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嘘つ騎士と居候王子。  作者: 唱矢 風秀
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第1話  なんだこいつ。


可愛いは正義。

よってツンデレは正義。

したがって「噓をつくこと」も正義。

この世界にこれ以上の二段論法がかつて存在しただろうか。


噓をつくことは悪である。

たとえば殺人鬼に友人の居場所を聞かれた場合でも、噓は言わずに真実を教えるべきだ。

ドイツの哲学者のイマヌエル・カントはそう残した。

しかし、カント君も現代の日本で生まれ育ったら違う価値観を持っていた筈だ。

もしもカント君がーー「ツンデレ」という、和の国の伝統文化に触れていたのなら。


ツンデレとは、本当は好きな相手のことを嫌いと言ってしまうキャラクター性の事である。

言葉として普及しきっているこの現代社会においてわざわざ解説する必要もない気がするけど、一応軽く説明しよう。

昔と今では随分と定義が違うらしいが、現在一般的とされているのは「表面はツンツンしているけど内心ではデレデレ」という意味だ。

「噓」をつくことにより、ツンデレキャラは可愛い本音をギャップで味付けする。


カント君もこの崇高な存在に出会っていたのなら、「噓」についてそう否定的にはならなかった筈だ。

十八世紀プロイセン育ちのカント君が示した例では、凶悪な殺人鬼が、


「へへ、てめえのダチの居場所を教えな」


と言ったら聞かれた男は、


「良いですよ。 あの部屋の中です」


と正直に答えてしまう。

では、カント君が二十一世紀日本育ちだった場合。


「へへ、てめえのダチの居場所を教えな」


と聞かれた猫耳美少女は、


「し、知らないわよ。 貴方みたいなクズに教えることは一つもないわ」


「知らない事はねえだろ。 とっと吐きな」


「ッ!!~~この、鈍感! 唐変木! 私以外の女の所に行かないで欲しいっていう事がなんで分からないの!?」


「え?……」


きっとこういうシナリオになるに違いない。

友人は命が助かってハッピー。

猫耳美少女は想いが伝わってハッピー。

普段は冷たい女の子のドキドキの本心を聞けた殺人鬼はキュンキュン。

読者もキュンキュン。

全人類の需要が満たされる完璧な筋書きである。


しかし悲しきかな。

この世界にはツンデレを好まない一部の人間がいる。

連鎖的に、「噓」を許すことのできない人間がいる事にもなる。


この物語は簡単に説明すると、ツンデレ派と反ツンデレ派の戦争なんだ。

……少し簡単に説明しすぎた。

中二病を拗らせていた頃を思い出して、ちょっと格好つけた言葉を選ばせてもらうとするなら。

僕はこの物語をこう説明する。

「噓」と「真実」の戦争である、と。


「何が戦争でござる。 そちら側の一方的な敵視でござろう」


中身を平らげた弁当を鞄にしまいながら、僕の高尚な演説をバッサリ両断。

目の前に座る男ーータクは相変わらずのござる口調を交えて嘆息する。


「一方的な敵視? おかしいな。 僕とお前はたしか、どちらの推しが勝るかを拳と拳で語り合っていた筈……」


「リングに立ったつもりでいたのは暗黒騎士だけでござる。 拙は暗黒騎士と違って他の推しのファンも容認するタイプでござる」


中二病満載のあだ名で僕を指し示しながら、タクは肩をすくめる。


「気に入らないね。 真に推しを愛しているのなら、他の推しのファンに布教する。 それができないのなら、そいつを殺す。 それが正義だ」


「貴様が一番の殺人鬼でござる……」


失礼な事を言うタク。

誰が殺人鬼だ。

いや、待てよ……?

先ほどの二十一世紀版カントの事例に乗っ取れば、殺人鬼は猫耳のツンデレに好かれるという事になるじゃないか。

ふむ、殺人鬼も悪くないね。


「そうだな。 暗黒騎士の頭の出来に比べたら全く悪くないでござる」


タクはそう言いながら改めて大きな息をこぼす。

まるで僕を異物のような目で見ているが、世間一般から見たらこいつも僕と同類だ。

なんせ、タクというあだ名は「オタク」から来ている。

卓也とか、拓海とかを略してタクというわけではない。

妙ちくりんなござる口調がいかにもオタクっぽいから「タク」というあだ名が発生したのだ。


「先輩、プリントを提出しにきたです」


意識の外から鈴のような声が発せられる。

その正体を確かめるべく視線を向けると、目に入ったのは一年生がつける青色のリボン。

中学生が高校の校舎に迷いこんだのかと思うほど小柄な少女だけれど、学年は自分の一つ下。

後輩の涼弥実だ。


昼休みの短い時間にわざわざ委員会の書類を提出しにきてくれたらしい。


「ありがとう。 別に急がなくてもよかったよ?」


「いえ、放課後はすぐに帰りたいのです」


涼弥は相変わらず平坦な口調で答えたーーこの娘は今いち表情が乏しいというか、何を考えているのかが分からない。

用は済んだ筈なのに、なぜかその場から動かない涼弥。

委員会の仕事を抜きにすれば僕達と涼弥はただの他人といってもいい。

わざわざ残り少ない休み時間を浪費してまで僕達の前に立つ必要はない筈。


ちなみに委員会というのは学芸委員会だ。

もしこの世界がアニメ化しているラノベ時空だったら、SOS委員会だとか奉仕委員会だとか、へんてこな委員会に所属していたところだっただろう。

僕も本当は男女比が一対五ぐらいのラブコメ御用達委員会に入りたかったよ。

しかし現実は非常である。

ハーレム空間とは真逆の、男二人の執行部とか誰得?

