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第七幕 甘酸っぱいファミレス

この世には多彩な比喩が存在する。味の表現を心情に当てはめるのもその一つ

 四月十二日、日曜日。十四時を過ぎた頃合。福朗達は予定通り、猫宮がバイトするファミレスに到着した。

 ファミレスチェーン『ここッス』。ファミレスにしてはクオリティの高いメニューが売りなのだが、クオリティに引きずられるようにして値段の高いメニューが多い。生活水準の低い福朗みたいな人間は、あまり利用しないファミレスである。実際福朗が『ここッス』を利用した回数は、両手の指の数よりも少ない。

 福朗がよく利用しているのは、ファミレスチェーン『ロイヤルダスト』の方だ。明日香が来るようになってからというもの、福朗の外食回数は格段に減ったが、今でも利用するなら『ロイヤルダスト』の方なのだ。訳するところは『高貴な塵』。その名の通り、塵芥のような安価な材料を高級そうに調理して出すファミレスだ。味はそこそこだが値段もそこそこなので、生活水準の低い福朗みたいな人間にはおあつらえ向きなのである。

 久々の『ここッス』という事で、福朗はけっこう楽しみにしていた。明日香の作る料理にケチをつける気は微塵もないが、外食は外食で雰囲気補正が掛かるものだ。

 明日香もメインは自炊なので、外食は少ない。沙和や他の友達と外食するにしても、夜に居酒屋チェーンなどに入る事がほとんどだ。日中に、それも福朗と外食するのは今回が初めてだったので、明日香もけっこう楽しみにしていた。

 三十路を過ぎたオッサン一人と、女子大生一人の二人組。傍から見れば微妙な取り合わせだが、福朗と明日香は気にせず入店する。

 お昼時を過ぎた店内は、いい感じに人の少ない比較的静かな空間となっていた。入店を知らせるチャイムの音だけが店内に響き渡る。すると、チャイムを聞きつけた小柄な店員が、店の奥から福朗達の元へと小走りに駆け寄って来た。

「いらっしゃいませ~」

 誰にとってもテンプレートな入店の儀式だが、その日の福朗と明日香には一味違っていた。

「あ! 日向さん!」

「え? 猫宮さん?」

 小柄な店員は、鍛え上げられた営業スマイルを浮かべる猫宮だった。

 明日香は当然気付いたが、福朗は全然気付けなかった。猫宮の笑顔は何度か福朗も見たが、自分に対して笑顔を向けられた事はなかったからだ。

 福朗の反応を見て営業スマイルを解除した猫宮は、福朗も見慣れたいつもの仏頂面を浮かべる。

「なによ。なんか文句あんの?」

「いんや。猫宮さんが接客業なんて、って思ってたけど、なかなか様になってんじゃない」

 福朗の上からな感想に、猫宮の表情が仁王スマイルに変わる。

「アンタ、ケンカ売りに来たの? 追い返すわよ?」

「おいおい、いいのかい? そんな言い方して。先日とは違って、今日はコッチが客なんだぜ?」

 尚もふざけた調子の福朗に、猫宮は矛先を明日香に変える。

「ちょっと明日香。コイツなんとかしなさいよ」

「ふえっ⁉ わ、私です⁉」

 微笑ましく見守っていたつもりの明日香は、急に話を振られて困惑気味だ。隣でヘラヘラしている福朗と、向かいの不機嫌な猫宮を交互に見てから、明日香は猫宮の方へと立ち位置を変えた。

