途方にくれ…
固定ハンドル、ハンドルネーム…いわゆるネット掲示板で使う名前の事だ。
五郎もハンドルネームを持っている。
『こっさん』
ネット掲示板の存在すら知らなかった四年程前、某ドラマでチャットなるものが流行った。
当時の五郎の仕事は建築鳶。
ビルやマンションなどの外壁用足場などを組むガテン系で、かなりハードな仕事なのだが五郎の荒い気性には持ってこいの仕事だった。
『腕さえありゃ一生食って行ける。誰にも負けねえぞ!』
若い頃から何の職に就いても他人の倍のスピードで習得し、飽きて辞める。
親類からは
「仕事の続かない駄目な奴。」と罵られ、敬遠され続けていたのだが実は五郎本人には何の気負いもなく逆に気楽な放浪生活を満喫していた20代。
他人との関わりを極端に拒んだ時期でもある。
荒れた気性に似合わず、優しい顔立ちの五郎は女性から言い寄られる事が多く性欲の捌け口には困らなかった。
バシイッ!
ある日、現場で作業中にまるで雷に撃たれた様な衝撃が頭の先から足の爪先まで走った。
五郎は膝から崩れ落ち倒れ込んだ。
仕事仲間に発見され、救急車で運び込まれた病院での診断…
腰椎分離症。
腰椎部分の疲労骨折が二カ所いっぺんに現れた。
負けず嫌いな性格が仇になり、無理が祟ってしまったのだ。
「もう歩けないのかよ?」
「大丈夫です。1ヶ月ほど入院して様子を見ましょう。ただし、回復しても現場仕事は無理だと思った方がいいですよ。」
職人に復帰できない…
40手前に直面した窮地に五郎は落胆していた。
疎遠状態の身内、己の腕に溺れて他人を小馬鹿にしていた為に友達と呼べる仲間など一人も居ない五郎…
見舞いに来てくれるのは飲み屋の女だけ。
「早く退院して遊んでね。」
『馬鹿か?こいつら』
生きて行く道を断たれた五郎になんともお気楽なお誘いの数々…
そんな入院生活も終わりかけた頃、眠れない五郎は何気なく携帯のインターネットを開いた。
何気なく検索窓に打ち込んだ活字は『チャット』。
複数チャットがある…
当然、どこでも構わない。
某ドラマで観た様に誰かと話をしたかった…
友達が欲しかった。
友達を、生きる『意味』を捜したかった。
接続したサイト…某アダルトチャット。
全てが初めての経験。
ハンドルネーム記入の欄。