17話 噓つ騎士
「それで、その後はどうなったのですか」
僅かに身を前に乗り出しながら、目の前の後輩は続きを促してくる。
言うまでもなく、スノーゴーレム、シャドウボクサー、ポンコツナビといった数多くの異名を轟かせてきた、涼弥実その人だ。
全ては終わったのだ。
もう彼女に隠し事をする必要もない。
僕は涼弥に、今回の顛末を包み隠さず説明していた。
「うーん、その後かあ。 これ以上、あまり話すこともないのだけれどーー」
かくして、異世界の王子様とお姫様は地球を去った。
僕達が王子を下した後の出来事は、もはや詳しく触れるまでもない。
剣を鞘に納めると、トゥルちゃんは短く僕に言った。
『スズヤを、よろしく』。
もっと、涙ながらの別れとかがあっても良かったとも思うけれど、実際よく考えてみると、トゥルちゃんと友好的な関係を結んでから一日たりとも経っていない段階だった。
性格的に考えても、感動の別離を期待するのはお門違いというものだよね。
二つの国宝が重なると共に際限なく溢れ出した光の奔流は、それはそれは神々しい光景だった。
そして眩い光が収まると、そこには何も残っていなかった。
不思議な髪色はすっかりと消え、代わりにだらしなく広がる日本人の平均的な黒髪。
まったく、二人の意識不明者を抱えた僕の苦悩といったらかなりのものだったよ。
ペチペチと頬を叩いたら目覚めた二人の困惑を苦し紛れに誤魔化して、家に帰した。
それがこの話の結末だよ。
「……」
いつも割と軽快な相槌を打ってくれる涼弥が、僕の話を聞き入れた後もすっかり黙ったままだ。
何か引っかかる点でもあったのかな。
という僕の予想は的を射ていたといえる。
涼弥は問いかけることを躊躇う素振りを見せながらも、最後に口を開いた。
「……その、ライさん達は結局どうなったのでしょう。元の世界に戻った後も、トゥルさんと戦ったのですよね」
「そうだね。でも、どっちが勝ったかとか、敗けたかとかは分からないなあ」
「……あまり興味が無さそうですね」
「……まあ、正直のところ、そうかもしれない」
涼弥の指摘もまた、的を射ていた。
実際のところ、結局僕はあまり異世界に関心がなかったらしい。
僕は別にアケルの民のためや、王子のために戦ったわけではないのだから、当然のことかもしれない。
少しも向こうの世界のことが気にならないといえば、噓になるけどね。
流石に元中二病患者としては、異世界の事情は少しぐらい気にならざるをえない。
でも、やっぱり、関心はあまりない。中二病の頃は空想を現実として履き違えたけれど。中二病を脱却した今は、現実を空想と履き違えてしまっているのかもしれない。
「……それは、ライさんが死ぬことになっとしても、ですか」
「……」
耳の痛い話だ。正義に下心が勝る理由はないと知ったけれども。
むしろ、下心の方が勝るのが、僕という人間の本質だと割り切ってしまったけれども。
下心が友情に勝る理由は、ついぞ見つからなかった。
だから、誤魔化すように、質問に質問で返す。
「そういえば、涼弥。僕も一つ疑問が残っているんだけど、いいかな」
「先輩が私にですか。構わないです」
王子の行く末や、一国の姫がなぜあれほどまでに機械的な人格になったのか。
少しも気にならないといえば噓になることよりも、やはり気になってしまうことがある。
「涼弥は前に言ったよね。僕は涼弥にとって都合の良い噓しか吐かない、って」
「そうですね」
「じゃあ、『涼弥は僕の婚約者だ』って皆に言っちゃったけど――あれは、涼弥にとって都合の良い噓だったのかな?」
我ながら挑戦的な問いかけ。
しかし、涼弥は動じない。
「先輩、耳が真っ赤です」
「うっ……」
むしろ、僕の方が死ぬほど恥ずかしがっていた。
いや、勢いで言っちゃったけど、かなりイタい台詞だよね。
僕という人間はどうして、こうも黒歴史を上書きしたがるのだろう。
そんな具合に頭を伏せる僕に比べ、涼弥は毅然とした態度で僕を見つめた。
「……都合が良いに決まっています」
「え?」
「ですから、都合が良いに決まっています」
いつもの無表情で、しれっと涼弥は言った。
簡単に照れてしまう僕なんかとは、大違いの度胸だ。
後輩の女子にここまでの漢らしさがあったとは。
やはりこの子には『漢の才能』があるらしいね。
巻き込まれておきながら永遠に今回の事情を説明されることのないであろう、哀れなタクに知らさねば。
それはそうと、ここまで勇気を見せられた以上は、僕も耳を赤くしている場合じゃない。
噓をつくことは悪ではないとしても。
どうしても、真実に塗り替えたい噓が一つだけあった。
ポケットに忍ばせた、あの日拾ったネックレスを握りしめる。
涼弥の目を視界の中心に捉え、僕は口を開いた。
その日。
僕は初めて涼弥の笑顔を見た。