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婚約者選びは慎重に~ある王族の婚約騒動記

作者: 公社

当たり前ですが、この物語はフィクションです

「王女殿下は相変わらず地味ですわね」

「ホントに。マーセリア様の方がよほど姫君らしいですわ」


 いつの世もかしましい女性はいるもので、今日もまた私のことを噂する声が聞こえます。


「殿下……」

「いつものことよ。気にしていたらキリがないわ」




 私の名はアイリーン。

 この国の国王夫妻の間に生まれたただ一人の王女です。


 両親は政略結婚ですが、夫婦仲は娘から見ても恥ずかしくなるくらい良好。


 子供が私一人しか生まれなかったため、娘を送り込みたい貴族の思惑もあり、側妃をという進言は数多くあったそうですが、お父様は私が王位を継いだ後、相応しい夫を迎えれば問題なかろうと断固拒否。


 そんなわけで女ではありますが、幼い頃から帝王学などの後継者教育を受けております。


 この国の王位継承権は直系男子、直系女子、傍系の順。私が継承権第一位なのも、ひとえに兄や弟がいないから。


 しかし女王というのはあまり歓迎されないようで、過去に王位に就いた女王も、次代までの中継ぎという場合が多いのです。


 私に息子が生まれれば、譲位して私が摂政として後見することになるでしょう。


 また、生まれた時点で父上が存命であれば、王位継承権第一位は息子に移りますので、世の関心は私が誰を夫に迎え入れるかなのですが、今のところ私に浮いた話はありません。


「この容姿ではね……」


 武に長け、背も高く、厳つい顔の父上と、可憐な容姿と高い知性で稀代の才女と讃えられた母上の間に生まれたのですが、顔のパーツから体の作りまで父の遺伝を受け継いでしまった私。


 鮮やかなブロンドの髪と目元だけ、微かに母の遺伝を窺える部分はあるものの、外見はほぼ父。


 父も決して不細工ではありません。むしろカッコいい部類なんですが、そのゴツくて厳つい遺伝子を女が受け継ぐと、可憐とか清楚なんて言葉は忘却の彼方。


 おまけになんでかなぁと言うくらいの高身長まで受け継いだ上、武芸に学問にと、およそ王女らしい生活とは無縁だったため、女として見られることはまずありません。


 おかげさまで父の武勇と母の知性を兼ね備え、次代の王としての器量は十分と言われてますが、王女としての華やかさは今一つ、いえ、今二つ、三つ、四つと足りません。というか、そもそもそんな物はないかもしれない。


「そんなことありません。殿下は十分にお美しいです」


 学園の生徒会活動を手伝ってくれていた頃からの懐刀で、今も私の補佐を務めてくれているスピアリング子爵家の令息シーリスがすかさずフォローを入れてくれます。


「ありがとう。お世辞でも悪い気はしないわ」

「殿下、お世辞ではありません。私は殿下に惚れ込んだゆえ、お側に仕えているのですよ」


 シーリスはいつもそう言ってくれる。

 

 彼は有能な若者です。常に私を慕い敬うだけでなく、キチンと女性として私に接してくれる。


 王女と子爵令息という身分の壁はあるものの、ずっと側にいて欲しいと思う願望から、学園を卒業しても側近として重用しております。


 その彼が、私には王として十分な才がある。だからこそ自分は付き従うし、そう思う有志は数多くいます。だからあのような世迷い言を申す者など捨て置けばよいと言います。


 そう言ってくれるだけで、心が晴れ晴れとするのは、側近として信頼する以上の感情があるのは間違いありませんが、その気持ちを出してしまえば、彼に迷惑をかけてしまうので、決して表には出すことは出来ません。


「とにかく、殿下は他国の後継者と比較しても決して劣ることのない、紛れもない立派な王女殿下です。自信を持ってください」

「立派なのは王女としてではなく、後継者としてでしょ」


 中継ぎとはいえ、次代の王、もしくはその母となる身ゆえ、こんな見た目でも王配の座を望む家や他国の王族はいるもので、何度か顔合わせをすることはありましたが、私が気に入りません。


