幕間の追想 月に泣く猫
声すらも届かないと知った猫は、月を見上げて静かに涙を流す
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
今日、望深に酷い事言っちゃった。
あんな事言うつもりなかったのに。
望深がそんな娘じゃないって知ってるのに。
どうしてあたしはいつもこうなんだろう。
どうして言わなくていい事ばかり言ってしまうんだろう。
あの時望深は、どんな顔してたのかな……
悲しい顔?
それとも、面倒なあたしと縁を切れて清々した顔?
怖い。考えるのが怖い。
望深の事を考えると、どうしても嫌な方向に想像してしまう。
今日は早く寝よう。それで、明日望深に謝るのよ。
ごめんね、って。
大好きだよ、って。
望深は許してくれるかな?
許してくれなかったらどうしよう……
*****
今日、望深と廊下ですれ違った時、つい目を逸らしてしまった。
望深が許してくれなかったらって考えると、怖くてどうしても話し掛けられなかった。
やっぱり、余計な事を考える前に、電話すればよかったのよ。
メールでもいいから、昨日の内にしておけばよかったのよ。
気まずくて、もう今更電話もメールもできやしない。
昨日の自分を張り倒してやりたい。
望深にあんな事言った自分も、その後なにもしなかった自分も。
ダメダメ。また変な方向に考えてるわ。
明日よ。明日は絶対に望深と話す!
だから今日も早く寝よう。
夢の中で望深と会えたなら、あたしは素直に謝れるかしら……
*****
あれから何日経ったんだろう。
明日、明日と引き延ばしてる間に、一体何日経ったんだろう。
こんなに長く望深と話さないなんて、今までなかったのに……
自分の意志の弱さが嫌になる。
どうしてあたしは、いつもこうなのかしら。
なんで大事な時に、勇気が出せないのかしら。
ほんの少し勇気を出せれば、きっと電話もメールもできるのに……
切られるのが怖くて電話ができない。
無視されるのが怖くてメールができない。
避けられるのが怖くて会いにも行けない。
ダメダメヤメヤメ。考えちゃダメよあたし!
明日よ! 明日こそは絶対に望深と話すんだから!
*****
今日も望深と話せなかった。
気分が乗らないから、残って絵を描く気にもなれなかったな。
早く帰って来ちゃったけど、今日はバイトもないしどうしよう。
なにもないと、余計な事をばかり考えちゃうのに……
あれ? なにかしらこの手紙?
これってレタリング? あたしの名前……よね?
差出人……は書かれてないみたいね。裏にもなにも書かれてない……
あっ⁉ まさかこれって望深⁉ 望深が手紙を……
ううん。そんな都合良く考えちゃダメよ。
あんな酷い事言ったんだもの。望深が手紙を寄越してくれるわけないわ。
じゃあ、一体誰なのかしら?
結構上手く描けてるし、もしかして真田?
う~ん……それは気持ち悪いわね。
もしかして佐田君かしら?
いやいや、それも気持ち悪いわ。
どうしてあたしの家知ってんの、って話よ。
じゃあやっぱり、これは……
ううん。変に期待しちゃダメよ、あたし。
とりあえず取っておいて、数日様子をみよう。
もし望深だったとしたら、なにか言って来るかもしれないし……
*****
望深と話せないまま冬休みに入っちゃった。そして今日、二枚目の手紙が届いた。
休みにわざわざ届けに来るとは思えないし、やっぱり望深じゃないんだろうな……
それに裏側が真っ黒なんて、なんだか不吉だわ。こんなのを望深が送って来るとは思えない。
でも、捨てるに捨てられないわね。まだ望深の可能性だってあるんだし……
とりあえず取っておこう。ついでに日付もメモしとこ。
あ~あ。年末年始どうしようかしら?
実家に顔出さなきゃいけないけど、バッタリ望深に会ったらどうしよう。どんな顔したら……
ううん。それはそれでチャンスよ。地元でなら昔みたいに、普通に話せるかもしれないわ。
年賀状を送る勇気はないし、望深の家に行く勇気なんてもっとないけど、散歩がてら家の周りを歩きまわってみよう。
勇気が出ないなら偶然に任せればいいのよ。望深を目の前にすればいくらあたしだって、ちゃんと話ができる……はず……
*****
もうホント自分が嫌になる。
年末年始に二、三回チャンスはあったのに、望深に気付かれる前に隠れちゃった。
遠目からしか見てないけど、望深は普通っぽかったな。
あたしがいなくても、望深は全然普通っぽかった……
やっぱり、あたしから解放されて清々してるのかしら……
最近絵を描いてても楽しくないし、授業にも身が入らない。
バイトもなんだか面倒になってきたし、今日休みで良かったわ。
あれ? これは……三枚目?
今回は半分だけ黒く塗られてるわね……それに、『日』のレタリングもちょっと違う……
真田は会社の話を断ってから話し掛けて来ないし、佐田君は佐田君でフラれた割に普通に話し掛けて来るし。本当に誰なのかしら?
やっぱり望深としか……
うん、そうよ! これはきっと望深が描いたに違いないわ!
だとしたら、絶対になにか意味があるはず。あの娘はつまらない嫌がらせなんてしないもの。
そうだ! それがわかれば望深に会いに行けるんだ!
そうとわかれば、早速帰って他の手紙と見比べてみよう。
待っててね望深。あの絵の意味はわかってあげられなかったけど、今度こそ貴女の想いを受け取るから。受け取ってみせるから。
だから望深。もう少しだけ待っててね……
*****
あれから四枚目が届いて、五枚目が届いて、春休みに入って今日、六枚目が届いた。
あたしはまだ、望深の想いが受け取れないままだ。
望深と同じような絵を描けば、なにかわかるかもと思ったけど、空しくなるだけでなにもわからない。
六枚も望深が手紙をくれたのにまだわからないなんて、恥ずかしくて、今更聞きに行く事もできない。
そんな勇気があるんなら、そもそも手紙が届く前に望深に話し掛けてるし……
ねぇ、望深? 貴女は一体なにを伝えたいの?
どんな想いを込めて、あたしに手紙を書いてくれたの……?
ダメよ。弱気になっちゃダメよあたし!
幸い大学の春休みはまだ始まったばかり。まだ時間はある。
最後の一年をケンカしたまま過ごすなんて絶対に嫌だ!
待ってて望深。新学期には必ず、貴女の前に立ってみせるからね……
*****
あたしってなんなんだろう?
あたしは一体、望深のなんなんだろう?
いくら手紙を眺め続けても、あたしには結局意味がわからない。
新学期に入ってもまだ、望深の想いを受け取れてない。
ただただ望深の事を考えて月と猫の絵を描くのが、最早あたしの日課になりつつある。
こんな事しても、なにも変わらないって知ってるのに……
毎日同じ学校に通っているはずなのに、どうしてこんなに遠く感じるのかしら。
いっその事もう会いに……
でも、望深の想いがわからないのに、どの面下げてあの娘の前に立てばいいのか……それこそあたしにはわからない。
ねぇ、望深? どうしたらいい?
あたしはどうしたら――
「綺麗な絵……」
‼ 誰⁉ いつの間に人が⁉
……長い黒髪が望深にそっくり。なんなのよこの娘?
「誰よ、アンタ」
「あ、えと、私は……きゃん⁉」
あ~あ~も~。驚いたのはコッチだってのに、尻もちなんかついちゃって。トロそうなところまで望深とそっくりなのね。
「ったく、なにしてんのよ」
ホント、なにしてんのかしらね。あたしも、この娘も……
って言うかこの娘、一体なにしに来たのかしら?