とっさに
打ち込んだ活字は『こっさん』
以後、数年続くネット生活の大切な住民票。
こっさんが入室しました。
『うおっ!なんじゃこりゃ。』
しばらく様子を見るつもりだった五郎は病室のベッドで驚いた。
「ばわ―」
「ばん」
「わんばんこ」
更新ボタンを押す度に五郎宛てのレスが表示されて行く。
埋もれて行く『こっさんが入室しました。』…
『やばい!なんか書かなきゃ!やばい!』
飲み屋の女相手に日頃メールで馴らしていた親指が火を噴く!
「いただきマンコス」
意味など何も無い。普段から使っている言葉を活字に変えただけ。
「バクショ」
「なにそれ―」
「ウケる―」
五郎宛てのレスで埋まる携帯の液晶画面。
『まだ…俺の居場所がある…』
『俺の居場所が…』
恐らく退院しても満足に歩く事すら出来ないと思っていた五郎。
活字の世界なら…俺が見えない人達なら普通に接してくれる!
その夜五郎は朝の回診までチャットをしていた。
コツはすぐ覚えた。
「いただきマンコス」
「退室しまちた。」
カリスマチャット師と呼ばれた男の名言の数々はデビューした時に生まれていたのだ。
当然、次の夜もチャットに潜った。
その次の夜も…
五郎のハンドルネームを見て入室して来る人達が増えた。
「こっさん遊ぼー」
「こっさん最高」
五郎は五郎でありながら『こっさん』である事に興奮していた。
ネットに恐怖感などなく、写真なども貼り付けた。
『歩けねえとか書かなきゃわからねえだろう』
ある日、写真を見た男にチャットで問われた。
「モテるだろう?」
「うん、モテるよ」
「じゃ出会い系とか来る必要無いじゃん」
「…出会い系なのかい?チャットって」
「ある意味ね」
「…」
五郎は違うだろうと思った、が。
「バーチャルでもモテたいな」
打ち込んだ五郎に違う男が応答した。
「チャットはバーチャルじゃないぞこっさん」
チャットはバーチャルじゃないと書いた男のハンドルネームは『あすむ』
以後、あすむとこっさんはコンビの様な存在になって行く。