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第七話 結界

 私達は真美の部屋を出ると玄関に向かった。朱音さんは途中でおばさんの元に寄り、耳元で、もう大丈夫ですよと囁いた。


 外に出ると夏の日はまだ高く、じりつくような暑さが肌を焼いた。


「うーん。空気が美味しい」

 朱音さんは日差しを気にすることなく、また背伸びをすると、夏の日差しに負けぬほどの暖かい笑みを浮かべた。


「本当ですね」

 私もつられて背伸びをすると脛にズキンと痛みが走った。

「痛っ」


「ごめんね。怪我させちゃったね。車の中で処置しようか」

 この怪我は朱音さんの言うことを聞かなかった為についた自業自得のものではあったが、私は言葉に甘えることにした。


 靴底にアスファルトの熱を感じながら、塀伝いに歩くと黄色のスポーツカーが目に留まった。後部座席には空を仰いで座る玄君が乗っていた。


「お待たせ」

 と、朱音さんが声をかける。


「……遅かったね」

 空を見上げたまま答えたる。


 朱音さんは玄君にバックを投げ渡すと、ダッシュボードを漁り、紫色の紐を取り出す。

「思ったよりも厄介な相手だったのよ」

 取り出した紐を木箱に巻き付ける。


「札だけじゃ難しい相手だったの?」

 木箱に紐を巻き付けていることから、刀を使ったことに気付いたようだった。


「予想外の事が起こったのよ」

 木箱を助手席に立て掛けるとシートベルトで動かないように固定した。

 朱音さんは予想外の事と言ったが、きっと私がお札を剥がした事だろう。


「あの……私が朱音さんの邪魔をしちゃったので……その……」

 朱音さんを庇おうと私が口を開くと、玄君の暗い瞳が私を向いた。


「怪我したんだね」

 玄君はバックの中を漁る。

「手当てするから来て」

 手招きをして来た。


「青歌ちゃん今度は後ろに乗ってね。ちょっと急ぐ必要があるから、移動しながら手当てしようか」

 朱音さんは運転席に乗り込みサングラスをかけると、キーを回した。


「急ぐんですか?」

 聞くと朱音さんはこくんと頷いた。私は指示に従い後部座席に乗り込む。


「ちょっと嫌な予感がするのよ」

 そう言うと朱音さんはアクセルを踏み込んだ。タイヤがアスファルトと擦れ甲高い音が夏の青空に響き渡る。


 玄君は消毒液と脱脂綿を手に空を見上げた。

「嫌な空だね」

 私には青空に見えるがこの少年の暗い瞳にはどんな風に見えているのだろうか。


 走り出して二分後に車が事務所に戻る道からそれ走っている事に私は気づいた。

「あのっ、道が…………」

 恐る恐る話しかける。


「今は黙って」

 焦りを含んだ声に私は黙りこくる。


 来るとき同様速度は遅く、クラクションを鳴らされ続けながら、車は事務所から遠ざかっていく。


 私が黙っている間に治療は終わった。脱脂綿に浸した消毒液ぬり、塗り薬のようなものを塗られた。応急処置と言った感じの治療ではあるが、足の痛みが嘘のように引いていった。

