4.ねむり隊のモコ
カランカランとベルがなった。出動の合図だ。
今日の出動先は女の子だった。なかなか寝付けないのか、何度も寝返りをうっている。
近ごろはぼくもすっかり仕事に慣れて、人の枕元に柵を立てるのが早くなった。
ぼくが柵の絵の巻物をくるくるっと広げ、スタンドを立てると、合図がなくてもみんなの声がそろう。
「ひつじが一匹」
隊長がぴょんと跳ぶと、女の子がうっすらと目をあけた。
「ひつじが二匹」
1号がぴょん。
2号、3号、ぼく、と跳んでいくうちに、女の子のまばたきがゆっくりになっていった。眠くなってきたってことだ。
よし、いいぞ。
ぼくは女の子が眠るのを応援するためにもっと近くにいきたかったけど、がまんした。
ぼくたちはだんだんとかけ声を小さくしていく。
「ひつじが十五匹、ひつじが十六匹……」
女の子はほとんど目を閉じている。あとひといきだ。
「ひつじが二十九匹、ひつじが三十匹……」
ぼくが跳ぼうとしたそのとき、目を閉じたままの女の子がつぶやいた。
「モコ……」
ぼくの足は止まってしまった。
「おい、4号はやく跳べ」
「4号、どうしたの?」
順番待ちの列から押し殺した声がきこえる。
ぼくだってわからない。はやく跳ばなきゃと思うのに、やっと動いた足は眠っている女の子の方へと向かっていく。
「なにやってんだ、そっちじゃない」
引きとめる声がきこえたけれど、ぼくは女の子のそばで横になった。すると、眠っているはずの女の子の手がのびてきて、ぼくをギュッと抱きしめた。
隊長があわててさけぶ。
「今夜はもうおしまいだ! みんな、帰るぞ!」
「メェー!」
隊長も1号も2号も3号も夜空へとかけのぼる。
ぼくだけが残された。女の子に抱かれたまま。
ああ、なんだかとてもなつかしい。
「モコ」
また女の子の声がした。今度ははっきりと。目をあけて。ぼくを見て。ぼくを呼んだ。
「モコ。いままで、どこにいってたの?」
ぼくは思い出した。名前を呼ばれたらいろんなことを思い出した。
そうだ。ぼくはモコだ。ゆかちゃんのひつじのぬいぐるみ、モコだ。
ゆかちゃんは新しいおうちに連れていってくれるっていったのに、ぼくが『いらない』のビニール袋に落ちてしまったんだ。
「よかった。わたし、まちがえて捨てちゃったのかと思ってた」
ちがうんだ、ゆかちゃんのせいじゃないんだ。ぼくが勝手に。
「だいすきだよ、モコ」
そういって、ゆかちゃんはすやすやと眠った。
ぼくもゆかちゃんの隣で眠った。
だけど、朝がくる前にぼくは立ち上がった。ぼくは《ねむり隊》の隊員だから。
「ぼく、もういくね。ぼくがいなくなると、みんなが大変なんだ。それに、いろんな人たちの眠るお手伝いをするのがすきなんだ」
ゆかちゃんがもぞもぞ動いたから、ぼくは息をひそめる。だけど、ゆかちゃんはすぐにまたすうすうと寝息をたてた。
「眠れないときはいつでも出動するよ。だから、またね」
ぼくは、ゆかちゃんのほっぺたにもこもこの背中を押しつけた。ゆかちゃんはくすぐったそうにして、目を閉じたまま笑った。
「ゆかちゃん、ぼくもだいすきだよ」
ぼくは夜空に駆け上がった。
朝日につかまる前に《ねむり隊》本部に帰らなければならない。ぼくの、新しい居場所に。
Ꮚ•ꈊ•Ꮚ
カランカランと出動のベルがなった。
「整列!」
隊長が叫び、ぼくたちは横一列に並ぶ。
「隊員1号」
「メェー」
「2号」
「メェー」
「3号」
「メェー」
「4号」
「メェー」
「よし、全員いるな。ではこれより《ねむり隊》出動する。みな、わしの後に続け」
「メエェー!」
ぼくたちは夜空へ駆け上った。
夜空にもこもこの雲が浮かんでいたら、それは《ねむり隊》のひつじたちかもしれない。
Ꮚ•ꈊ•Ꮚ おやすみなさい Ꮚ•ꈊ•Ꮚ