「謝って下さい、フクさん」

「おんや、明日香ちゃん。謀反かい?」

「謀反⁉ い、いえ、そういった事では……なくてですね」

「でも、猫宮さん側に就くんだろ?」

「でもでも、フクさんを裏切りたいわけじゃ……」

 福朗がニヤニヤして、明日香がオドオドしている。そんな二人を見ていた猫宮は、額に手を添えて大きく溜息をついた。

「ったくアンタ達ねぇ……こんなトコで痴話ゲンカはよしてくれない? 営業妨害だわ」

 猫宮の期待に沿えるよう動き、福朗を裏切るまいと言葉を弄した明日香としては、猫宮の突き放し発言にビックリだ。明日香は思わず抗議する。

「そんな⁉ 日向さんがなんとかしろって言うから私――」

「なんともなってないから言ってんのよ」

「ふぐぅ……」

 明日香は食い気味に努力を否定されてしまい、言葉に詰まる。

 猫宮がカリカリして、明日香がメソメソしている。そんな二人を見ていた福朗は、軽い調子で口を開く。

「まぁまぁお二人さん。落ち着きなさいよ」

 まるで他人事のような福朗に、明日香と猫宮は間髪入れず、同時に睨み付け、同時に声を上げた。

「誰のせいよ!」

「誰のせいです!」

 女子大生二人に一気に怒鳴られたので、福朗は『テヘペロッ』をやろうとした。が、止めた。オッサンの身でやるにはあまりにも難易度の高い返しだ。難易度の高さは、そのまま火に油を注いでしまう可能性の高さに繋がる。それに、火が消えたように引かれてしまうのも福朗には堪える。ここは大人しく謝っておいた方がいい。

「悪い悪い、冗談だよ冗談」

 福朗の謝罪は、猫宮から見ればまったく誠意の感じられないものだった。だが、いくら閑散としている時間帯でも、店内でこれ以上の騒ぎは避けたい。とりあえず謝罪を受け入れる事にして、猫宮は聞く。

「それで? 入るの? 帰るの?」

 猫宮は一応聞いただけだったが、福朗と明日香は、まだ帰る選択肢があったのか、と驚いた。

 佐田の調査もあるし、既にハンバーグの口になっていた福朗は、誠意を込めて頭を下げる。

「ハンバーグが食べたいので、入れて下さい!」

 福朗の低頭に、今度は猫宮が目を丸くする。そしてまた、額に手を添えて溜息をつく。

「ったく、わかったわよ。注文は席に着いてからね。付いて来なさい」

 先導を始めた猫宮の背中を見て、福朗は明日香に耳打ちする。

「ねぇ、ここってツンデレファミレスだったの?」

「あ、あはは。そんなわけないじゃないですか」

 懲りない福朗の言葉に、明日香は愛想笑いを浮かべながら返す。実は明日香も、少しだけ福朗と同じ事を思っていた。

「なにしてんのよ? やっぱり帰るの?」

 立ち止まったままの福朗達に気付き、振り向いた猫宮が声を掛ける。

「別に来て欲しいって頼んでないんだから、邪魔するなら帰ってくれる?」

「ほ~らやっぱり、ツンデゅふっ⁉」

 福朗が言い切る前に、猫宮からは見えないところで明日香の肘打ちが炸裂した。

「は~い! 今行きま~す!」

 怪訝な顔をしながら先導を再開する猫宮。それを追って元気良く歩き出す明日香。更にそれを追う腹を抱えて足取りが覚束ない福朗。三者三様の歩調で、三人は席に向かって歩いて行く。

