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第八話 少女霊

「……ッ!」

 私は朱音さんと玄君のやり取りの意味がわかった。


 朱音さんが結界を張ったのは旧校舎であり、新校舎には張っていなかったと言うことだった。


 思い起こせば私はもっと早くに気付くべきだったんだ。朱音さんは私にこう言ったのだ。墓地跡と重なる校舎の端にあるのは……一年八組と二年八組、三年八組だと。四階建てなんだ、もう一部屋あると言うのに、私は聞き流してしまっていた。


「私は今から校舎に入るわ。青歌ちゃんのクラスに向かうから、玄は私の指示があれば、いつでも結界が張れるように準備しておいて。校舎だけじゃなく、敷地内全てを覆い隠せるような大きいのをお願い」

 玄君に指示を出しながら、朱音さんは助手席から刀の納められた木箱を取り出す。


 玄君は無言で頷くと、革のバックを朱音さんに手渡す。表情は変わらないが、渡すスピードが今までよりも早かったように思えた。


「さてと」

 と、呟くと車から降り、校舎に鋭い視線を送る。

「これは私にでもわかるわ。何かいるって」


 私も車から降りもう一度校舎を見る。朱音さんが何かいると言ったからか、普段見慣れた校舎のはずなのに、どこか不気味に見えた。


「パソコンは持ってきてるわよね」


「あるよ」

 答えると、足元からノートパソコンを持ち運びするようの薄いバックを取り出す。


「新しい校舎が墓地跡に重なっているかと、その墓地名、何か祀られていなかったか……特に動物霊が祀られていたかどうかを調べておいて」


 コクりと頷くとバックからノートパソコンを取り出す。


 玄君に指示を出すが、先程と違い、私には何か手伝うようにとは言って来なかった。


「あの」

 と、朱音さんを呼ぶ。

「私にも何かお手伝いできることはありませんか?」


「……じゃあ一つだけお願いしてもいい?」

 どこか迷った顔をしながら、朱音さんは私に頼んだ。

「校長室まで案内してもらいたいんだ」


「校長室ですか?」

 中に入った事はないが、場所ならわかる。


「お偉い先生と、ちょっと大人のお金の話をしないとね」


「お金? 私が払う二万円とは別にですか?」


 朱音さんはうーんと戸惑った顔をする。

「青歌ちゃんの友達の除霊はサービスみたいなものなのよ。本当だったら悪霊の除霊は十万円はするもん。友達の為に一人で来た事と、もしかしたら私の結界が緩んでいた可能性も踏まえて、格安にしていたの」

 他の霊能力者の事務所より格安だった理由はそれだったのか。

「そして、結界が緩んだでも綻んでも破れた訳でもないとわかった以上、ここからは相場価格を学校から頂くわ」


 相場価格がどれくらいなんだろうか聞いてみる。「いくらくらいするんですか?」


「結界と除霊代金で百万はするわね」


「百万!」

 私のお小遣いの百ヶ月分の金額に思わず声が上がる。


「費用も凄く掛かるしね」


 あまりの高さに私が驚いていると、玄君が朱音さんを呼んだ。

「急いだ方がいいよ」

 玄君は空を見上げながら言った。空は晴れ渡り、強い日差しで私達を焼き付くそうとして来ている。

「嫌な空だ」


「そうね。急ぎましょうか」

 バックをお願いと私に手渡すと、朱音さんは木箱をぎゅっと握り締めた。

「行きましょうか」


 緊張が伝わり、掌がじんわり汗で湿ってくる。ごくりと唾を飲み込み、私は歩き出す朱音さんの背を追った。


 開け放たれた校門を潜る。

 すると私達を出迎えるかのように晴れ渡る空からぱらぱらと小雨が降る。


「狐ね……」

 と、空を見上げる。


「狐の嫁入りですね」

 私も雨で服を濡らしながら、答える。


「あっ、下駄箱はこっちです」

 来客者用玄関もあるが、土日なので開いてないと思い、私は生徒用の下駄箱に案内する。戸は閉まっているが、鍵はかかっていないようで、すんなり開いた。

「開いてなかったらどうしようかと思いましたが、開いていて良かったです」


 校内に入ると、朱音さんが続いた。


「開いていたのか、誘われたのか……」

 誘われたとはどういう事か聞こうと振り替えると、戸が独りでに閉まった。

「答えは後者のようね。校舎だけに」

 苦笑ぎみに笑うと、戸を開けようとするが、ピクリとも動かなかった。


 私は戸に駆け寄り、力一杯引っ張るが、まるで地面を押しているかのようで、開く気配など微塵もなかった。勿論鍵など掛かっていないのに。


「青歌ちゃんを連れてきたのは失敗だったかな。ごめんね」


「これって悪霊の仕業なんですか?」


「悪霊の仕業で間違いないわね」

 朱音さんが言い切ると校内の温度が一気に下がり、手足に鳥肌が立った。寒い。息が白くなりそうなほどの寒さに、私の体はブルッと震えた。


 「戸はもう……開かないんですか?」


 私とは違い寒さを感じていないのか、平然とした感じで辺りを見回す。

「大丈夫よ。大元の妖を退治すれば外に出られるようになるから。最悪は玄に扉を壊してもらえばいいしね」


「玄君に壊せるんですか?」

 あの小さな少年にそんな力があるとは思えず私は不安になった。


「玄はああ見えて、由緒正しき呪術師の家計に生まれた子なのよ。符術や結界術に関しては私よりずっと優秀よ」


 車のなかで玄君が術を家で習ったと言っていた事を思い出す。


「この業界では玄は『孤独の少年』って通り名がつくほどなのよ」

 孤独の少年と聞き、確かに無愛想で友達はいなさそうだなと私は思った。


「さてと」

 と、朱音さんは呟く。今日一日で何度も聞いた言葉なので、もしかしたら口癖なのかもしれないな。

「戸が開かないんじゃ戻ることは出来ないね。進もうか」


「校長室に向かって良いですか?」

 行き先の確認をする。


「お願いね」

 私達は校長室に向かった。下駄箱で上履きに履き替えようとしたが、一昨日履いて帰った事を思いだす。私と朱音さんの二人分のスリッパでも借りようと思ったが、走りにくく、緊急事態でもあると言うことで、私達は土足のまま校内を歩いた。


