幕間の追想 月の日記帳
月は黙ってなにも言わないが、きっとなにも考えていないわけではない
~2019/10/27~
どうしよう。
どうしよう。。
どうしよう。。。
ヒナちゃんを怒らせちゃった。
ヒナちゃんに嫌われちゃった。
あんな事、今まで言われた事ない。どんなに怒っても、ヒナちゃんがあそこまで言った事なかったのに……
今までも何度かケンカはしてきたけど、今回のはなんだか違う気がする。
怖い。怖い。怖い。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
もう考えたくない。今日はもう寝よう。
明日になったら、もう一度ヒナちゃんと話そう。そうすればきっと……
~2019/10/28~
今日、偶然ヒナちゃんと廊下ですれ違った時、目を逸らされた。
まだ私に怒ってるんだ。
まだ私を嫌ってるんだ。
やっぱり、昨日の内に電話すればよかった。
やっぱり、昨日の内にメールすればよかった。
あんな反応を見た後じゃ、もう怖くて電話もメールもできないよ。
日記には怖くて書けないけど、ヒナちゃんのあの言葉が頭から離れてくれない。
起きてたら嫌な事ばかり考えてしまうから、今日も早く寝よう。
もしかしたら、明日にはヒナちゃんと話せるかもしれない。
そうだ。きっとそうだ。
だから今は全部忘れよう。全部忘れて寝よう。
夢の中でならきっと、ヒナちゃんも怒ってないはずだから……
~2019/11/11~
あれから何日経ったんだろう。
ヒナちゃんに嫌われてから、何日経ったんだろう。
こんなに長くヒナちゃんと話さないなんて、今までなかったのに……
私はもう耐えられないよヒナちゃん。
でも、電話する勇気が出ない。
メールする勇気も出ない。
直接会って話すなんて、もっと怖くてできない。
だから私は、ヒナちゃんに手紙を書きます。
私が月ならヒナちゃんは太陽だよ、って。
明日は満月。月が一番輝く日。
ヒナちゃんの隣にいる自分を想像して、ヒナちゃん宛の手紙を書きます。
~2019/11/12~
今日は早目に家を出て、ヒナちゃんに手紙を出してきた。
結局怖くて自分の名前は書けなかった。
それに、なんだか暗号みたいになっちゃった。
でも、気付いてもらえるかはわからないけど、それが私の精一杯。
たとえ返事がなかったとしても、気付かれてないんだって言い訳できるから。
ヒナちゃんは気付いてくれるだろうか?
それとも、怪しい手紙だと思って捨てちゃうだろうか?
とりあえず、数日待ってみよう。
ヒナちゃん。気付いてくれたならきっと、仲直りできるよね?
~2019/12/25~
手紙を出してから随分経ったけど、ヒナちゃんから返事は来なかった。
わかりにくかったのかな?
それとも捨てられちゃったのかな?
直接確認する勇気のない私は、二枚目の手紙を書きました。
明日は新月。太陽の光が月に届かない日。
ヒナちゃんのいない私と同じなんだ。
だから前より変な手紙になっちゃうけど、真っ黒に塗り潰した手紙を書きました。
明日はもう学校はないけれど、それでも出しに行こう。
今度こそ、気付いてもらえますように……
~2020/1/16~
年末年始には少し期待してたけど、やっぱりダメだった。
実家には帰ってたみたいだけど、ヒナちゃんは会いに来てくれなかった。
もちろん私も、会いに行けなかった……
年賀状も来なかった。
私も出せなかった。
だから代わりに、三枚目のハガキを書きます。
明日は半月。月が光を失っていく方の下弦の月。
私は光を失いたくない。
ヒナちゃん。どうか気付いて下さい……
~2020/3/19~
もう本当にダメなのかもしれない。
何度も手紙を送ったけれど、ヒナちゃんからは返事が来ない。
ヒナちゃんは私の手紙をどう思ってるんだろう?