 明日香の肘打ちがいいところに入った福朗は、空きっ腹なのに口からなにか出そうな気分だった。


 ↓ようやく席へ↓


 福朗達が通されたのは、窓際の禁煙席だった。基本四人掛けで、頑張れば六人座れそうな広さの席だ。

 福朗達が座った事を確認して、猫宮は数分ぶりに熟達した営業スマイルを浮かべる。

「ただいまお水を持って参りますので、それまでに注文を決めておきなさい」

 猫宮の営業スマイルは完璧だったが、その口ぶりにはツンの名残が残っていた。

 猫宮が引っ込むのを見送って、明日香はすかさずメニューを開く。

「フクさんはなににします?」

「俺……は……ハンバーグを……」

 肘打ちのダメージが残る福朗は、机に突っ伏して途切れ途切れに回答した。そんな福朗の状態を気にも留めない明日香は、ハンバーグの欄を開いて楽しそうに読み上げる。

「色々ありますよ~。プレーンにチーズイン、卵が乗っているのとか、国産牛ミンチを手ごねした少しお高いの。どれにします?」

「一番……安いものを……お願いします」

「はいはい、プレーンですね。私はどうしよっかな~」

 なにを食べようか迷いつつ、ウキウキ気分でメニューを繰る明日香ははたと思う。

「ねぇフクさん」

「ん?」

「コレって、必要経費ってヤツですよね?」

 明日香の一言が福朗に刺さる。せっかく肘打ちの痛みが薄れ始めたのに、福朗は精神面にもダメージを負わされてしまった。いくら福朗が低所得者とはいえ、割り勘を疑われたのは非常にショックだったからだ。

 情けない気持ちを払うように、福朗は顔を上げて豪語する。

「明日香ちゃんに出させるわけないだろ? 気にしないで好きなものを頼みんさい」

「やたっ、ありがとうございま~す!」

 福朗の言質を得て、上機嫌の明日香はメニューに目を走らせていく。既に注文の決まった傷心中の福朗は、窓の外の遠くの方を眺めるしかする事がなかった。

 外に見える川の流れに福朗が意識を流されそうになった時、二人分のお冷を持った猫宮が戻って来た。

「注文は決まった?」

「はい。このプレーンハンバーグを一つと、シーフードグラタンをお願いします」

「ハンバーグにグラタン、ね。」

 猫宮は明日香の注文を反復しながら、手慣れた調子でハンディ端末を操る。

「アンタ、ハンバーグにライスは?」

「そうだな、じゃあお願いするよ」

「ライス有、ね。ドリンクバーはどうする?」

「佐田さんの様子見があるので暫く居ると思いますから、付けて下さい」

「はいはい、ドリンクバーも有、と。以上で構わないわね?」

 注文を聞き終えた猫宮が念押しする。すると、明日香はデザート欄を福朗に向けておずおずと願い出た。

「あの~、フクさん。このパフェもいいです?」

「どれ?」

 明日香が指さしたのは『春季限定・激選激ウマいちごパフェ』。写真で見る限りは特にサイズが大きいわけでもないのに、デザートながらに千円越えという代物だった。因みに、メニューに表示されているのは税抜き価格である。

 福朗は値段を見て驚き、一瞬言葉を失った。

 福朗が驚いたのは、サイズ感に対して値段が高いと純粋に思ったからで、決して明日香の我儘を恐れたわけではない。福朗の生活は裕福からかけ離れているが、紙幣一枚で生活が崩れる程困窮してはいないのだ。