 王という立場は、第一に国に安寧をもたらすこと。

 個人的な愛など二の次ではありますが、会うやいなや「ヤることヤったら、後は好きにしていいよね」とか、「ボクチン王配になってラクしたーい」と雰囲気から分かるようなクズしか来ません。


「王配がボンクラでも、殿下が優秀ならば問題ないでしょう」

「そうはいかないわ。せっかく夫婦になるんだから、私が認められるだけの相手でなくてはイヤだわ」


 私もこんな見た目なので、選り好みできる立場ではありませんが、あまりにも誠意の欠片もない男を夫とはしたくありませんし、両親も私の気の済むまでじっくり選べばよいと申しておりますので、その言葉に甘えておりましたが、最近雲行きが怪しくなっております。




 結婚適齢期ど真ん中なのに、あまりにも男っ気が無いものだから、私に結婚する気がなく、王位を継ぐ気がないため、継承権は従弟である大公の息子に移譲されるのではという噂。

 

 父には弟が一人おり、大公の位に就き、私と自身の子が産まれた後、王位継承権を放棄されております。


 この大公、悪いお方ではありません。

 継承権を放棄したとはいえ、王族の一員として公務はキチンとこなしておりますが、その奥方が曲者なのです。


 伯爵令嬢だった彼女は、私の母に劣らない美貌の持ち主。知性もそれなりにお持ちのようですが、そこはかとなく腹黒い感じがあまり好きになれません。


 元々はその美貌を武器に私の父に取り入ろうとしたが、父は母一筋だったので、さっさと方針転換して弟に乗り換えたという噂もあります。今となっては真偽のほどは分かりませんが……


 その大公家にいる、従妹マーセリアと従弟コーリーの二人の子は、私の父とは似ても似つかぬ色男の大公と、その妻の美貌を受け継ぎ、本家の私よりも王族としての華やかさがあると言われています。


 コーリーは王位継承権第二位。

 念のためという意味合いのため、大公本人は息子を王にするつもりはないみたいですが、彼を王位に就けたいと画策する一部の貴族に唆されて、大公妃が今更ながら教育に熱心になっているとのこと。


 さらには弟が王となれば、私と立場が逆転するマーセリアもこれに同調し、弟を焚きつけており、私に対しても、以前より明らかに不遜な態度を見せるようになっています。


 コーリー本人にはそんな気は全くなく、会う度に「母と姉がすみません」と謝ってくれますが、父である大公があまり強く言わないせいか、最近ますます増長しているようです。

 

「何をそんなに躍起になっているのでしょう? 殿下は継承権を放棄するなど一言も言っておりませんし、そもそもそれを決めるのは国王陛下のご裁量でありましょうに……」

「一部の貴族に唆されて、夢を見ているのよ。コーリーが周囲に流されず、節度を持っているのが救いね」


 何を言われようと気にしないと決めておりましたが、思い返したら、またムカムカしてきましたね。

 

 いらぬ事をグダグダ考えていたので、気分転換に美味しいお茶でも飲みたいわと思いましたら、私の表情から察したのか、シーリスが城下でも指折りのパティスリーからお茶菓子を取り寄せてますと言います。


 彼のこういう気遣いがとてもありがたい。いつも細かいところまで気を配ってくれる。


 私なんかのお茶の相手をさせるのは非常に忍びないが、そんなことはおくびにも出さず、「殿下のお相手をするのは無上の喜びです」と相好を崩すものだから、余計に手放したくなくなります。



 ◆


 それからしばらくして、久し振りに参加した夜会でのこと。


 エスコートしてくれる相手もいないので、シーリスにお願いして参加しています。


 毎回私の相手をさせてしまい、彼が周囲から「毎度毎度王女の相手とは大変だな」と同情されているのは知っていますが、彼以外にお願いしたいと思う相手がおりません。


 何故かと言うと、シーリスはイヤな顔一つせず、高位貴族もかくやといった洗練された仕草で私をエスコートしてくれるので、ついつい頼ってしまうんです。


 あるとき、どうしてそこまでの嗜みがあるのかと問いましたら、私の隣に立つ以上、みっともないマネは出来ないからと、涼しい顔で答えるものですから、私のためにと嬉しくて、心臓がバクバクしていたのを思い出しますわ。




