1.ゆかちゃんのモコ
「いる、いらない、いる、いる……うーん。やっぱいらない」
ゆかちゃんの手があっちこっち動く。ぼくはそれを棚の上で見ていた。
「いる、いる、いらない、いる」
ゆかちゃんが絵本やおもちゃをひとつずつ手にとっては、いるかいらないかで分けている。いるものはダンボール箱へ。いらないものは大きなビニール袋へ。
ダンボール箱はそのまま引っ越しのトラックに積まれて新しいおうちに行く。ビニール袋はそのままゴミに出される。
「このヘアゴムはかわいいけど、中学生には子どもっぽいかなあ。うん、いらない」
ゆかちゃんは、小さいころに気に入っていたものでもあまり迷うことなく『いらない』のビニール袋に入れていく。お母さんから、持って行くものはなるべく少なくしてね、といわれたからだ。
それでも『いる』ばかり増えていって、ダンボール箱は山盛りだ。これではふたが閉まらない。
「モコちゃん」
ゆかちゃんはぼくの名前を呼んで抱き上げた。
ぼくはゆかちゃんが赤ちゃんだったころから一緒にいるひつじのぬいぐるみだ。新しいおうちに連れて行ってもらえるだろうか。
「わたしの大好きなひつじさん。あなたはもちろんこっちよ」
そういって、『いる』の山のてっぺんに乗せてくれた。
「よし、おしまい! お母さーん、荷物分けたよー!」
ゆかちゃんが部屋から出ていったから、ぼくは「やったあ!」と叫んで踊り出した。いつもはゆかちゃんが眠ったあとにしか動かないんだけど、がまんできなかった。
ゆかちゃんはもうすぐ中学生だけど、ぼくがいないと眠れない。さっきみたいにぼくをギュッと抱いて、目を閉じる。そして、小さな声で「ひつじが一匹、ひつじが二匹……」って数えながら眠る。
だからぼくが捨てられるなんてことはないんだけど、それでもやっぱりちょっと心配だった。ヘアゴムみたいに「もう子どもっぽいから」って簡単に捨てられちゃうんじゃないかって。
そんなわけだから、連れていってもらえるとなったら嬉しくてじっとしていられなくなっちゃったんだ。
「これからもゆかちゃんと一緒だぞ!……あっ!」
飛び跳ねたら、ぼくはころんと転がってしまった。
ぼくはひつじのぬいぐるみだ。ひつじのぬいぐるみはもこもこでまんまる。つまりぼくは、ころんころんとよく転がる。ころんころんと転がり落ちて、ガサッという音とともに着地した。ぼくの腕にはヘアゴムがはまっていた。
「しまった! ここは『いらない』のビニール袋じゃないか!」
よじ登ろうにもガサガサと音がするだけで出られそうもない。
「だいじょうぶ。きっとゆかちゃんが気づいて『いる』の箱にもどしてくれるはずだ」
けれども日が暮れて夜になってもゆかちゃんは部屋にもどってこない。
「だいじょうぶ。明日になれば、ゆかちゃんが来てくれるさ」
早く明日が来るように、ぼくは早く眠ることにした。目が覚めたらきっとゆかちゃんに会えると思ったから。
Ꮚ•ꈊ•Ꮚ
ところが翌朝、ぼくは聞き慣れない声で目を覚ました。
「隊長、ここです! このゴミ捨て場にひつじのぬいぐるみが捨てられています!」
「でかした、隊員1号。よし、いたぞ! 急いで救出するんだ!」
「了解です!」
大きな声とガサガサうるさい音がする。
まぶしい。ここはどこだろう? 外? 部屋じゃないの?
部屋? 部屋ってどこの?
あれ? ぼく、どこから来たんだっけ?
……ぼく、誰だっけ?
起きたばかりだからかだろうか、頭がぼんやりする。
「みんな、力を合わせてこいつを運ぶんだ。急げ! 人がくる前に帰るぞ!」
よくわからないまま、ぼくはなにかに乗せられて、どこかへ連れていかれた。