 一方で明日香と猫宮は、福朗の間を否定と受け取った。明日香は悲しい顔をして、猫宮は呆れた顔をする。

「あのあの、ダメなら……諦めます」

「ったく、甲斐性のないヤツね」

 福朗としては謂れのない責めを受けた感覚だ。見栄を張ったと思われないように、できるだけ余裕を持った口調で回答する。

「ダメなんて言ってないだろ? 食べたいんなら遠慮は要らないよ」

「やたっ! じゃあ日向さん、この注文もお願いしますね!」

 明日香が満面の笑みを猫宮に向けたので、かわいいヤツめ、と猫宮は苦笑する。

 猫宮がオーダーを通そうと端末に指を近付けた時、

「おっと、ちょい待ち猫宮さん」

 と、福朗が制止を呼び掛けた。

 突然仕事の邪魔をされた猫宮は、冷たい視線を福朗に向ける。

「なによ。やっぱり注文しないっての?」

「ええっ⁉ そうなんです⁉」

 明日香としては上げて落とされた気分だ。さっきよりも悲しい表情を浮かべながら机に身を乗り出す。

 考え有ってオーダーを止めたつもりの福朗だったが、また要らぬ誤解を生んでしまったようだ。話が進まなくなるので、頭を掻きながら先に明日香をなだめる。

「待て待て、そうじゃないから。明日香ちゃんは落ち着きなさい」

「ホントです?」

「ホントホント。だから悪いけど、明日香ちゃんはちょっと黙っててくれる? 君がそんな顔してるとさ、猫宮さんが俺の話を聞いてくんないのよ」

 福朗の言葉に、明日香は瞬時に反応した。明日香はパフェにありつく為、両手で口を隠すように覆い、言いつけ通りに口を噤む。

 スイーツ一つで従順になる明日香を見て、猫宮は少し心配になった。心配にはなったが、スイーツで明日香が釣れるなら、今度自分も試してみよう、とも思う。

「猫宮さん。今ホールに居るのは、君と佐田君だけかい?」

 明日香とのスイーツデートを妄想していた猫宮は、またしても福朗に邪魔されたので不機嫌そうに答える。

「もう一人居るけど、それがなに?」

「食後にパフェを注文するとしたら、佐田君を差し向ける事ってできるかな?」

「へぇ……それで佐田君を様子見しようってのね」

 猫宮はまだ福朗をボンクラ男だと思っている。しかし普段の態度はどうあれ、依頼に対する姿勢だけは買ってもいいと思い始めた。仕事なのだから当然と言えば当然だが、猫宮の件についてお金は動いていない。それでも時間を割く福朗の事を、猫宮は少しだけ見直した。

「それはいいけど、料理を運ぶ時じゃダメなの?」

「それでもいいけど、料理を持って来ただけの店員を長く引き留めるのも変だろ? なら、注文する時に呼んで、メニューを見ながら明日香ちゃんが悩むフリをする。その間に俺が世間話を振る方がそれっぽくない?」

 意外と考えている福朗を、猫宮はまた少し見直した。

 明日香は口を噤んだままだったが、福朗の提案を聞いてコクコクと頷いている。

「わかったわ。確約はできないけど、難しくもないわね。たぶん、大丈夫だと思う」

「それで十分だ。もし失敗しても、何度も呼び付ければ事足りるさ」

 福朗が軽く言った迷惑行為を想像して、猫宮は鼻を鳴らす。

「上手くやってやるから待ってなさい。依頼の件、頼んだわよ」

 そう言い残し、猫宮は店の奥へと消えていった。

 猫宮の姿が消えたので、明日香の口が解禁される。

「料理が来た時引き留めたくないのって、フクさんが早く食べたいからですよね?」

「おんや? 明日香ちゃんには気付かれたか」

「やっぱり……」

 あっけらかんと自白する福朗に、明日香は小さな溜息をつく。

「それっぽい作戦だったろ?」

 福朗が自慢げにニヤリと笑うので、今度は大きな溜息をつく明日香だった。


 ↓そして食後↓


 結局、料理を運んできたのは猫宮だった。猫宮曰く、佐田には先に休憩をとらせているから、福朗達が食べ終わる頃に交代して差し向ける、との事だった。

 高級志向なファミレスのハンバーグを平らげ、福朗は大満足だ。明日香も既にグラタンからパフェへと気持ちが切り替わっている様子なので、そろそろ頃合いと考えた福朗は一度ドリンクバーに向かった。

 福朗はサーバー近くで待機していた猫宮に小声で合図を送る。

「ピンポンしても?」

「……二分後に押しなさい」

 猫宮の方も小声で答え、店の奥へと入っていった。

 ゆっくりと席に戻った福朗は、デザート欄を卓上に開いて凝視していた明日香にも声を掛ける。

「さて、演技の時間だよ明日香ちゃん」

「ちょ、ちょっと待って下さい。今、悩んでますんで」

「悩むってなにを?」

「いえ、改めてみるとチョコも捨てがたいな……と思いまして」

 予定では悩むフリのはずだったが、明日香は本気で悩み始めていた。福朗的にはいちごパフェだろうがチョコパフェだろうがどちらでも構わない。自分が食べるわけでもなく、窺い知る限り値段に差もない。演技よりも本気で迎え撃てるのなら、それに越した事はないのだ。