「アイリーンお姉さま、ご無沙汰しております」

「あら、マーセリア。久し振りね」

 

 最近はすれ違っても軽く会釈するくらいで、言葉一つ交わすことの無かった従妹が、エスコート役をしているどこぞの令息を側に従えて、向こうから挨拶にやってきました。


 何か含みを持った笑みをたたえて、こちらに向かい合うその姿は、隣の男性の素性を探ってくれと誘っているように見えました。


 そうでなければ、最近は近寄ってくることもない彼女が、わざわざやってくる理由もないので、お望み通り、隣の男性をご紹介してもらいます。


「王女殿下のご尊顔を拝謁し、恐悦にございます。私、ルート男爵家の次男でケインと申します」

「お姉さま。私、彼と婚約することになりましたの」


 ルート男爵家は家業が振るわず、家計は苦しいようですが、ケインは学業優秀ということで、奨学金を受けて学園に通っているそうです。


 下位貴族の次男ではありますが、見目麗しく、学業も優秀とあって、彼を狙うご令嬢は数多くいたそうですが、そんなものには目もくれず、彼はマーセリアに猛アタックを仕掛け、見事に射止めたそうです。

 

「婚約者となっても変わらず、毎日のように私のことを可愛いと言ってくださいますのよ」


 そう言ってケインの腕にギュッとしがみつくマーセリア。


 なるほど、()()()()()私に「キーッ!」とさせたいのね。


 ご要望にお応えしてハンカチを噛み締めて引きちぎってやろうかと思いましたが、シーリスが虚ろな目で「ダメですよ」と制しますので、当たり障りなくお祝いの言葉を述べます。


「おめでとうマーセリア。でも大丈夫なの?」

「何がですか?」

「身分のことを言うのは好きじゃないけど、仮にも公女の婚約者が男爵家の次男というのは、身分が違いすぎるわ」


 私の言葉にムッとするマーセリア。

 言葉にこそしないが、彼氏の一人もできない女の僻みかと目が口ほどに物を言っています。


「殿下のご懸念はもっともです。実はとある高位貴族家に養子入りさせて頂いた上で婚姻の手はずとなっておりますので、ご安心ください」


 ケインが私の疑念に明確な回答を返します。

 政略結婚の多い王侯貴族で、両者に大きな格差がある婚姻は珍しいのですが、場合によっては無いわけではありません。


 よくあるのは子爵や男爵の令嬢が王妃や側妃になる場合。

 王家に輿入れする場合、側妃であっても最低伯爵位以上は欲しいので、然るべき家に養女として入った後、輿入れするというパターンなのだが、今回は男女が逆。


 まだ正式に婚約となっていないので、どこの家かは明らかにしていませんが、一旦は伯爵家以上の家に養子に入るのでしょう。


 貧乏男爵家の次男が随分と羽振りのいい生活をしていると思いましたが、身の回りの品も、今日着ている衣装も、その家から資金援助されているのですと言われれば、なるほど公女と縁続きになる見返りかと思えば納得です。


 ここまでの彼の説明を聞き、物腰の柔らかな態度、流暢な説明と言葉遣いなど、一見すると公女の夫となるに相応しい人物と思えますが、何だか引っかかるものがあります。


 完全に勘なのですが、あまりにも出来すぎているのが逆に怪しく思えます。そう、大公妃と似たような腹黒さ。


 もっともこんなことを口にしても、モテない女の僻みと一蹴されるだけですし、親族とはいえ他家の話ですから、あえて触れはしません。


「お姉さまより先に婚約となってしまったので、一言ご挨拶をと思いまして連れてきましたのよ」

「あら、お気遣いありがとう。人の縁がいつどこで結ばれるかなんて、人それぞれなんだから気にしなくてもいいのに」

「お姉さまはやはり心の広いお方ですね。ええ、そんなお姉さまにも()()()よいご縁がありますわ。何時までも部下の子爵令息様ばかりこき使わずに、他の殿方もお誘いになられるとよろしいですわ」