迷惑だって思ってるかな?
それとも気付いた上で無視してるのかな?
やっぱり怖くて確認できない私は、六枚目の手紙を書きます。
明日は三日月。月が光を失っていく方の三日月。
本当に私みたいだ。
ヒナちゃんを失って暗くなっていく私みたいだ。
この手紙で最後にしよう。本当に迷惑だと思われるのも嫌だから。
ヒナちゃん。私は今度こそ気付いてくれるよう祈ってます……
~2020/4/8~
ヒナちゃんと話さなくなって、もう半年くらい過ぎてしまった。
とうとう私達も四回生。大学も残り一年しかないのに、このままヒナちゃんと話せないなんて絶対に嫌だ。
この前の手紙で最後にしようと思ったけど、もう一枚だけ手紙を書かせて下さい。
これで本当に最後にするから。最後の望みをかけて書かせて下さい。
明日は十六夜。満月から少しだけ月が欠ける日。
私は欠けたくない。ヒナちゃんにずっと照らしていて欲しい。
そんな想いを込めて、本当に最後の手紙を書きます。
それでも気付いてもらえなかった時は……
ううん。考えるのは止めよう。
今はただ、手紙を書こう。
私の想いが、必ずヒナちゃんに届くと信じて……
~2020/4/9~
今日ヒナちゃんに出そうと思ってた手紙を、いつの間にか落としてしまったらしい。
ヒナちゃんのマンションについた頃には、なぜか鞄から消えていた。
きっとバス停にいた時だ。
本当に出そうか迷っていて、何度も手紙を出し入れした時に落としたんだ。
差出人住所を書いてないから、誰かに拾われたとしてももう戻っては来ないだろう。
もちろん、ヒナちゃんに届くはずもない。宛先住所も書いてないから。
これはきっと、神様が諦めろって言ってるんだ。
本当は嫌だけど、神様が言うんじゃ仕方がない。
神様をダシにした言い訳だって自分でわかってるけど、そうしないと私は耐えられそうもない。
全部神様のせいにして、ヒナちゃんを諦めるしかない。
ヒナちゃんさえいれば、私に神様なんて必要なかったのに……
~2020/4/21~
今日、駅前で変な男の人に声を掛けられた。
驚いた事にその人は、私の落としたハガキを持っていて、ヒナちゃんの使いだと言った。
心底怪しいとは思ったけど、話を聞いてみるとどうやら本当らしい。
ヒナちゃんは私が出した手紙だって気付いてくれてた。
今まで送った分を、全部取っておいてくれてた。
嬉しい。それがわかっただけで本当に嬉しい。
でも、ヒナちゃんに私の想いは伝わってないみたいだった。
ヒナちゃんはきっと、私のメッセージを受け取るまで会いに来てくれないだろう。
ヒナちゃんは優しい。だからちゃんと受け取ってからでないと、きっと会いに来てはくれないだろう。
手紙の意味を男の人に聞かれたけど、私は教えなかった。
一瞬神様が遣わしてくれたのかと思ったけど、私は教えなかった。
だってあの手紙は、ヒナちゃん宛に書いたものだから。知らない人に意味を教えたくなんかない。
意地張るなとか言われたけど、これは私とヒナちゃんの問題だ。
それに、ヒナちゃんに伝わらないのは私の技術の問題でもある。
ヒナちゃんが自分を猫だと思っている内は、きっと手紙の意味を読み解けないだろう。
でも、手紙を書いたのが私だとわかってくれているなら、それだけで十分だ。
私はヒナちゃんが気付いてくれるまで、いつまでも待っていよう。
諦めたようにヒナちゃんを忘れて、いつまでだって待っていよう。
私は月。月の高月。月は黙って浮かんでいるだけ。
だけど、たとえそうでも、月はどこにも行ったりはしない。
私は待ってるから。
いつかヒナちゃんが見つけてくれるまで、私はいつまでも待ってるからね。