 明日香の天然ぶりに福朗が苦笑していると、さっきまで猫宮が立っていた場所に茶髪の若い男性店員が現れた。ファミレス店員にしては異常な数のピアスが、照明を反射させて耳元が光って見える。

「アレが例の、可哀そうな佐田君か」

 福朗は先日の、明日香と猫宮によるボロカス発言を思い出し、同情を孕んだ呟きを漏らした。

 『いちご・チョコ問題』に没頭していた明日香も、佐田の名前には反応したようでメニューから顔を上げる。

「佐田さんです?」

「ほら、あそこ」

 福朗の示す視線の先を追い、明日香も佐田を認識する。そして、

「あ~、あれはあんまりお近づきになりたくないタイプです~」

 と、バッサリな感想だけを述べて、またパフェの写真に戻っていった。

 現状、ホール内に佐田以外の店員は見当たらない。猫宮が上手く取り計らっている証拠だ。呼び出しボタンを押す前に、福朗は自慢の観察眼で先に佐田を観察する事にした。

「明日香ちゃん、パフェ選びに忙しいトコ悪いけど、メモ取ってくれる?」

「え? ああ。はいはい。はい」

 心はここにあらずとも、福朗の呼び掛けに応じた明日香はメモ帳を用意する。

 明日香の珍しい生返事は気になったが、福朗は変に突っ込まないようにして観察を始めた。

「まぁ、あれだな。君達の反応に同情の余地はあるものの、どこからどう見てもチャラい。何股も掛けられそうなプレイボーイで、バレても反省しなさそうだ。自分の外見を過信したナルシストで、イケメンだからなにしても許されると思ってるタイプ……あれ? 俺も段々佐田君が嫌いになって来たな」

「ね~」

 明日香は福朗の観察結果に相槌を打ちながら、『チャラい』『プレイボーイ』『浮気性』『自己中』『ナルシスト』、とメモ帳に記載していく。さらさらと手早く書き上げた明日香は、苦手な印象を書き連ねたメモ帳をしかめっ面で一瞥してから閉じた。

 猫宮同様、佐田に対してまったく関心を示さない明日香は、メニューをチラチラチラ見しながら聞く。

「もういいです?」

 佐田よりパフェ、依頼よりパフェな明日香を見て、仕事だと息巻いていたのはどこの誰だよ、と福朗は思ったが、当然口にはしない。甘味に誘引されている明日香はさて置いて、頭を掻きながら聞き返す。

「明日香ちゃんこそもういいかい? 次は呼び出して様子見だよ?」

「そうでしたね。こうしちゃいられない、早くパフェを決めないと」

「……ごゆっくり」

 別に早く決める必要はないが、明日香の真剣なまなざしを見るに時間はかかりそうだ。そう判断した福朗は、テーブルに据え付けられた呼び出しボタンに手を伸ばした。

 ボタンを押すと聞き覚えのある音が店内に響き、待機状態にあった佐田が反応する。

「は~い。ただいま伺います」

 佐田は福朗達のテーブルへ歩み寄ってハンディ端末を取り出し、猫宮よりも自然な営業スマイルを浮かべて言う。

「ご注文ですか、お客様?」

「パフェを注文したいんだけど、向かいの彼女がまだ迷っててね。悪いけど、少しそのまま待っててもらえる?」

「この時間帯はお客様が少ないので僕は構いませんが、彼女を急かしてしまいませんか?」

「いんや、大丈夫さ。見てみなよあの顔。デザートしか眼中にないよ」

「……その様ですね。では、お待ち致します」

 佐田の敬語が案外普通だった事に、福朗は少しだけ驚いた。店名の『ここッス』のように、如何にも『~ッス』と言いそうだな、と思っていたのだ。それに佐田は、福朗の要望に応じつつ、明日香への気遣いも忘れていない。クビにならずにそれなりの期間バイトしているのだから相応の接客力はあって然るべきだが、見た目とのギャップも相まって、福朗の中で佐田の印象が好転する。

