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第六話 除霊

 ベッドに倒れる真美の顔を朱音さんは覗き込むと、笑みを浮かべる。

「うん、もう大丈夫」

 私に向かい手招きする。


 涙で視界がかすみ、足元の本につまずきながらも、私は真美の元まで行く。

「真美……ごめんね。ごめんね」


 床に膝を着き私は真美に謝った。良かったよりも、頑張ったねよりも、ごめんねを繰り返し続けた。

 そんな私を気遣ったのか、朱音さんが離れていく足音が耳に届く。


 ボロボロの布団を握り締め、何度めかもわからないごめんねを口にすると、真美がうぅんと声をあげた。


「真美?」

 呼び掛けると、真美の目がうっすらと開いた。


「……青歌?」

 喉がかれてるのか、少し掠れているが間違いなく真美の声だった


「真美……ごめんね」

 涙を流しながら声を出すと、私の声も少し掠れた。


 泣きじゃくる私に真美は戸惑った顔をし、身を起こそうとした。

「痛っ!」

 体が痛むのか、顔をしかめ、わずかに上がった体がベッドに落ち、柔らかなマットがその衝撃を吸収する。


「無理はしない方がいいわ」

 木箱と革のバックを手に朱音さんが戻ってくる。


「あなたは……」

 眼だけを動かし、朱音さんの姿をとらえる。


「小鳥朱音。小鳥心霊現象相談所と言うところの所長をしているものよ」

 暖かい笑みを送る。


「小鳥?」

 記憶を辿っているのか、思い出そうと朱音さんの顔を見つめるが、分からないといった顔をする。


「覚えてないの? 真美、朱音さんに助けて貰ったんだよ」


「ごめんなさい。何だか会ったことがあるような気がするんだけど……頭に靄がかかったみたいで、思い出せないの」


「悪霊に取り憑かれ真美を助けてくれたんだよ」


「悪霊?」

 それすら覚えてないようで、真美は不思議そうな顔をした。


「取り憑かれている間の事は忘れる人が多いから仕方ないのよ」

 私に向かい言うと、真美に顔を戻し優しく頭を撫でる。

「でも、私は覚えていなくて良いと思っているの。辛い記憶も過去もない方が幸せなのよ」


「私……こっくりさんして……取り憑かれたんですね」

 天井を見つめながら瞳に悲しさを宿した。


「こっくりさんをしてどうなったかは……覚えてる?」

 覚えていないで欲しいという気持ちが、水中の岩場から上がる酸素の気泡のように、フワッと私の心の中で浮かび上がる。

 覚えていれば……きっと真美は私を許さないであろう事が分かっていたからだ。


「最後までかは分からないけど……覚えているよ」

 ぎゅっとシーツを握り込む。


 私はその手が視界に入り、すっと顔を真美から背ける。シーツを握ったのが一昨日の恐怖を思い出したからさ、私への怒りのためになのか、真美の顔から知ってしまう事が怖かった。


「コインが動いて……ドンって音とキューンって鳴き声が聞こえて、私と青歌が逃げたんだよね」


 私も一昨日の出来事を頭の中で再生した。ポルターガイストと破裂音がして私と真美は教室から飛び出そうと机をかき分け逃げた。私が戸まで走ると、遠くから遠吠えのような声が聞こえ、真美が驚いて机につまずき転んだ。


「ぼんやりとだけど覚えてるよ。私、机につまずいて転んだんだよね」

 

 真美は覚えていた。私は真美の転ぶ音で振り向いたけど、直ぐに向き直りその場から走り去った。冷蔵庫に入ったような寒さと、本能的な恐怖を覚え、私は転んだ真美に手を指し伸ばすことなく……逃げ出したんだ。

