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不真面目な後輩は可愛い

作者: 相模

「せんぱーい、暇っす〜かまって下さいっす〜」


 七月某日、とある高校のとある部室にて。

 糸川いとかわまどかはパイプ椅子をガタガタと揺らしながら、彼女の一学年上の先輩に当たる氏家うじいえすぐるに自らの要望を訴えた。


「うっせえ、俺はテスト勉強に忙しいんだ。お前は勉強しなくていいのか?」


 卓は、今もなおガッタガッタと鳴るパイプ椅子の騒音に眉をひそめながら、円の要望を一蹴する。

 加えて、一学期の成績を決める定期テスト間際だというのに、余裕綽々しゃくしゃくとパイプ椅子と戯れる円にたずねる。


「私、悪あがきみたいな泥臭いのは苦手っす。大体、普段から勉強を習慣づけておけば、試験前に慌てることもないんすよ……。っつーことで、無駄な抵抗はやめて、私と遊ぶっす! 一緒にサボりましょうっす!」


 円は、余裕なのではなく、ただ単に勝負を捨てているだけだった。

 彼女はアホだった。


「最後の一言がなけりゃあ、すごい良い事言ってたのになあ……」


 卓は呆れてそれ以上の言葉が出ない。


「お願いっす〜、私はもう先輩がいないと生きていけないカラダになってしまっているっす〜」


 円は艶やかな声を出しながら、卓の腕に組みついて懇願する。

 まるで、二人の間にいけない関係があるかの如き発言である。


「紛らわしい言い方をするんじゃない! お前がゲーム強すぎて一緒にやる相手がいなくなっただけだろうが! 少しは手加減すりゃいいのによ」


 否、ただのゲームの対戦相手であった。


「何事もやるからには真剣勝負っす!」

「じゃあテストも真面目に受けろよ!」

「嫌っす!」


 円の意思はダイヤモンドのように固い。

 意地でもテスト勉強はしないつもりだ。


「ったく……。とにかく俺は勉強を続けるぞ。留年はしたくねえからな」


 これ以上の説得は無駄とわかり、卓は己のテスト勉強に集中することに決めた。

 卓は腕にまとわりつく円を振り払いながら、宣言する。


「えー、どうしてっすか〜」

「普通誰だって留年は嫌だろ。同じ授業二度も受けたくねえし、クラスでの立場とか気まずいし」


 円の質問に対し、卓は当然といった様子で応える。

 だが円はそうではないらしい。


「私は先輩が留年してくれると嬉しいっすよ?」

「なんでだよっ!?」


 馬鹿にしているとも取れる発言に卓は語気が強まる。

 しかし、円にそんなつもりは全くといってなく、少しうつむきがちに頬を染めながら答えた。


「だって、先輩が留年すれば来年は同じクラスになれるかもしれないっすから」

「おう……お前の発言を聞いて背筋が凍ったぜ、俺はよ」


 冗談じゃない、と卓は思う。

 部活の後輩と同じクラスなんて、周囲から受けるであろう好奇の目を想像しただけで、卓は恥辱に押しつぶされそうになった。


「こんなチャーミングで自分を慕ってくれる後輩と同じクラスで嬉しくないっすか?」

「自分でチャーミングとか言うなよ。ますます気まずいわ」

「そうっすか。それは残念」


 円は口ではそう言いつつも、大して惜しそうにもせずに自分の席に戻った。

 そして、再度パイプ椅子を揺らし始める。まるで落ち着きのない子供である。

 卓としては集中できないので、どうにかして円の行動を止めさせたくあった。


「わかったらお前も少しは勉強しやがれ」

「断固拒否するっす!」


 なおも円の意思はオリハルコンのように固い。

 何が何でも勉強しないつもりだ。


「お前なあ……。糸川が赤点取ろうと勝手だが、俺の邪魔はすんなよ。俺は赤点はごめんだ」


 卓も負けじと絶対に勉強する意思を示す。


「しょうがないっす……」


 てこでも動きそうにない卓の姿勢に、円はようやく遊ぶことを断念し、仕方が無しに部室の本棚から適当に本を手に取って読みはじめた。

 どうあっても勉強はしないつもりらしい。


 それからしばらく、二人の間には静かな時間が流れていた。

 しかし、円は時折読んでいる本から目を外し、潤んだ瞳で卓に視線を送る。

 勉強が一段落ついたら遊び相手をしてもらおうとの魂胆であった。

 勿論卓もその視線に気付いており、たびたび気を散らす。

 やがて、しびれを切らした卓が、シャープペンを机に叩きつけて立ち上がった。


「ああもう! わーったっよ、遊べばいいんだろ!」

「やったあ! さすが先輩、後輩想いっす!」


 結局は卓が折れ、下校時間まで二人でゲームした。


「早いな。もう夕方なんて」

「楽しい時間はすぐ終わっちゃうもんっすからね〜」


 下校時間を知らせるチャイムが鳴り、二人は帰る準備をしながらそんなことを言い合う。


「まあ、気分転換くらいにはなったか」


 卓は勉強時間は潰れてしまったものの、満更でもないと思っていた。

 根を詰めていたせいで効率が落ちてしまっていたので、むしろ休憩に丁度よかったのだ。

 癪だったので円にそれを告げるつもりはなかったが。


「先輩ってばツンデレっす」


 円はそんな卓の心情を知ってか知らずか、嬉しそうにする。


「うぜえ。さっさと帰れ」


 卓はイラッとしながら、円に帰宅を促す。


「ツレないっすねえ。いいっすけど」


 先に帰る準備を終えていた円は、卓の反応に少し不満げにしながら、部室をあとしようとした。

 そこで、円は一旦振り向く。


「あっ、そうそう。先輩と同じクラスになれるっていうあれ、嘘っす」

「え?」

「だって、先輩には私の先輩でいて欲しいっすから」


 円の言葉にどんな意図があったのかは、卓にはわからなかった。

 それでも、卓は鼓動が早まるのを感じていた。


「じゃあ先輩。また明日っす!」

「おう……じゃあな」


 円は手を大きく振りながら部室を後にした。

 円を見送ったあともなお、卓の胸の高鳴りは止まなかった。

高校時代に戻って可愛い(←ここ重要)後輩とこんな青春を送りたい。

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