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黒猫  作者: 五月雨花月
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十六夜(いざよい)の方様

 父親は喜んでくれたが、門番組は予想外にきつい仕事だった。どこにいっても楽な仕事はないものだ。手当ては材木係と大差無いが、それでも稼ぎ手が増えて家計は少し楽になった。


 城内には御千代の方様がいるはずだが、亮之介は一度も顔を見ていない。彼女の外出時は毎度籠だから顔を合わせることはない。彼女とは祐一郎を通して話をする程度の間柄でしかなかったが、祐一郎との関係を思えば正直平静ではいられない。色々話したい。身分が違うのはわかるが。


 晩春、亮之介は御千代の方様の懐妊を聞く。藩主にとっては第二子か第三子だ。祝いの使者や坊主連中の出入りがあった。

 さらに藩主はまた新しい御側室を入れるという。盛んなことだ。亮之介は苦虫を噛み潰すような気持ちでそれを聞いた。今度の御方は江戸からやってくる。どこぞの大名の姫だろう。知らない人間の出入りが増え、門番組は忙しくなる。


 たまに祐一郎のことを考える。秋の終わりに彼の母も含めて一周忌をしなければならない。積極的に弔う者がいないので、亮之介は自分が喪主となり法事を執り行うつもりである。断絶した尾神家は不名誉の家、と家中からは評されているが曲げるつもりはない。もう少ししたら寺と話そう。村人たちが来てくれることだろう。


 梅雨の終わる頃、新しい御側室輿入れの儀が粛々と執り行われた。

 江戸より遠路遥々の道中では大雨に降られたり難儀があったという。そのせいか十数人の付き人はどことなく精気が無い。妙に形式ばった所作だが、そのくせちくはぐなのは気負いが過ぎるようだ。

 出迎えも一つの儀式であり、亮之介は古参に形式を仕込まれている。脇に控えて片膝着いて視線を落とし、御側室の飾り輿が通り過ぎるのを待つ。それからそおっと視線を上げた。出迎えの行列の中に、初めて御千代の方様を見つけた。

 その目鼻立ちには見覚えがある。

 すらりと伸びた背筋と落ち着いた物腰には気品がある。かつてあった祐一郎にも似た素朴で朗らかなものは、もうどこを探しても見出だせなかった。


 飾り輿からゆっくりと降りた、新しい御側室が顔を上げた時、出迎える者たちから声にならない感嘆が漏れる。結い上げられた黒髪の光沢が素晴らしく滑らかだ。朴念仁と言われる亮之介から見ても驚くほどに美しい。まだ15、6の筈だが気品がある。涼しさと柔らかさがある。人懐っこさとあどけなさがある。

 その視線が一瞬、出迎えの者たちを見渡して微笑を含む。それだけで軽いざわめきが起こる。舞踊の嗜みでもあるのか、この姫はひとつひとつの所作に美しさを作り込んでいく。

 御側室一行は城内へ進み、輿入れの儀と宴は翌日の夜まで続いた。よく晴れて綺麗な十六夜の月が興を添え、藩主は大層喜ばれたという。十六夜の方様と呼ばれることになり当面の寵愛を受ける。


 その後、亮之介は十六夜の方様に一度だけ関わりがあった。

 ただ廊下で行き合っただけだが、方様は足を停め、脇に控える亮之介を見て「ご苦労様です」と声をかけてくれた。亮之介が思わず見上げると、方様はしばらく亮之介を眺めてニコリと笑った。本当に美しい御方である。






 初夏、一人の侍女の失踪が明らかとなった。

 

 相部屋の娘が朝になったらいなくなっていた、と届け出された。財布などの私物も持ち出されていた。

 ちょっとした騒ぎになり、亮之介も駆り出されて城内を探したが手掛かり一つ無かった。真面目かつ利発で上役の覚えも良い娘であったが、本当に突然消えた。実家に戻ったわけでもない。ただし最近は楽しそうに手紙の遣り取りをするのが目撃されており、相手はわからないが駆け落ちしたのだろうと結論付けられた。若い娘には時折ある話だ。

 「礼というものを弁えた良い娘だと、目をかけていたのに残念です。全く、はしたない」侍女頭が苛立ちを溢すのを亮之介は聞いた。

 他に城内に異常は無い。街道筋に似顔付き手配書が送られ話は終わったかに思われた。


 しかし五日後の朝、また一人侍女が消えた。

 その三日後の朝にもまた一人。

 何か悪いことが起きている。城内に緊張と動揺が満ちる。

 何れも城外に出る姿は目撃されていない。徹底的に捜索され、ついに娘たちが発見された。それは城内、とある蔵の中、天井近くまで積み上げられた木箱や行李の上。最初に見付けた下男は驚いて龕灯ごと転がり落ち、危うく火事になりかけた。

 それはあまりに無惨な有り様だった。娘たちは三人ともそこにいた。骨が見えるほど喉を切り裂かれ、表情は恐怖と苦痛に歪んでいた。そしてこれほど大きな傷痕なのに周囲にはほとんど血痕が無い。

 何が起こっているのか。

 化け物の仕業か。周辺を探すと伝え聞く虎のように大きな爪痕が幾つか見付かった。

 

 報告を聞いた藩主は臆せず言った。

 「物の怪ごときに城を荒らされるのは武士の名折れ。なんとしても退治せよ。憐れな侍女どもの仇をとらぬわけには断じていかぬ」

 城内は日夜篝火が焚かれ、武の心得がある者たちにより警護と巡回が始まった。亮之介は巡回の組に入れられた。道場から師匠と伊藤も呼ばれてきた。亮之介は師匠に相談してみた。

 「まったく面妖なことだ」

 「なんだと思いますか」

 「そりゃお前、バケモンに決まっとるだろ。詳しくは判らんがよ」

 「まあ、そんなところだと思いますが」

 「しかし立て続けに3人か。こいつ、人の血の味を憶えやがったな、やべえぞ」

 亮之介と伊藤は、緊張を滲ませ頷いた。

 「必ず次がある。まあ、そんな緊張するんじゃねえよ。武士道とは死ぬことだ、って言うだろ」

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