「青歌」

 と、私に助けを求めるように真美の声が聞こえても脚を止めることなく学校から逃げ帰った。


 今でも耳には真美の私を呼ぶ声が鮮明に残っていた。


「ごめんね。私真美を置いて逃げちゃった。怖くて怖くてどうしようもなくて……」

 顔を覆い泣き崩れると、私の頭に手が置かれた。


「後悔していたのね」

 置かれたのは少し冷たい朱音さんの手だった。


「今回私に真美ちゃんの除霊を依頼してきたのは、青歌ちゃんだったのよ」


「青歌が?」

 聞き返す声には少しだけ驚きの色があった。


「真美ちゃんが大切な友達だったのね。一人で私のところまで来て、危ないからって言っても、除霊し終える所を見届けるためにこの部屋にまで入ってきたの」

 真美に話し掛けながらも、朱音さんの手は私の頭を優しく撫でた。

「いい友達を持ったわね」


「はい」

 真美の声には嬉しそうな響きがあった。


 私は真美を置いて逃げたのに……自分の身が大切で走り去ったのに……伸ばした手を取らなかったのに……友達と言った朱音さんの言葉にハイと言ってくれた。


「ま……み……」

 蛇口を捻ったように溢れる涙の量が増え、喋ろうにも嗚咽が邪魔をし、言葉を紡ぐ事が出来ない。

 涙が頬を伝い唇の端に触れる。涙がしょっぱい事と暖かいことを私は再認識した。


「こっくりさんやろうなんて言って……ごめんね。青歌にも加奈子にも怖い想いさせちゃったね」

 真美の声は震えていた。私と同じで泣いているようだ。


「こっくりさんは降霊術の一種なんだから、遊び半分でやっちゃダメよ」

 親のように、私たちの悪戯を優しくたしなめる。


「……もう二度としません」

 と、真美。


 真美の言葉に続けるように私も答える。

「私もやりません」


「うん。いい答え」

 満足げに答えると朱音さんは私の頭から手を離した。

「それじゃあ私達は行こうか。真美ちゃんはお母さん来るまで寝て待っているのよ」


「はい……」

 返事をすると、少し間を置いてから私に言った。「青歌ありがとうね」


「私こそありがとう」

 私を許してくれて、私を友達と言ってくれて、そして何よりも助かってくれて。袖で涙をぬぐい私は笑って言った。


「若いっていいな」

 ぼそりと呟くと、朱音さんはバックから小さな巾着ーー匂袋を取り出し真美の枕元に置いた。

「これは私からのプレゼントよ。この匂袋にはリラックスと魔除けの効果があるから、持ち歩くと良いわ」


「あれってーー」

 朱音さんは顔を向けると、しーっと唇の前で人差し指を立てる。


「ありがとうございます。わあ、凄い優しい匂いが……しま…………」

 言葉が止まると、真美はスースーと寝息をたて始めた。


 朱音さんは枕元に置かれた匂袋を取ると、別な匂袋を取り出し、枕元に置く。

「これで真美ちゃんはひと安心かな」

 起こさないようにか、声を潜めて一人ごちる。


「おばさんにやったのと同じやつですか?」

 先に渡した匂袋を見つめながら、私も小声で聞く。


「ちょっと違うかな。これは柊とカモミールとごく少量のチョウセンアサガオから作ったもので、新たに渡したのは柊とカモミールとハーブで作った魔除けの粉が入っているわ」

 植物の効能に詳しくない私でもカモミールくらいは知っていた。リラックス効果のある花だ。


「少し寝て、しっかり忘れるのがこの子にとって一番ね」


 忘れるに引っ掛かり、私は聞いた。

「忘れるって?」


「悪霊に取り憑かれたと言うこと事を忘れるってことよ。私達が来たこともきっと夢だと思ってくれるはずよ」

 真美に微笑みを送る。

「悪霊に取り憑かれたなんて過去は未来ある子には辛すぎるもの」


 悪霊に取り憑かれた過去などない私には、それがどれだけ辛いことなのかを理解することは出来なかった。けれど、何度も何度も悪霊に取り憑かれて来た人を見てきての発言だろうと思い、私はただハイとだけ答えた。


「さてと」

 と、一度背伸びをする。

「行こっか」


 その一言で私は全てが終わったことを実感した。

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