さよならメリーゴーランド
理恵との日々はもう何もかも忘れてしまいたい。一ヶ月前におやつのプリンが原因で大喧嘩をしてそれ以来向こうは口を聞いてくれず、こっちもムキになっていた。喧嘩したことで忘れてしまいたいと思いながら道を歩いていると、目の前に突然メリーゴーランドと一人の紳士が現れた。
「どうです、乗って行きませんか? 」
紳士はゆったりとした口調でそう言った直後、僕はどういうわけか、既にメリーゴーランドに乗っていた。
「では、ごゆっくり」
紳士がアナウンスをすると、メリーゴーランドは回り始めた。そういえば、理恵と…… 、あれ、おかしい。なんか、回り始めた途端に頭の中が軽くなっていく。何かがおかしい、何か…… 、あ、理恵との思い出が頭の中から次々と消えていく。
「気づいたようですね。実はこのメリーゴーランドには忘れてしまいたい人のことを本当に忘れさせる力があるのですよ」
追い討ちをかけるように紳士は説明した。僕はこの記憶たちを本当に忘れても良いのかもしれないと思いはじめ、メリーゴーランドの動きに身を任せようとした。したが、
『明くん…… 』
理恵との記憶が消える直前にフラッシュバックした。すると、頭の中で次々に思い出が現れては消えていくのを繰り返した。このままじゃダメだ。ちゃんと仲直りしなくちゃ。今ここで忘れたら、例え覚えていなくてもきっと後悔する。そう思った瞬間、メリーゴーランドから火花が飛び散り始めた。
「何が起こっている! 」
紳士が慌て始めた。メリーゴーランドからは更に火花が飛び散り続け、遂にはさっきまでとは逆の向きに回転を始めた。回転の向きが変わって俺も少しパニックになる。でも、何故だかさっきまで忘れかけていたことが鮮明になって思い出してきた。メリーゴーランドの回転速度は僕が理恵との思い出を取り戻していくのと同じ速さで加速していく。
「ま、まずい! 」
紳士が更に困惑している。大事なこと忘れようとした僕が浅はかだった。もっと彼女を大切にしたい。僕がそう強く願った瞬間、メリーゴーランドは光を放った。
気がつくと、僕はメリーゴーランドを降りていた。目の前を見ると、さっきまであったメリーゴーランドはもう無かった。僕は理恵と仲直りするためにさっきとは逆の道を歩き始めた。
(さよならメリーゴーランド 完)