 途中途中で朱音さんは窓が開くかどうか確認していたが、一ヶ所たりとも開かなかった。


 校舎の一番置くまで進むと、私達は階段を上った。


 私はいつ悪霊が出てくるのかとビクビクしながら階段を昇る。目指す先は二階だ。校内は世界には私達以外には人っ子一人いないんじゃないかと思えるほど静まり返り、朱音さんのヒールが階段を踏む音だけが響いていた。


 踊り場に辿りくと朱音さんが足を止めた。私も合わせて止まる。


 どうしたのか聞こうと口を開く。


「どうーー」

「どこ行くの?」

 私の言葉に小さな声が重なった。


「……ッ!」

 突然の後ろからの声に私の心臓が跳ね上がる。


 慌てて振り返る。半歩歩けば私にぶつかるほど近くに、着物を着た十歳前後くらいのおかっぱ頭の小さな女の子が、手鞠を持ち持ち立っていた。


「ひぃぃぃ」

 声をあげ私は朱音さんの後ろに隠れる。

 一目で分かった。この子が生きた人じゃないことが。


 着物を着ているとか、高校に子供がいるとかそう言うことではなく、おかっぱ頭の女の子の体の輪郭が靄ががったようにボヤけていたからだ。


「あっ……悪霊……」

 歯を鳴らしながら、朱音さんの肩の後ろから女の子を見る。


「大丈夫よ」

 と、朱音さんは小声で私に言うと、女の子と目線を合わせるようにしゃがみこむ。

「お名前は?」


 女の子はじっと朱音さんを見る。

「千代」


「千代ちゃんか。可愛いお名前ね」


 平然と話をする朱音さんの服をくいくいと引っ張る。

「除霊しないんですか?」

 女の子に聞こえないように小さな声で話しかける。


「必要ないわ」

 私に答える。

「千代ちゃんはどうしてここにいるの?」


 女の子は手鞠をじっと見つめる。

「かかが来るの待ってるの」


 かか……お母さんを待っていると女の子は言うと、手鞠を大事そうに抱き締めた。

「でも、ずっと待ってもかかが来ないの」

 悲しげに顔を俯かせる。


「きっとかかは来てくれるよ」

 朱音さんはぽんと頭に手を乗せた。


 すると女の子……千代ちゃんは目を潤ませる。

「本当に?」


「うん。本当だよ」

 朱音さんが微笑むと千代ちゃんは嬉しそうに笑った。


 朱音さんが除霊は必要ないと言った意味が少し分かった気がする。

 この子からは真美に取り憑いていた悪霊とは違い身震いするような嫌な感じはしなかった。霊であることは間違いけれど、何処にでもいる普通の少女のようだった。


 悪い霊じゃないんだ。


「千代ちゃん以外にもここには人がいっぱいいるの?」


 千代ちゃんはぶんぶんと首を振る。

「前はいたけど、今はいないよ」

 そう言うと、千代ちゃんは手鞠をぎゅっと抱き締め悲しそうな顔をした。

「みんな食べられちゃった」


 食べられた? 疑問に思い千代ちゃんにどういう事か聞こうとすると、朱音さんがスッと立ち上がった。


「朱音さ……」

 呼び掛けを止める。朱音さんの顔が険しいものへと変わっているように見えたからだ。


「お姉ちゃん達行くけど、千代ちゃんはかかが来るまで隠れて待ってるんだよ」

 千代ちゃんに話しかける朱音さんの顔は笑みを浮かべているように見えた。さっきのは気のせいだったんだろうか。


「お姉ちゃん達行っちゃうの? 食べられちゃうよ」 

 心配そうに目を潤ませる。


「大丈夫。お姉ちゃんは強いからね」

 頭をぽんと叩く。


「うん……」

 千代ちゃんは返事をすると、階段を降りていく。草履をはいた足からは足音が一切せず、改めて千代ちゃんが霊であることを実感した。


「さてと」

 と、また呟くと険しさが現れた顔をする。さっきのは見間違いではなかったようだ。

「校長室に向かいましょう」


「はい」

 朱音さんの迫力に私は険しい顔をした理由も聞けずに階段を昇る。

 昇りきり、廊下を右に曲がり最初の教室が校長室だ。私は隣に立つ朱音さんにここですと伝える。


 しかし朱音さんは校長室には入ろうとせずに、立ち止まり、教室の戸の上に取り付けられたプラスチックせいの札を凝視していた。


「どうしましたか……えっ」

 私も札を見上げると思わず声をあげてしまった。


 私は校長室を目指していたはずだった。

 入学して二年経ち、入ったことはなくても、場所は知っているので間違えるはずはなかった。


 校長室はどこですかと聞かれれば即答することが出来る。


 旧校舎の一階、玄関から入って右から二つ目の、職員室の隣にある部屋ですと。


 なのに私は新校舎の二階に来ていた。奥の階段を登ってすぐの教室……二年八組の教室に。


 一昨日にこっくりさんを行った教室が、私を引き寄せた。

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