終幕 依頼の報酬
金で買えないものこそが、本当に価値のあるものなのだ
ゴールデンウィークの翌週。福朗の事務所には扉を入ってすぐ左手に、新しく一枚の絵が飾られていた。とても豪奢な額に納められているものの、その絵の存在感は全く損なわれていない。むしろ額が引き立て役となり、絵の魅力を更に強調している。見繕ったマダムのハイソサエティなセンスが窺い知れるというものだ。
夜空にしては淡い紺色をバックに、猫と月が描かれた油絵。その絵の構図は、高月が描いたような猫を追う月ではなく、猫宮が何度も描いたような月を見上げる猫でもない。同じ大きさで描かれた猫と月は、絵の中央に寄り添って並ぶ。長い猫の尻尾は、抱き寄せるように、或いは離さないように、と月に回されている。
猫宮日向作。冠された題名は『親友』。
高月と仲直りした猫宮だからこそ描けたその絵は、依頼の報酬として福朗に寄贈され、事務所を華々しく飾っている。
もう一つ新しいものがある。それは窓に掲げられた事務所名。
外から見て一番左の窓には、赤い家型の枠の中に、青、緑、黄色で、『何でも』の文字がポップに描かれている。これは明日香と高月の共作だ。
次いで二枚目から五枚目には、窓一枚につき一文字ずつ、茶色い丸太を組んで『トマリギ』と描かれている。これについては福朗と高月の共作ではあるが、絵心のない福朗はほとんど関与していない。福朗が手伝ったのは葉っぱで表現された『ギ』の濁点のみだ。
そして外から見て一番右の窓には、丸太組の『木』の上に、デフォルメされた梟が描かれている。これは猫宮と高月の共作だ。
高月によって監修された事務所名のレタリングもまた、依頼の報酬として描かれ、事務所を華々しく飾っている。
報酬とは、なにも金銭だけではない。依頼を経て福朗が得たものは、猫宮と高月の感謝が形となって現れた、金銭に代える事のできない想いの籠った作品達。そして時折遊びに来るようになった仲睦まじい二人の姿もまた、なにものにも代え難い報酬となる。
依頼の報酬により、期せずしてパワーアップした事務所。その窓に描かれた梟は、半開きで眠たそうな目を外に向け、道行く人を見守っているようだ。
どことなく福朗に似ているその梟は、止まり木から決して離れる事なく、今日も依頼人を待っている。