「ただ待ってるのもつまらんし、世間話にでも付き合ってくんない?」

「はい、構いませんよ。その方が僕も手持無沙汰にならずに済みますから」

 佐田は福朗の提案に微笑んで了承した。

 会話の機会を得た福朗は、依頼の為に様子見を始める。

「慣れた店員さんで助かるよ。この仕事は長いの?」

「かれこれ二年以上はここで働かせて頂いてますね」

「二年か。じゃあもうベテランなわけだ」

「ベテランという表現には恐縮してしまいますが、一通りの業務を熟せるようになったとは思いますね」

 言い淀まずにハキハキと回答した佐田からは、接客業を楽しんでいる印象が見て取れた。また、言葉尻から雇われている認識と謙虚な姿勢も窺える。佐田という男は見た目から受ける印象が悪いだけで、実は好青年であるようだ。

 佐田との世間話なら長く楽しめそうだったが、いつまでも拘束していては本当に営業妨害になってしまうので、福朗は本命の話題を振る。

「さっきまで小柄な店員さんに対応してもらってたんだけどさ、あの娘も長いの?」

「ああ、猫宮さんですね。彼女の方が僕よりも少し長いくらいですよ」

 福朗の誘導は成功し、話題は猫宮に移っていく。

「ふ~ん、猫宮さんって言うのか。あんなかわいらしい娘と一緒に働いてると、若者としては惚れたりするんじゃない?」

「あ、あ~……そ、そうですね……」

 福朗の直球な問いに、終始自然な笑みを浮かべていた佐田の顔が陰った。

 福朗に他人の色恋沙汰を掘り返す趣味はないし、特に今回は砕け散ったものである事を猫宮本人から既に聞いている。佐田に同情はするし、これ以上傷口に塩を塗りたくはなかったが、これも仕事だと割り切って福朗はやむを得ず突っ込んで聞く。