 マーセリアはオホホホと高笑いしながら私の前を辞し、他の貴族達の輪の中に消えていきます。


「随分と嫌みったらしい言い方でしたね」

「シーリス、あまり悪く言うものではないわ」

「自分の方が殿下より上だということを示したいのですかね」


 お祝いすべきはずなのに、何だかモヤモヤ感が消えませんわね。


「シーリスはこき使われていると思ってる?」

「公女殿下の話を真に受けないでください。私は殿下のお供をしたいと、自分の意思で付いて来ております」


 あまり社交は得意ではないのですが、立場上参加しないわけにいかないので、毎回こんな感じでストレスが溜まります。


 こういうときは体を動かして、鬱憤を晴らすのが効果的なのよねと考えていましたら、シーリスが何の脈絡もなく、明日の武芸鍛錬は私が相手なので、遠慮なくかかってきてくださいねと言ってきます。


 ちょうど良かった。何だか無性に暴れたい気分だったのよ。


 彼は頭脳明晰な上に剣も一流なので、多少のことで怪我をする心配も無いから、心ゆくまで剣を振るえますわ。


 ホント、いつも気遣ってくれてありがとね、シーリス。



 ◆



「留学? このタイミングで?」

「大公殿下も寝耳に水のようです」


 マーセリアの婚約から数ヶ月後のこと。


 婚約発表のときは、久々の王族の慶事、それも公女と男爵令息という身分差を超えた愛の成就とあって、民衆にも好意的に受け入れられておりましたが、ここにきてケインの振る舞いに疑惑が生じております。


 それは彼の養子受け入れ先に関してのこと。


 公女と縁組みするとあって、彼は一旦とある侯爵家の養子に入ることになったのですが、それに異議を唱えた伯爵家がありました。


 元々法服貴族であったその家は、先代のときに領地を下賜されたことで、領地経営に携わる子飼いの家臣を増やすため、身分を問わず才ある若者の教育に投資するようになりました。


 ケインもその一人。

 学園卒業後は伯爵家で働くことを条件に、学園生活で必要な経費の援助を受けていたのですが、公女の婚約者となってしまったわけです。


 伯爵の家臣として働くことは出来なくなったものの、大公家と縁続きになるのは大きなメリットなので、伯爵は彼を自分の養子として受け入れて、公女と婚姻させるつもりだったようです。


 ところがフタを開けてみれば、養子先は全く縁もゆかりもない侯爵家。


「伯爵は話が違うとケインに詰め寄ったそうですが、彼は侯爵家からどうしてもと頼まれたので仕方ないと、けんもほろろだったとか」

「何よそれ……」

「さらに、今まで投資してやった分を返せと言えば、それは伯爵が勝手に援助しただけで、返済や契約不履行などの取り決めを交わした覚えはない。なんでしたら契約書か何かがあるのですか? という始末だそうです」

「恩を仇で返すとはまさにこのことね」


 有能な者を囲い込む意図はあるにせよ、金銭面が理由でチャンスを得られない若者に手を差し伸べようと、半ば慈善事業の形で援助していた伯爵の温情が裏目に出てしまったのです。


 そして、本人に話をしてもラチが明かないと判断した伯爵が侯爵家に抗議したところで、とんでもない新事実が発覚した。


「侯爵家の養子になる話は、侯爵からではなく、ケイン本人からの売り込みだったとか」

「は?」

「侯爵も彼に伯爵家が援助していたことは把握していたようですが、ケインが『伯爵家とは話がついている。むしろ侯爵家に恩を売れると前向きだ』と、上手く丸め込んだようです」

「侯爵家もしっかり確認すればいいのに」

「よほど口八丁手八丁だったのでしょうね」


 しかもケインは伯爵家に隠れて、侯爵家からも資金援助を受けていたらしいという。


「羽振りの良さは噂に聞いていたけど、伯爵家からの援助だけでよくやってるわねと思ったら、そういうことだったのね」

「伯爵は詐欺罪での告訴も検討しているそうです」


 そんな中、突如としてケインは隣国へ留学に向かったという。


 公女の夫として、国外のことも色々と学ばなくてはいけないからというのが表向きの理由だが、雲隠れというのが真相でしょう。


「表向きの理由が真実なら、手順を踏んで、婚約者一家に了解を取って堂々と行けばいいものを、大公殿下がご存知ないという時点で、逃げたと見て間違いないですよね」


 伯爵家や侯爵家、さらには大公からも真意を問う書簡をケインの元へ届けたようですが、一度だけ「伯爵家からの援助は、伯爵から私個人への資金援助だったと認識しており、すでに解決済みの話。この婚約に何ら影響を与えるものではないと考えます」という返答があったのみで、あとはなしのつぶて。