「ありがとうね」


 お礼を言うと、玄君はいいえと無愛想な返事を返した。


「でもこの薬凄いね。痛みが嘘みたいに引いていくよ」

 朱音さんは話をできる状態ではないので、無言の空気を回避したく、私は玄君に話し掛けた。

「どこで売っているの?」


「薬は自分で作ったやつだよ」

 薬を片しながら答えてくる。


「凄いね。そう言えばお札や匂袋も玄君が作ったんだよね?」


「うん」


「…………」

 返事の後の言葉を待ったが発する様子がないので私はまた口を開いた。

「こういうのってやっぱり修行して作れるようになるの?」


「そうだよ」


「玄君は朱音さんに弟子入りして教えてもらったとかなの?」

 間を繋ぐために私は質問を続けた。


「朱音には教わってないよ。家で習ったんだ」

 無愛想な答えをしながらも、玄君は少し戸惑ったかのように目線を反らした。


 少し会話が続いたなと思うと、キキーッと車が停止した。速度は出ていないが、急停止したため体が慣性の法則に従い、前の座席に顔からぶつかる。


「いてて」

 ぶつけた鼻をさすると、くるりと朱音さんが振り返った。何事かと前を向くと赤信号が目にとまった。


「この先のT字路は左でよかったんだよね?」


 道を聞かれ、私はキョロキョロと見回す。

「えっと……」

 事務所までは右でも左でもなくUターンするべきだった。

「事務所に向かっているんですよね?」


「左だよ」

 私が場所を聞き返すと、玄君が答えた。


「ありがとね」

 私が向かう先は事務所じゃないのかと思っていると、信号が青になり、車は発進した。T字路を左折すると見慣れた景色が現れた。


「あれっ……この道って……」

 私は再度キョロキョロと見回す。

「今向かってる先って、学校?」

 私は朱音さんではなく、隣に座る玄君に聞いた。


「うん」


 やっぱり。けれど、どうしてだ。

「どうして学校なの?」


「結界が緩んでるかもしれないから、もう一度結び直しにいくんだよ」

 淡々と答えてくれたが、私の中の疑問はどんどん膨らんでいった。


「緩んでるってどういう事なの?」


「青歌の学校で霊現象が起こるはずないんだ」

 青歌と言う生まれて初めての男の子からの呼び捨てにドキッとしつつも、頭は疑問を膨らませ続けた。

 起こるはずないと言われても、実際にこっくりさんをやって、真美が取り憑かれたのだ。


「現に霊現象は起こったよ」


「それがおかしいんだよ。あの学校は以前朱音が除霊をして、もう同じ事が起きないように結界を張ったんだから」


 その言葉で私の中の疑問が少しだけ解決された。

 事務所で玄君は山百合高校は以前調べていたと言っていた。


 心霊現象を生業とする朱音さん達が調べていたと言うならば、過去に依頼があったと言うことだ。


「朱音は符も陣も結界術も下手だけど、ちゃんと作動していればあんな低級霊が抜け出せるはずないんだ。けど、青歌の友達は取り憑かれていた。結界に綻びがあって緩んだとしか考えられない」

 感情なく語るので、私にはそれがどれだけの問題なのかは分からないが、斜め後ろから見える朱音さんの横顔は少し焦っているように見えた。


 法定速度よりは遅いが、行きよりは十キロは早い速度で疾走すると、遠くに私の通う山百合高校が見えてくる。


 車は校門前で急停止する。


 平日なら下校ラッシュが起きる時間ではあるが、日曜の学校は水を打ったように静まりかえっていた。他校ならば部活動に汗を流す生徒もいるだろうが、女子が大半の進学校であるうちにはそんな姿もなかった。


 部活よりも勉強。それが私達に息苦しさを与えているのだ。


 私がそんな思いでまたぶつけた鼻をさすりながら校舎を眺めていると、朱音さんがサングラスを外し苦々しく笑った。


「青歌ちゃん、確認なんだけどこの校舎は何階建てに見える?」


 聞かれて私は即答した。毎日通っている学校だ。数えるまでもなかった。

「四階建てですが……」


「玄。さっきは後ろで下手だのなんだの言ってくれたけれど、私の結界が緩んだでも綻んだのでも破られたわけでもないようよ」


 玄君も校舎を見つめる。

「みたいだね」


 二人の会話の意味が分からない。どこからどう見ても四階建ての校舎だ。それが結界にどう関係すると言うのだ。


「青歌ちゃん、もう一つ確認したいんだけど、この校舎の裏には何があるのかな?」



 私はまた即答した。

「旧校舎ですが」

 図書室もあり、週に三度は渡り廊下を通り利用している。男女共学に伴い新しい校舎が建設された。


「裏にあるのが……三階建ての旧校舎ね」


「あれっ、三階建てってよくわかりましたね」


「知っているわよ。だって……旧校舎に結界を貼ったのは私よ」

 朱音さんは苦笑ぎみに笑った。

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