電波ジャック少年
秋の香りが匂いはじめた夏の終わり。小さなアパートの一角で一人で暮らしている少年は部屋の窓から見える、色づき始めたやや大きめな木を呆然と眺めている。
窓の外を眺め終えると少年は仏壇に手を合わせた。そこには少年の父と母の遺影が置かれていた。彼はその後リモコンでテレビをつけるも、今見たい気分の番組ではなかった。そこで彼は掌を画面に向けた。
すると、テレビのチャンネルがリモコンも使わずに切り替わっていた。そこで彼はあることに気がついた。自らの能力を使って、今自分が本当に言いたいことを誰かに伝えることができる。
そう思った少年は大急ぎで準備をした。部屋に仕舞われていたビデオカメラに、昔作った自作の電波の増幅装置と家にあった計画に必要な様々な機材。彼は無我夢中で準備に取り組んだ。
準備を整えると、少年は自らの能力で一つのテレビ放送局の電波を乗っ取った。そしてカメラを回し始め、乗っ取った電波を使って映像を全国のテレビへと流し始めた。
とあるテレビ局のスタッフ達はパニックになっていた。五分前に突如、自局の放送電波を何者かに乗っ取られ、高校生くらいの少年が映し出された映像を流され続けているからだ。
「どうなってるんだ! 」
「すみません! 」
ディレクターが部下に怒鳴りつける。謝っている部下たちは必死になってこの映像を止めようとするも、何もできずにいた。すると、少年が数分間の沈黙を破って声を出しはじめた。
『はじめまして。長野明といいます。僕の家族は二年前に事故で死んでしまいました。両親が死んだあと、僕は…… 』
話はさらに続いた。事故の後、親戚中をたらい回しにされて誰も引き取ってくれなかったから一人でいること。そのためにお金が無くて、一日を生きるので精一杯だということ。高校に進学できなかったこと。その一つ一つの話が映像を見ている大人たちに酷な現実を突きつけていた。さっきまで怒鳴り散らしていたディレクターは言葉を失い、放送を止めようとしていたスタッフ達もその手を止めて見入っていた。
『…… 僕には誰も頼れる人がいません。だから…… 、だから、助けて欲しんです。…… もちろん、今、放送局の電波を勝手に使っていることは謝ります。でも僕は、こうしてでも、家族が欲しいです! 』
途中から少年は涙目になっていた。この話に共感した人間はこの瞬間どれほどいたのだろうか。残酷にもこの瞬間ネットでは少年を叩く投稿が相次ぎ、通報を受けた警察も少年の家へと突入して、少年を逮捕した。少年の手に手錠がかけられた瞬間は全国に流されてしまった。
「俺たちにできることってどれくらいあるんだろうか…… 」
「…… だな」
一連の出来事から数時間後、放送を見ていたディレクターは放送局の屋上で思わず呟いた。その場にいた同僚も同じ思いで頷いている。少年はそのまま警察署へと連行され、ネットでは相変わらず少年の行為を巡って激しい論争が巻き起こっている。
「あの十分は間違いなく、この国の全てをジャックしていた。…… あの少年は大したものだよ」
「電波ジャック少年……か 」
「なあ、この国にはああいう子がたくさんいるのかもな」
「ああ、だろうな」
「見つけたよ。俺たちにできること」
ディレクターは大事なことを見つけた目をしていた。それを見た同僚は、
「頑張れよ」
と励ましの言葉を送ってその場を離れた。
少年に電波がジャックされていた約十分でこの国は少しだけ良い方向へ動きはじめたのだと彼は確信した。そして、自分にできることを見つけ、覚悟を決めたのだった。
数年後、あの時の少年は事件の後、一緒に住みたいと申し出てくれたとある家族三人と、平穏に暮らしていた。明日生きられるかの心配などそこには無く、あったのは温かい家族だった。
彼はあの後、自らの能力をいいことに使おうと様々な方法を探して、ある時ついに発見した。今、彼はその力を使って困っている人々の叫びを動画サイトの専用チャンネルで生配信をして支援を募るという活動をしている。
彼はあの時、その瞬間の心の叫びを伝えたからこそ今も生きているのだと信じているのだった。
(電波ジャック少年 完)