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2.ねむり隊の4号

 乗り物はグラグラ揺れたけれど、ふわふわだったので乗り心地はわるくなかった。それでつい、また眠ってしまった。


「おい、起きろ」


 さっきとおなじ声がした。

 いつの間にかぼくは堅い床の上に寝かされていて、右や左からおふとんみたいなものでギューギュー押しつぶされていた。


「ぷはあ。くるしいなあ」


 押してくるものを振りはらって起きあがる。


「あ。起きたわ」

「運ばれていてよく寝られるよなあ」

「こんなやつで平気なのか?」


 ぼくは、三匹のひつじたちに囲まれていた。ぼくとおなじ、ぬいぐるみのひつじだ。


「うむ。目が覚めたようだな」


 大きなひつじがのっしのっしとやってきた。顔の横には立派な角がくるりんとついている。


「えっと、あの、ここは……いえ、あなたたちは?」

「おほん。ここは、《ねむり隊》本部。わしは隊長だ。隊員を紹介しよう。整列!」


 隊長が号令をかけると、ぼくをとり囲んでいた三匹はすばやく隊長の横に並んだ。


「1号!」

「メェー」


 ひつじらしからぬキリリとした顔のひつじが返事をした。どのくらいキリリとしていうかというと、眉毛があるのだ。まるでマジックで描いたような。まるで、じゃなくてほんとうにマジックなのかもしれない。


「2号!」

「メェー」


 ピンク色の毛は見るからにやわらかそうで、ほかの誰よりもこもこしている。しかも体中に小さなリボンをつけている。


「3号!」

「メェー」


 具合でも悪いのか、ほほがこけている。毛並みも白くふわふわだけどところどころハゲ……じゃなくて、さみしいことになっている。


「4号!」


 隊長が呼んでも返事がない。

 もう一匹はどこにいるのだろう。キョロキョロしていると、1号に体当たりされた。


「しっかりしろ。4号はおまえだ」


 ぼふんっと当たって、ぼくはころころ転がってしまう。

 2号がかけよってきて、起こしてくれた。


「1号ったら。乱暴はよしなさいよ。4号は来たばかりなんだから、わかるはずないじゃない」

「ぼくは4号なんかじゃない。ぼくは、ぼくは……あれ? ぼくはだれなんだ?」


 寝ぼけているわけではない。しっかり目は覚めている。それなのに、ぼくは自分がだれなのかわからなかった。ここに来たばかりというのはわかるけれど、その前はどこにいたのか、ちっとも思い出せない。


「ああ、そうだった、そうだった。きみはまだわからないよな。すまん、わしが悪かった。新入りはひさしぶりだから、うっかりしてたよ」


 隊長はもうしわけなさそうに前足で床をかいた。それから姿勢を正すと、説明してくれた。


「隊員たちはみな、捨てられていたんだ。きみと同じようにね。ひつじのぬいぐるみがいるという知らせが入ると、新人を募集している隊が迎えにいくことになっている」

「それが今回はうちの隊だったってわけ」


 2号が壁に体をこすりつけながらいった。見れば壁にブラシがついている。ああやってふわふわの毛並みを整えているのか。


「隊はいっぱいあるんだぞ。新人をむかえるのは早いもの勝ちなんだ。うちの隊が一番でよかったよ」


 3号がそういえば、1号がフンッと鼻をならした。


「よかったかどうかなんてわかるもんか。4号が使いものになるとはかぎらないぞ。3号、おまえみたいな例もあるしな」

「3号さんみたいな例って?」


 気になってきいてみたけど、隊長が後ろ足をダンダンッと踏みならしたのでみんな黙った。


「まあそれはいいとしてだな。4号にいっておくことがある」

「なんですか?」

「きみは捨てられる前のことをすべて忘れているはずだ。そうだな?」

「はい。どこにいたのか、ぼくがだれなのかもわかりません。名前もあったような気がするのですが、思い出せません」

「そういうものなのだ」

「そういうものなのですか?」

「捨てられるというのは、ぬいぐるみにとって非常にかなしいことだ。だからその記憶はゴミ捨て場においてきた」

「そんなことができるのですか!?」

「うむ。隊長ともなるとな」

「隊長ってすごいんですねえ!」


 ぼくが感心していると、隊長は「いやいや、それほどでも」といいながらまた前足で床をほった。

 するとまた1号が鼻をならす。


「フンッ。なにもわからずに感心してやがる。4号、おまえ、《ねむり隊》がなんなのかもわかっちゃいないだろう。おれたちの背中に乗せられて、どこにやってきたのかもな」


 ああ、あのふわふわした乗り心地はひつじたちの背中だったのか。ひとつわかるごとに、少しずつ頭がすっきりしてくる。だけどまだわからないことだらけだ。


「1号さん、《ねむり隊》ってなんですか? ここはどこですか?」

「だからそれをいまから説明してやるっていってるんだよ」

「あ、そうですね。おねがいします」

「そそっかしいやつだなあ」


 そそっかしい……。そういえば、そそっかしいせいでこんなことになった気がする。が、やっぱり思い出せない。


「いいか、ここは《ねむり隊》本部だ。でもって、《ねむり隊》というのは」


 1号が説明を続けようとすると、隊長が割って入った。


「まてまて。そこは隊長であるわしに説明させてくれよ」

「なんだよ、隊長がさっさと説明しないからかわりにおれがやってるんだろ」

「いやあ、めんぼくない。だが、もうだいじょうぶだ。なんてったって、わしは隊長だからな」

「はいはい。じゃあ、ちゃっちゃとすませてくれよ。夜の出動までには終わらせろよ」

「まかせとけ!」


 どっちが隊長だかわからないようなやりとりのあと、1号は2号3号をつれてどこかへいった。夜の出動とかまでやることがあるのかもしれない。


 本部には隊長とぼくだけが取り残された。本部といっても、ただの四角い部屋だ。ベッドも机も棚もない。

 まてよ。なんでぼくは、部屋にはベッドや机や棚があると思ったんだろう? 一瞬頭に浮かんだあの部屋はどこなのだろう?

 考え込むところだったけれど、隊長がオホンとせきばらいしたので、頭に浮かんだ部屋はぽわんと消えてしまった。


「人は、ひつじを数えることがある」

「あ。ぼく、知っています。眠れないときに数えるんですよね?」

「そのとおりだ。そうか、知っているか」

「はい。牧場の柵を思い浮かべて、そこをひつじが一匹ずつ跳んでいくとききました」

「きいた?」

「はい。あれ? だれからきいたんだっけ?」


「うむ。まあいい。知っているのなら話が早い。わしらはそのひつじだ」

「は?」

「眠りたい人のお手伝いをする《ねむり隊》だ」

「はあ」

「なんだ、気のない返事だな」

「あ、いえ、ほんとうにひつじが跳んでいるとは思わなかったので」

「そうだろう、そうだろう。ところがどっこい、ちゃんと跳んでいるのだ。わしらがな」

「ということは隊員のみなさんも?」

「もちろんだ。わしだけ跳んでどうする。一匹で何度も行ったり来たりしたら目が回る。なにより人が数える早さに間に合わないだろうが。正直、いままでの隊員の数では大変だったのだ。日々鍛えているとはいえ、なかなか眠らない人のときは、隊員全員がへろへろだ。そこで新入りを募集していたのだ」


「それがぼくですか」

「そうだ。とういうわけで、がんばりたまえ!」


 そういって、隊長はもこもこのからだで体当たりをしてきた。ぽわんと弾かれたぼくは勢いあまってころんころんと部屋の隅まで転がった。

 そうしてぼくは、《ねむり隊》隊員4号となった。


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