第四話 拘束
階段を登り終えると、真美の部屋が目に飛び込んできた。
「……ッ!」
二階は二部屋あり、東側の部屋が真美の部屋だ。高校に進学してから仲が良くなり、何度も遊びに来た部屋だと言うのに、ここが本当に真美の部屋ーー人が住む部屋だとは思えなかった。
「昔は狐憑きの子は倉に閉じ込められていたけど、今の時代だと倉がないから、倉庫もない家はこうする他ないのよね」
壊れた壁など何て事なかった。いや、破壊跡など怖くもなんともないんだ。悪霊に乗り移られた真美が行った行為であり、悲しい傷跡なんだから。
私の目の前に現れた光景は怖さ以上に、吐き気を覚えるほど気持ち悪い光景だった。
ドアには中からは決して開かないように、何十もの木板をこれでもかと言うほど釘で打ち付けられていた。
中にいてもらっています?
違う。正しくは中に閉じ込めていますじゃないか。
ここまで出られないようにする必要があるんだ。
怖くて気持ち悪かった。実の娘を閉じ込めているおばさんとおじさんの心の内が現れているこの封じられた扉が。
「うっ」
思わず口を押さえ私は呻いた。
「大丈夫?」
背中をさすり、優しい声をかけてくる。
「ここまで……ここまでやる必要があるんですか」
床を叩き叫ぶように声を出す。目からは涙が零れ落ちていた。
「長く生きると分かるわ。悪霊よりも生きた人間の方がよっぽど恐ろしいってね」
手を離すと、朱音さんはバックの中からお札を四枚取り出し、ドアの外側に上下左右に挟み込むように四枚張り付ける。
「今からこの扉を開けるけれど、青歌ちゃんは玄の所に戻った方が良いわ」
「ここまで来たんです……真美が救われる所まで見届けます」
朱音さんは悲しげな顔を向ける。
「間違いなくショックを受けるわよ」
「……それでも見届ける……義務が私にはあります」
「……」
覚悟を宿した瞳に気づいたのか朱音さんは認めてくれた。
「一つだけ約束してちょうだい。除霊が終えたと私が言うまでは何があっても真美ちゃんには近づかないで」
「分かりました」
ハッキリと返事をする。私は深呼吸をし気持ちを落ち着かせる。
「さてと。今助けてあげるわ」
手を扉に当てると、目を閉じ精神を集中させた。
「朽ちろ」
小さな声で唱えると、扉から一歩下がった。
「危ないから離れていてね」
私は朱音さんから距離を取る。朽ちろとはどういう事だろうと思い朱音さんを眺めていると、その場で反転し扉の中心に脚を叩きつけた。
廻し蹴りだ。脚が重ねられた木板ごと、木製の扉を突き破った。
まるで扉が発泡スチロールで出来ているかのようだった。
「凄い……ッ!」
朱音さんの力に驚くと同時に鼻孔が嫌な臭いを嗅ぎ取った。この臭いは……。
朱音さんが扉から足を引き抜くと、四方に貼られた札がボロボロと崩れ落ちた。
穴が開いた扉は脆く、これで終わりとばかりに繰り出した踵落としで、小さな穴が人が通れそうな程大きな穴へと変わった。
離れた私の元に扉の破片が転がってくる。手で掴んでみると、枯れ枝のように、少しの力で砕けた。
「……やっぱり」
穴の中を朱音さんが覗き混むと、ポツリと呟いた。
「覚悟があるなら青歌ちゃんも中に入っておいで。安全は保証するわ」
朱音さんはそう言うと中に入っていく。
「行きます」
安全なら行かない理由はない。私は穴から中を覗き込む。
「……ッ!」
中は私が入っても安全そうだった。悪霊に取り憑かれた真美に襲われる心配は無さそうだった。
「うっ……」
込み上げてきた胃液を必死で押さえ込む。
私の目が鼻が心が、この現状に耐えられないと警鐘を鳴らし続けた。
「真美……」
悲しくて無意識に涙が零れた。
「無理しなくていいのよ」
扉の中の真美の傍らに朱音さんは立つと私に言ってくる。
「だい……じょうぶ……です」
喉まで競り上がっている吐瀉物を必死に胃まで押し戻しながら答え、私は部屋の中に入った。
何度も入ったことのある真美の部屋。
ベッドの上に座りぬいぐるみを抱く真美と勉強の話や好きな芸能人の話、それに恋の話を沢山した部屋。
頭もよく真面目な真美の部屋はいつ来ても整理整頓されていて、ふんわりと甘い洗剤の香りが漂っていた。しかしその部屋は、今では見る影もなかった。
ベッドにかけられた布団は千切られ、柔らかそうな羽毛が部屋中に散乱している。絨毯の至るところには引っ掻いた爪痕が残されている。机の引き出しははずされ床に中身であっただろう破られたノートと一緒に転がっている。
いつも真美が抱いていたぬいぐるみは四肢をもがれ綿が飛び出した状態で投げ捨てられている。
目を覆いたくなる惨状ではあるが、部屋の真ん中に転がるものはそれすら可愛く見えるほどおぞましい状態だった。
転がっているものは倒れた学習机の椅子だった。ただその椅子には、胴と両手両足を紐でぐるぐる巻きに拘束された真美が座らされていた。口には猿ぐつわの替わりなのか、タオルがきつく巻かれていた。
どれくらい拘束されていたのかは分からないが、短い時間では決してないことが、鼻をつくアンモニアの臭いが教えてくれた。
「うっ」
また吐き気が襲いかかってくる。抱えていた木箱を落としながらも、両手で口を押さえ必死に耐える。
「なんで……なんでこんな酷いことか出来るの!」
叫び声が部屋に悲しく響き渡る。
「この子がよっぽど怖かったのか……親がよっぽど恐ろしい人なのか。私にはどちらが正解かは分からないわ。ただ……除霊をしてこの子を解き放つことはできる」
真美はうまく声が出せないようでうーうー呻きながら、私達を見つめ、椅子に拘束された体を揺らした。
瞳は今まで見たことないほど険しく、野蛮さを感じさせられた。