21.分からない sideカナタ & 22.幼少期 sideカナタ(21話の字数が足りませんでした。)
「カナタはしっかり者でいい子ね。」
布団で寝込んでいる母はそう言った。
「有栖さんっておしゃべりだよね。」
小学校の時の先生はそう言った。
「カナタって天然だよなぁ。」
婚約者はそう言った。
「有栖さんって近寄りがたいよね……。」
大学のサークル仲間はそう言った。
……ねえ、本当の私ってどれ?分からない……。
小さい頃はよかったって誰もが一度はそう言う。私も何度言ったかわからないほど言った。何度も何度も心の中で。
親子三人の小さな家族だった。貧乏人でも、金持ちでもない普通の家庭。
六畳の小さい部屋で家族団らんで食べたご飯は美味しかった。
歌うのが好きな普通の子供だった私は、よく家で歌を歌った。
両親は歌を聞いて褒めてくれるのが嬉しかった。
あの頃はまだ、普通に笑えていた。もううすぼんやりとしか覚えていないけれど……。
七歳の時に父親が死んだ。交通事故だった。
相手が悪かった。父を殺した相手は経済界の大物。
当然のように事件を潰された。まるで小説のようなことが自分に起きるなんて思ってもみなかった。
大黒柱を失った私の家は貧しくなった。
病気がちだった母は、私を育てるために仕事を幾つも掛け持ちして働いた。
母を手伝うため、家事は全部やった。
友達と遊ばずに、学校から直帰して皿洗い、洗濯、料理、掃除全てやった。
歌いながらやって、無理やり気分をあげる。そうでもしなければ今にも泣きそうだった。
「ごめんね。ごめんね。」と繰り返す母に笑って「大丈夫!」と言った。
笑っている母が好きだった。
だから、しっかり者のふりをして、寂しさを隠して笑い続けた。
私が笑えば母も笑う。
お互いに本当の感情を隠しあっての笑いだった。
偽りの笑顔、それでもお互いを思いあっての笑顔だから幸せだった。
だから気がつかなかった。いつの間にか母の病気が進行していることに……。
「大丈夫!」
ただの風邪だよと母は笑った。
「カナタはしっかり者でいい子ね。」
信頼されているのが嬉しくて、頑張った。
沢山手伝いをした。
母の日、雀の涙ほどのおこずかいで買ったカーネーションを手に家で待っていた。
母は帰ってこなかった。
シーンとした部屋にかかった不吉な電話は、母の死を知らせるものだった。