「その反応、なにかあったの?」

 福朗の不躾な問いに、佐田は当然答え辛そうな反応を見せたが、陰ったままの表情に無理矢理笑顔を浮かべて答える。

「ええ、まぁ……以前アプローチしたんですが、敢え無く袖にされてしまいました」

「そっか……そりゃあ悪い事聞いちまったね」

「いいんです。まだ、諦めてませんから」

 佐田は自分に言い聞かせるように言ってから、暗い表情を立て直した。

 せっかく立て直したところに悪いとは思ったが、福朗は聞きたい事を聞く為に、もう少し佐田との会話を続ける。

「その根性は買うが、なにか攻略の糸口でもあるのかい?」

「いいえ、全く。彼女、ガードが堅くて……」

「それを理解した上で諦めないのか。そういうの、オッサンとしては応援したくなるな」

「でしたら、なにかアドバイスはありませんか?」

 真剣な様子の佐田を見て、福朗は口先だけではなく本当に応援したくなる。しかし女性経験の少ない福朗に、大したアドバイスができるはずもない。

「ん~、地道にポイントを稼ぐしかないんじゃない? 食事に誘うとか、優しさや男らしさをアピールするとかさ」

「飲みに誘っても断られるばっかりなんです。アピールの方はどうすればいいと思います?」

「そうだなぁ……バイトで遅くなる事もあるんだろ? 家路のボディーガードを買って出るのは、男らしさ兼優しさアピールとしてメジャーな部類だと思うけどなぁ」

 福朗の取るに足らないアドバイスに、佐田は小さく溜息をついた。メジャーな情報は皆が知っているからメジャーと言うのだ。当然佐田も思いついている。

「それはもう何度も試しましたよ。深夜シフトが重なった時は毎回尋ねるんですが、毎回断られてます」

「食い下がったり、密かに後を付けたりはしないの?」

「まさか。そんな事をしたら、アピールどころか嫌われますよ」

「そりゃそうか。まぁ、家まで送りますってのは、下心との抱き合わせみたいな手法だしな。ガードが堅い女性には効かんのかもしれん」

「ですね。でも、毎回断られようが声を掛ける切っ掛けにはなるので、今のところはそれでいいと思ってます」

 ここまでの会話により、福朗が佐田から得たかった情報は十分に揃った。それ以上に、見た目に反する佐田の一途さと消極的な面が揃い、応援したいという気持ちが増幅される。

 依頼に関する聞き込みが終わった福朗は、遠い目をして窓の外を眺めている佐田へ、最後に本当のアドバイスを送る。それは猫宮が言った、外見の好みについての話。

「君ってさ、中身は真面目なのに、なんでそんな外見なの?」

「え、これですか? お恥ずかしい話ですが、これは数年前に大学デビューした時の名残みたいなものなんですよ」

 佐田は気恥ずかしそうに笑いつつ、耳元のピアスをそっと撫でる。

「って事は、だ。特に拘りはないんだね?」

「そうですね。今更急に変えるのも、って思ってて。どうせもうすぐ就活ですし、その時でいいかな、と」

 福朗は観察の重要性を知っている。それが全てではないし、福朗の観察眼は実用性に欠けるが、それでも人間見た目は重要だ。ギャップを狙っているわけでもない佐田は、明らかに外見で損をしている。そんな佐田を見ていられなくなった福朗は、

「いんや、拘りがないんならすぐにでも止めちまいな。昨今の女性は、浮ついた外見を嫌うらしいからな」

 と、外見を変える事を強く勧めた。

「そうなんですか? モテるとは思ってませんが、嫌われるとまでは思ってませんでした」

「あくまで俺調べではあるが、効果は見込めると思う。どうだい?」

「そう、ですね……そうします」

 佐田から見れば、福朗のアドバイスは見知らぬオッサンの冷や水なのだが、実はいいヤツ系である佐田は二つ返事で了承した。

 気の良いオッサン系である福朗は、更に佐田にエールを送る。

「想い人攻略の、突破口になるのを祈ってるよ」

「はい。ありがとうございました」

 こうして福朗と佐田による、依頼と恋バナがない交ぜになった会話が終了した。それを見計らったかのように、突然明日香の声がこだまする。

「決めました!」

 声を上げた明日香は、メニューをビシッと指さして佐田に注文する。

「コレッ、この限定いちごパフェを一つ下さい!」

「明日香ちゃんよ。そんな大声出さんでも聞こえるってば」

 スイーツ系女子である明日香に福朗は頬杖をついて呆れ顔だが、慣れている佐田は笑顔を崩さず注文を受ける。

「畏まりました。いちごパフェですね。少々お待ち下さい」

 長い立ち話を経てようやく御用聞きの役目を終えた佐田は、事務的な営業スマイルではなく、好青年の笑みを浮かべて立ち去っていった。

 佐田の背中を眺めながら福朗は思った。恋バナなんて久々にしたが、オッサンになった今でも甘酸っぱく感じるものだな、と。

 猫宮を相手取る佐田の行く末は、明日香の頼んだいちごなんかよりもかなり酸っぱいものになりそうだ。そう思うと福朗には、無謀な戦い挑む佐田の背中が英雄のように見えた。

 誘惑の二択から抜け出した明日香はメニューを片付けて、やっと佐田の事を気にし始める。

「どうでした、佐田さんは?」

「存外いいヤツだったよ」

「え~、ホントです~?」

 疑いの目を向けてくる明日香に、福朗は呆れて言い返す。

「隣で話してたのに、聞いてなかったの?」

「うぅ……それは……」

 福朗の切り返しに、明日香はモジモジと身を捩る。図星だと察した福朗は、今後仕事中の明日香に甘いものは与えないようにしようと決めた。

 暫くモジモジしていた明日香がパフェを思ってソワソワし出したので、福朗は視線を外して外の川を眺める。

 これで差出人候補二人の調査は大体終わった。依頼の体裁を整える為にとりあえず調査を行ったが、やっぱり必要なかったな、と福朗は思う。

 残る対象はあと一人、猫宮の幼馴染である高月のみ。福朗的本命は高月だ。その高月にどうやって接触しようか。と、福朗は川の流れを追いながら考えるのだった。


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