すことが出来ない。人間を殺し、その魂で俺が魔王と
なる。それを使えばもっと円滑に人間との共存共栄を進めることが
出来る。そこでお前が俺と言う魔王との因果を持ち、勇者となり
改めてこの国に君臨する。俺は魔王と言う力を人間のために
使うと約束しよう。業を背負うのは、俺だけでいい」
「でも…良いんでしょうか…」
ドロシーは小さく呟いた。人を殺してしまう。そんなことは
良いのだろうか。
「お前は今、この国の王だ。お前が前を向かなければ全員
前を向くことは出来ないんだぞ。お前が決めろ、国王として
利用できる力は全て利用しろ」
アドバイスをされているような気分だ。ドロシーは覚悟を
決めた。自分は勇者になる。
「分かった。ごめんなさい、人を殺させるような
事をさせてしまうけど…」
「気にするな。何時かはこうなると薄々思っていたからな」
二人は握手をした。翌日から本格的にオズは
動き出した。やられた分、キッチリと返すために。