「公女殿下は今回の一件で、かなり気落ちされていると聞きます」


 どうやら事前に留学することは聞かされており、引き止めはしたものの、本人の熱意に負けて両親に相談することもなく、留学を許可したらしい。


 隣国での生活費用もおそらく彼女が用立てているとのこと。


「なんてこと……その費用は全て民の税なのよ。そんな使途不明な使われ方をしていいものではないわ」


 正当な理由なく婚約者の元を離れて留学し、あまつさえそこに民の血税が投入されているという事実。


 そして告訴をされるかもしれないという段階に至り、事なかれ主義の大公もこれはマズいと、婚約破棄を視野に入れて強制的に帰還させようとしたところ、公女がこれに抗議して、自室から一歩も外に出ず、現在親子仲は最悪のようである。


「どうなさいます? 公女殿下に会いに行かれますか」

「無駄よ。今私が行ったところで、彼女に聞く耳があるとは思えないわ」

 

 それに、自室に籠もっているとはいえ、衣食住には困っていないわけだし、ケインへの送金も止めてないのよね。


 随分とお気楽な方達ですわね…… 


「それにしてもシーリスはよくそこまで情報を得られたわね」

「ええ。ちょっとムカついていたのでね。アイツに……」


 私同様、ケインに思うところがあったようで、個人的に色々と情報収集をしていたそうです。 


「今のところ、私達がとやかく言う必要は無いから、しばらくは様子見かしらね」

「そうですね。ではこの件に関して、民がどう思っているか、市井の生の声を拾うためにも、久し振りに城下へ行ってみませんか?」


 あらいやだ。ホントにこの子はなんで私の考えていることが分かるのかなあ。


「殿下のお考えと、その意に添うにはどうすればよいかを考えれば、自ずと答えは出ますよ」


 もうこの子は……好き。

 言うと迷惑かけるから言わないけど、好き。



 ◆


 

 ケインが留学してから一年ちょっとが経ちました。


 婚約はしたものの、未だに数々の疑惑が解決されたとは言えず、婚姻に関して陛下のご裁可は下っておりません。


 最近では疑惑の数々に一度きりの回答の後、無言を貫くケインに対し、公女の配偶者たる資格があるのかという民衆の冷たい視線が向けられ、ひいては大公家に問題を解決する意思が無いのではと見られています。


 今のところ別家の問題なので、国王家にその目は向いていませんが、飛び火するのも時間の問題かもしれません。


 そんな中、頼みがあると珍しくマーセリアが私の元を訪れました。


「なにとぞ陛下にお執り成し頂けませんでしょうか」


 久し振りに会った従妹は酷くやつれた姿が隠せません。

 最近は彼女の手紙にも返事は何通かに一回といったところのようです。


「執り成すのは構いませんが、陛下のご裁可を仰ぐには、ケイン殿に一度帰国して頂かねばなりません」

「それでも構いません。なにとぞ、なにとぞ……」

「分かったわ……陛下に進言してみるわ」

「お姉さま、ありがとう……ありがとう……」


 これまでは彼の召喚をマーセリアが拒否しておりましたが、風向きが悪いことを肌で感じたのでしょう。


 本来ならば大公にお願いすべき話ですが、認めてくれないのが目に見えているので、私の所へ来たというわけですね。


 まあ……執り成すだけならいくらでも出来ます。

 ()()()()()()()執り成すだけであって、味方になってあげるとは一言も言ってません。


 彼女が執り成すという言葉を、どう解釈したかは知りませんが、後は愛する二人で手を取り合って頑張れとしか言いようがありませんね。




 そして、勅命で召喚状が発出されると、ケインは即座に帰国の途につきました。


 どうやらマーセリアから、私経由で陛下にお認め頂ける手はずになったと都合良く解釈した手紙も届いたようです。


 なんでそんな事を知っているかと言えば、シーリスに命じて調査させたんです。


 あの子の諜報能力なめんなよ。その手腕を見たら、間違いなく惚れるわよ。




「さて、関係者が全員揃ったところで、ルート男爵令息の申し開きを聞こうか」


 陛下の命で関係者が一同に集められております。


 玉座におわす陛下の御前には、ケインを養子にするはずであった侯爵と伯爵、マーセリアの家族である大公夫妻とコーリー、そして公平な目で見るための第三者として宰相、そして進言の当事者である私。