さっきみたいな会話が気軽に出来てしまうという点では悪くないけどね!

……話が逸れてしまった。

逸れてしまうほどの時間が経っても、涼弥は未だ踵を返そうとしない。


「……どうしたの?」


「一つ聞ききたいことがあるのです」


後輩が放つ無言の存在感を無視するわけにもいかず、沈黙を破る。

すると、涼弥は小さく首を傾げた。


「どうして先輩は暗黒騎士と呼ばれているのですか」


「よし、そろそろ午後の授業の準備をしなくっちゃ。 急げ急げ~」


「まあ慌てるな暗黒騎士。 時間はまだまだ余裕でござる」


質問内容を聞いた途端に華麗なUターンを決めようとするも、襟をタクにがっしり掴まれる。


「なるほど。 同学年ならいざ知らず、後輩達は君の暗黒騎士時代を知らないわけでござる」


「それ以上言ったら血を見ることなるよ。 その口を閉じろください」


余計なことを言おうとするタクを止めようとするも、時すでに遅し。

後輩女子に核心的な単語の一つが伝わってしまった。


「暗黒騎士時代、とはなんです?」


「いや、一年の頃、こいつかなり拗らせててな……自己紹介の時の名言は今でも語り継がれているでござる」


「名言、ですか」


「ああ、たしかーー『我は邪神の力で邪神に打ち克つ運命にありーー』すまない忘れてしまった、いやそもそも名言なんてものはなかったでござる。 だからハサミを筆箱に戻してくれ暗黒騎士。 それは人に向けてはならないと幼稚園で習わなかったか」 


過去を振り返るという事の無益さを、優しく諭すようにタクに伝えるとすぐに話題を中断してくれた。

そう、僕達は現在そして未来に生きる生き物なんだ。

必要なのは、昔を顧みる事ではなく、今為すべきことをなすことだ。

いざ羽ばたこう、輝かしい未来へ!!

未来への万歳を心の中で謳いながら、僕はたまたま偶然手にしていた鋭利な刃物を元の場所へとしまい込んだ。


「なるほどです……?」


納得のいっていない様子だが、何かを察し取ったのか。

涼弥はそれ以上の追求をしようとしなかった。

タクも鬼ではない。

後輩女子の前で僕の評判を地に落とすような真似は流石にしないみたいだ。


「ところで暗黒騎士。 先日貸してもらった『ドキドキ(はあと)~未熟の花生い茂る花園への漂流~』だが、拙のストライクゾーンからは少し外れる。 わざわざおススメした所すまないが、そこらへんはハッキリさせとこうと思ってな……」