 意気揚々と現れたケインは、その場に関係者が雁首揃えて待っているとは思わなかったようで、広間に入るなり、顔が青ざめております。


 隣でそれを心配そうに見つめるマーセリアの視線にも気づかないくらい、狼狽しているのが分かります。


「ルート男爵令息よ、その方はここにいる伯爵の支援によって学園に通っておったこと、相違ないな」

「は、はい……間違いございません」

「伯爵、何故に赤の他人の彼を支援していたのだ」

「陛下に申し上げます。当家は先代のときに領地を拝領し、未だに領地経営に携わる家臣が不足しておりますれば、有望な若者に資金を貸し与え、見返りに卒業後は我が領地で働いてもらう約束で援助しておりました」


 陛下は伯爵の言葉に頷き、ケインに事実相違ないかと問いますが、彼は真っ向から否定します。


「援助は伯爵が私の才を生かしたいと個人的に支援頂いたものと認識しております。見返りという約束には覚えございません」

「貴様!」

「待て伯爵。よかろう、仮にその主張が真実だとしても、公女との縁談に際し、他家から養子となる話を、大恩ある支援者に対し、何の断りもなく進めたのは如何なる理由か。あまりにも不誠実だとは思わないか」


 相変わらずの主張に伯爵が怒りを露わにしますが、陛下がそれを制し、更問します。

 

「それは……王国建国以来の名家である侯爵家の申し出ゆえ、伯爵様もご納得頂けると……」


 もうグダグダです。まるで強要されたかのような物言いに、今度は侯爵様が憤慨されております。


「なるほど……ではさらに問う。マーセリアと夫婦となり、君はどうやって生計を立てる所存であったのだ」


 普通ならば、大公殿下が持っている下位の爵位を受け継ぐというところでしょう。大公殿下をはじめ、全員がそう思っておりましたが、ここでマーセリアの口からトンデモ発言が飛び出します。


「私が大公家を継ぎ、彼にはその配偶者として務めてもらいます」

「待てマーセリアよ。コーリーを差し置いてそなたが大公家を継ぐと申すか?」

「え……コーリーは陛下の跡を継ぐのですよね?」


 ケインとマーセリアを除く全員が頭を抱えます。

 よりによって私や陛下の前でそんなことを言い出すとは、そこまでバカな子だとは思いませんでした。


「姉上、私は王位を継ぐつもりはありませんよ」

「コーリー、なんでよ! 貴男が継がなければ系統が絶えるのよ!」

「アイリーン姉様がいるのに、私が王位を継ぐ必然性が無いと、何度も申し上げたはずです」

「だけど! アイリーン姉様は婚約者も決まっていないのよ。次代で王統が絶えるかもしれないのよ!」

「そうです。コーリー殿下が王位を継ぐのは必然でございます!」


 マーセリアの発言にケインも乗っかってきました。

 まったく……本人の目の前でよくもまあそこまで言ってくれるね。


 娘を貶され、さすがの陛下もちょっと怒筋が見えてます。ただでさえ強面なので、場の空気が張り詰めます。


 お父様、娘はこの程度の悪口ではノーダメージですから、落ち着いてください。


「陛下、発言よろしいですかな」

「宰相、何かな?」


 ここまで様子を窺っていた宰相がおもむろに発言を求めます。

 

 宰相閣下は先代から仕える功臣で、すでに老齢ながら未だにその政務の手腕は他の追随を許さぬ冴えを見せる切れ者。


 本当の祖父は私の生まれる前に亡くなっているので、私にとっておじいちゃん代わりとも言える方です。


「王女殿下の婚約者については、一人目星が付いておりますれば、公女殿下のご懸念は無用ですな」


 なんですと……!? おじいちゃん、いつの間にそんな段取りを……私に何も言わずに!?


「宰相よ、アイリーンはこう見えて、中々見る目は厳しいぞ。素性は確かなのか」


 お父様、こう見えては余計ですよ……


「心配ご無用。数多くいる私の弟子の中でも一番の秀才でございます。よろしければ、この場に呼び出してもよろしいですかな」


 宰相の言葉を受け、陛下が連れて参れと命じてしばらくの後、広間に現れたのは……


「シーリス……」

「王女殿下、婚約者候補のシーリスでございます」


 どういうことよ? シーリスもなんでこんな状況でニコニコしてんのよ! 


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そいつは子爵令息じゃないの! いくらお姉様の相手が見つからないからって、そんなもの認められるわけがないでしょ」

「公女殿下、口を慎みなされませ。この者は私の養子となっております。それ以上異議を申し立てるならば、我が宰相家に対する侮辱と見なしますぞ」


 異議を申し立てるマーセリアに対し、おじいちゃんが壮年のときと変わらぬ鋭い視線で睨みつけます。


 ていうか、シーリスいつの間に養子入りしたのよ!?


「どういうことよシーリス」

「もちろんこの先もずっと、殿下のお側でお支えしたいがためです」


 シーリスはそう言うと、学園で一緒になったときから、ずっと私を慕っていたこと。側近にと望まれ、喜んだ一方、子爵令息という立場では側近止まりにしかなれずもどかしかったと吐露します。