「思ってな……じゃないよ! いつ僕がそんな物を貸したんだ!」


たしかにおススメだけどーーってそうじゃない。

過去の黒歴史以上の禁句を口にしやがった。

しかも捏造。

前言撤回。

鬼どころの騒ぎじゃないよ。


ここで速報ーー異常気象発生です。

絶対零度の視線によって今室内に吹雪が発生しております。

発生源はもちろん後輩女子が纏っている空気。


「違うんだよ涼弥。 落ち着いてほしい」


「私は落ち着いています。 落ち着いてるのでどうぞ話を続けてください」


「いや、落ち着いてるのなら後ずさるのをやめてほしいな。 まるでいつでも逃げられるようにしてるみたいじゃないか」


「そんな事ないです。 私は、ほら……話す時よく唾が飛んでしまうので、こうして唾が先輩にかからないように配慮してるだけです」


「今まで普通の距離で話してたじゃん」


「あ、そういえば次の授業、数学でした。 早めに準備しないといけないので私はそろそろ教室に戻りますね」


「何で数学の準備に時間がかかるの」


移動教室とか、着替えて行う体育ならまだしも。

さてはコンパスか。

忘れたコンパスを誰かに借りに行かなきゃならないのか。


「お願いだ、待ってくれ! 涼弥には僕が貸すから!」


「え、先輩。 女子とそういうものを共有するのはあまり良くないかと……」


「違う、そっちじゃない!! コンパスだよコンパス!!」


『どきどき(はあと)』が接頭語として機能している物を後輩女子に貸すわけないじゃないか。


「コンパス? 何を言ってるのです?」


「え、コンパスを借りに行くから準備に時間がかかるんじゃないの?」


「いえ、たしかに忘れものを代わりに誰かに借りようと思ったのは事実ですが……忘れたのはコンパスではなくテーブルクロスです」


「数学の分野にテーブルクロスを扱う単元はないよね」


一体全体、どうやってテーブルクロスを使って計算するというのかな。

新手の定規にしては斬新すぎる。


「お、それなら拙のマイテーブルクロスを貸すでござる。 今日はもう数学の授業はないから、返すのは放課後で構わないでござる」


「ありがとうございます。 あ、これ私のマイテーブルクロスと同じブランドです。 さては駅前の文房具屋で買いましたね」


「何で当たり前みたいにテーブルクロスを差し出してるの受けとってるの? マイテーブルクロスって何?」


いつから文房具屋にテーブルクロスが並ぶようになったんだ。

聞いてないぞそんなの。


「何を言っているのだ暗黒騎士。 テーブルクロスを失くした生徒が帰りに駅前の文房具屋で新品を購入する、というのは我が校の通過儀礼のようなものでござる」


「あそこのテーブルクロスは学生証を忘れた時の代わりにもなります。 常識です」


「どこの国の常識!?」


ツッコミの勢いのあまり、椅子を倒して立ち上がったーーその時だった。


突然、視界の下から光が溢れだした。

妙な浮遊感を感じる。


「!!--なんです、それは」


「うお、これはーー」


大きく目を開いた二人の視線を追いかけるように、一足遅れて俺は足元を確認した。

そこにあったのは紋様が描かれた光の円。

即ちーー


「--魔法、陣?」


ラノベとか漫画とかでよく見る、魔法を発動する模様。

空想上のものであった筈のそれが、何故か現実の物として見えている。


「え?」


「なになに?」


気が付けば、周りのクラスメイト達もこちらを注視している。

僕達三人にしか見えていないなんて事はないらしい。


ーー何だこれは。

悪戯? ドッキリ?

だとしたらビックリしたリアクションを取るのも癪だけどーーそうせざるを得ない。

開いた口が塞がらないまま、俺は足元の不思議現象をガン見してた。

すると突然、聞き覚えのない男の声が聞こえた。


(--祖国の救済のため、身体を借り受ける)


音の方角は分からない。

左からかけられた声だという気もすれば、右で発せられた声だと気もする。

全方向から声が聞こえたようにも、どの方向からも聞こえなかったようにも思えた。

脳内に直接話しかける、という奴だろう。

その証拠に誰もこの声に反応しない。

僕を除いて。


それを改めて確認するため、クラスメイト達の顔を見渡そうとしたーーしかし、首が回らない。

首だけじゃない。

身体全体が、まるで石になったかのように動かない。

いや、語弊のある表現だった。

動かないんじゃない。

動かせないのだ。


身体が自分の意思関係なく、勝手に動いてる。

自分でも訳の分からない事を口に出したのは、それに気が付いた後だった。



「アケル王国第一王子の名の元に問おう。 ここはどこだ!!」



あまりに突飛な発言に、空気が固まる。


「……どこって、何と答えるのが正解なのだ暗黒騎士。 『僕ガイル』の聖地でござるか。 それより、いつの間に髪を染めたでござる。 よく見たら眼もーー」


「ボクガイルの聖地?……何やら信仰上に意味のある場所なのか……?」


違います千葉県です。

気の抜ける会話に頭が若干冷静になるけどーー冷静になったところで状況が意味不明であることに変わりはない。

言ってる事が意味不明だし、口が勝手に喋りだすのも意味不明。

何がどうなってるのかがサッパリ分からない。

脳内に語りかける声。

身体を借り受けるとかいう台詞。

僕の身体は誰かに乗っ取られたのとでもいうの?


「どうしたんですか、先輩。 マイテーブルクロスというのはほんの冗談ですから、日本語を喋ってください」


「うん? 翻訳に不備があったのか……」


やっぱりデタラメだったのか。

危うく駅前の文房具屋に急行する所だったじゃないかーーじゃなくて。

何が起きてるのかに、まるで頭が追いつかない。

必死に動こうとしても、身体は全く言う事を聞かない。


「とにかく情報が足らんな。 この得体の知らない建物を抜け出し、この世界の全容を確認しよう」


すると突拍子もなく、僕の身体は走り出していた。

出口とは逆の方向に。

その先にはガラスの窓が並んでいる。

ーーまさかそこから飛び降りるつもりか。

ちょっ、僕の身体で投身自殺はやめてくれ。

お願いだから階段を使え階段を。


そんな思いは虚しくも、誰にも届かない。

制止を知らない全力疾走で、僕は窓に向かった。

そして施錠を解くーーこともなく、そのまま窓へ突っ込んだ。


学校の窓に使われている強化ガラスは、一般男子高校生の突進程度で割れるものじぁない。

乾いた打撃音と共に僕はあっさりと弾かれ、倒れこんだ。


「--結界、だと? しかし……魔力、反応は……」


最後までよく分からない中二病発言を呟きながら、僕の意識は段々と黒ずんでいった。

クラスメイト達は、揃いも揃って呆けた顔を浮かべる。

自身の身体が為した行動である癖に、僕は他人事のように思った。



ーー何だこいつ。




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