「そこにいるケイン殿にヒントを頂きました。身分が低いなら然るべき方に養子入りすればいけるんじゃないかなと」


 そこで話を持ちかけたのは宰相家。

 おじいちゃんはシーリスの政務の師匠と言うべき方で、その話によい案だと、私の意向を聞く前にさっさと養子縁組したそうです。


「もし私が拒否したらどうする気よ?」

「そのときは大人しく養子縁組解消ですね」


 バカだね~、そこまでする価値が私に……


「無いなんて言わせませんよ。私が一生お支えします。願わくばこれからもこの手をお取り頂きますよう」

「王女殿下、まだ若く粗もあるが、シーリスは殿下の隣に立つに相応しい男。この爺と愚息の願い、聞き届けては頂けませんか」

「勝手なことをして、処断されてもおかしくないことは重々承知です。ですが、私に幾ばくかでも情がありましたら、是非ともお情けを……」


 バカ……あんたホントにバカだよ……


「覚悟しなさいよ。一生こき使うからね」

「望むところです」




 泣き笑いして見つめ合う私とシーリスを、温かい目で見守っていた陛下が、これで一つ問題は解決したなと言い、本題に戻ろうかと声をかけられます。


「さて、王配についてはこれで解決した。となればマーセリアの婚姻について、裁可を与えたいところであるが……」

「恐れながら陛下、その儀についてご報告があります」

「ふむ、シーリスよ、なんぞ問題でもあるのか?」


 陛下に促され、シーリスは懐にしまっていた報告書の内容を述べ立てます。


「そこにいるケイン殿の出自についてです。彼は男爵と妾の間の子となっておりますが、平民として暮らしておりました時代があります」

「それが何か?」

「その間、彼には窃盗や傷害、果ては婦女暴行の疑惑が浮上しております」

「なんだと!?」


 シーリスの報告に、ケインは「デタラメだ、俺の出世を妬む奴の虚言だ」と否定していますが、おそらくは間違いないでしょう。


 再度言いますが、シーリスの諜報能力なめんなよ。


「ケインよ、王族と縁組みする以上、君の素性は全て調べさせてもらうことになる。その上で虚偽であれば王家を欺く罪人となるが、それでもいいか?」

「そ、それは……」


 ケインはそれでも何かを言おうとしては言葉が出ず、その様子を見た陛下の、沈黙は肯定と見なすと言う言葉で、否定も肯定も出来ずにただ黙り込んでしまいました。


「侯爵、伯爵、いかがいたす? この者を王家と縁続きには出来ぬが、それでも養子に迎え入れるか?」


 問われた二人は、罪人を一族の系譜に入れては末代までの恥ゆえ、絶対にあり得ませんと頭を振ります。


「ケイン殿、残念だったね。公女殿下と結婚して、王家の名前を使って商売を始める計画もこれで全部お終いだよ」


 シーリスの調べでは、ケインはマーセリアと結婚後、王族の係累という立場を利用し、王家の名前をブランド化してその権利を使って、利益を得ようとしていたそうです。


 その金で侯爵家と伯爵家からの支援金を返済し、以降も関係を継続する目論見だったとのこと。


「愚かな……王家の名前で儲けようなどとは言語道断。陛下、この者が支援を受けた額、そっくりそのまま負債として負わせ、両家への返済が済むまでは当初の約束通り、伯爵家で働かせるのがよろしいかと」

「宰相、咎人として罰しなくてもよいと?」

「そこは伯爵殿が良きように取り計らいましょう。のう伯爵殿」


 水を向けられた伯爵は、元々自分が雇用するつもりであったので、責任を持って監視しますと答えます。


 おそらく死ぬまで伯爵領で働かされるのでしょうね。



 ◆



 ケインの断罪から一年後、私とシーリスは結婚しました。


 お父様はまだまだ元気なので、譲位はもう少し先の話でしょうが、その日が来るときのために、二人で王太女夫妻として公務に精励しております。



 あれから大公は娘の婚約者の身辺調査を怠ったことで、陛下にそれはもう大の男が泣きわめくくらい叱責されました。


 それでもコーリーが分別ある行動をとったことから、大公家の領地が3割ほど削減された程度のお咎めで済みましたが、大公妃だけは最後まで抵抗していたため、大公殿下自らの差配で領地送りとなり、社交界から姿を消すことになりました。



 コーリーは変わらず王位継承第二位でありますが、いずれ私達夫妻に後継が生まれれば、継承権を返上し、完全に臣籍に降ることになりそうです。 


 利発な彼のことですから、きっと良い領主になることと思います。



 マーセリアは、あれから憑き物が落ちたようで、あのときの熱狂は何だったんだろうと言うくらい大人しくなりました。


 私に申し訳ないと詫びてきた姿に、この子は二度と過ちは犯さないだろうとは思いましたが、本人が結婚は考えたくない、修道女になって罪を償いたいと憔悴しておりましたので、()()()元気になって幸せになって欲しいと願うばかりです。



 そしてケイン。

 莫大な負債を抱えた彼は、返済のため伯爵領で働いております。


 聞いた話では、他の家臣とは違いかなり過酷な労働条件と薄給だそうですが、その条件を拒否すれば、伯爵と侯爵に訴えられるか、過去の罪を暴かれて罪人落ちするだけなので、逃げることも出来ずこき使われているようです。


 ちなみに同じ轍は踏まないよう、キッチリ契約書は交わしたというか、交わされたそうです。






「それにしてもよくあそこまで調べられたわね」

「愛する人を貶めるようなマネをされては黙っていないさ」


 結婚から半年後、私のお腹には新しい命が宿りました。


「まあ彼には感謝しているところもあるよ」

「養子縁組のこと?」

「そう。普通ならご令嬢がやる方法を、男が代用するなんて、悪いこと考えるなあと思ったけど、僕には僥倖だったね」


 私の身体に負担がかからないようにと、普段より多くの政務を担うシーリスの背中がとても頼もしく見えます。


「シーリス、ありがとうね。私を選んでくれて」

「選ぶも何も、他に選択肢は無かったもん」

「これからも頼りにしているわ」

「死ぬまでこき使ってくれ」


 その後、即位したアイリーンは、王国史上初めて、中継ぎではない真の女王として、その生が尽きるまで王として君臨。


 影に日向に支え続ける、優秀な王配の助けがあったことは言うまでもない。

 

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[一言] 素晴らしい話でした!こういう話しがもっと広まればいいのにと思います。
[良い点] 面白かったです! 現実とかぶるようなストーリー、うまいです。 そして両方使われてるのは税金なんですよね。 現実もスッキリ解決してほしいものです。
[一言] 何故かKKさんのお話が頭に浮かんできてしまった。 いや、このお話とは関係ないとわかっていますが、何でだろう? ケインのやる事成す事みていると何故かKKさんが頭に浮かんできてしまって……。…
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