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第三話 魔除け

 人生でこんなにも車を降りたい気持ちになったのは初めてだった。確かに真美の家まで道案内すると私は言ったが、地図を書くか、大まかな住所を教えれば良かったと後悔していた。


 友人が狐ーー朱音さんいわく悪霊ーーに取り憑かれていると知り、悪霊に会ってしまう事に恐怖を感じてもいた。感じてはいるが、こっくりさんに参加した私にも責任があるし、怖くても友人として放っては置けなかった。


 私が降りたい気持ちでいっぱいになっているのは別な理由からだった。


 理由は単純にこの車に乗っていたくなかったからに他ならない。信号で止まる度に、何度降ろして下さいと頼もうとしたことか。

 

 私は朱音さんの運転で、朱音さんの愛車に揺られながら真美の家を目指していた。私は車に詳しくないので車種までは分からないが、朱音さんの愛車は右ハンドルの黄色のオープンカーだ。私は助手席に乗せられ、後部座席には玄君が乗っている。

 朱音さんはフレームの大きなサングラスをかけ、長い黒髪を風になびかせていた。


 擬音で言うならふわっと、と言う感じだろう。黄色のオープンカーは法定速度を下回るスピードでノロノロと走っていた。約二十分の運転中にクラクションを鳴らされた回数は二桁は越えていただろう。


 ただでさえ目立つフォルムの車だと言うのに、速度とクラクションも相まってか、通行人の注目の的だった。もう少し速度出しませんかと話しかけようともしたが、運転中だから話しかけないでと一度釘を刺されてからは、私は無言でうつむきながら、生暖かい風を浴び続けた。


 右左折を二度間違え、十分でくだろう真美の家に二十分かけ到着すると、私はどっと疲れが押し寄せ、ぐったりと俯いた。


 そんな私の気など知らずに、朱音さんはサングラスを外すと助手席の私に緊張してきたのかなと優しい言葉をかけた。

「一昨日怖い思いをしたばかりだから、もしどうしてもダメそうな時はここで待っててもいいのよ」


「大丈夫です」

 ここで待つくらいなら、悪霊がいるかも知れなくても、中に入った方がずっとましだ。その思いで即答する。


「そう」

 私に答えると、朱音さんは険しい顔で真美の家を見つめた。真美の家は二階建てで、真っ白な壁が築年数の新しさを語っている。

「玄。どう思う?」


 家から目を離さずに玄君に聞く。その真剣さから、私の緩んだ気がぎゅっと引き締められる。


「何かまでは分からないけど……間違いなくいる。嫌な臭いがこの家からしてくるね」

 後部座席から玄君は答える。


「なるほどね」

 サングラスをダッシュボードの中に仕舞うと、朱音さんは車から降り、後部座席側に回る。

「私一人で大丈夫そうだから、玄はここで待っていて」


 玄君はコクりと頷くと、バックと一メートル弱の細長い木の箱を朱音さんに手渡す。


「さてと、玄には一仕事したら駐禁取られないように待っててもらうとして、青歌ちゃんには色々手伝ってもらおうかな」


「私で出来ることであれば……」

 私に何ができるか分からないが、真美が救われるのなら手伝おうと思い答える。


「じゃあこれを持ってもらっていいかな?」

 木箱を差し出す。


「はい」

 返事をし木箱を受けとると、見た目よりも遥かに重量を感じた。中に何が入っているのだろうか?

 箱を眺めていると、朱音さんは次のお願いをしてきた。


「真美ちゃんのお母さんと私が話をしたら、青歌ちゃんには上手く話を合わせて貰いたいんだ」


「上手く合わせるって、どう言うことですか?」

 いまいち理解できなく聞き返すと、直ぐに分かるよと朱音さんは言い、真美の家のインターホンを押した。心の準備が整っていない私が慌てていると、『はい』と、少し疲れた感じの声がスピーカーから流れる。


「失礼いたします。私山百合高等学校のスクールカウンセラーをしております、小鳥と申します」

 朱音さんが普段の会話よりも少し声を高め答えると、『少々お待ちください』と、返事が返ってきた。


「馬鹿正直に霊能力者って言っても門前払いにあうから、学生の時はこれが一番通じるのよね」

 と、耳打ちしてくる。


 話を合わせてとはこの事かと私は納得した。これならば、無下に帰ってとは言いにくいだろうな。


「お待たせしました」

 扉を半分ほど明け、真美のお母さんが顔を出す。一昨日からほとんど寝ていないのだろうか、目の下には大きな隈が出来ており、顔には生気がなく、憔悴しきっていた。


「おばさん……大丈夫ですか?」


「……青歌ちゃん?」

 昨日会ったばかりだと言うのに、私だと気づくのに数秒ほどかかった。


「初めまして、私スクールカウンセラーの小鳥と申します」

 朱音さんはバックから名刺を取り出し渡す。覗き込むと、カウンセラーと言う肩書きと名前が書き込まれていた。

「実は本日青居さんのカウンセリングを行いまして、真美さんも同様に受験ノイローゼの症状が見られると言うことで、本日はお伺いさせていただきました」


「受験ノイローゼ?」

 聞き返すおばさんの目に僅かに光が点った。


「はい。あまり大きい声では言えないのですが、進学校と言うこともあり、山百合の指導法は厳しく、ノイローゼに掛かりやすいんです。真美さんは突如暴れだしたりしませんか?」

 朗々と話す朱音さんは、真美を気遣う顔をするなど、本当にスクールカウンセラーのように見えた。

「もし何かお気づきの点があれば、少しお話しできないですか?」


 おばさんは一度家の中を振り返る。

「でも……中は……主人も仕事で不在ですので……」

 入れたくなさそうに顔を曇らせる。


 そのちょっとしたしぐさで朱音さんは気付いたようだった。

「暴れたりもしてるんですね。分かります」


 分かります。この言葉がおばさんの弱った心に取り入った。スクールカウンセラーの一言から、暴れる子は真美だけではないと思ったのだろう。


「本当に汚れてますが……よろしいですか?」

 戸惑いがちではあるが、おばさんは私達を中に入れてくれた。

 昨日も来た家だと言うのに、本当に同じ家だとは信じられないほど、中は荒れていた。床には割れた食器が散乱し、テレビの画面は幾重にもヒビが入り、テーブルの足は折れ斜めに傾き、壁にはあちこち穴が開いていた。

「すいません。こんな家で」

 おばさんのせいでは全くないと言うのに謝ってきた。


「いいえ。多くの親御さんは、お子様の症状がノイローゼとは思わずに、隠し通そうとして、発見が遅れることが多いんですよ。それでも今回は、お母様がお宅に入れてくれたお陰で、カウンセリングが間に合いそうです」


 優しく話しかけると、おばさんは目からボロボロと涙を流した。

「間に合いますか?」

 顔を手で覆い、おんおんと泣きながら言った。


「任せてください」

 肩に手をやり優しく語りかける。

「良かった。直ぐにでも病院に連れていこうとしたんですが、主人が外様に恥を知らせるのを頑として拒みまして……私はどうして良いか分からず……」


「仕方の無いことです。受験ノイローゼなんて、昔はあまりなかったですから、理解されにくいものなんです。お母様の世代からすると……狐憑きにあったように見えたんじゃありませんか?」


 狐憑きと言う言葉に私とおばさんは同時に反応した。

「……はい」

 と、おばさんは弱々しく答えた。


「真美さんは、今お部屋にいるんですか?」

 階段に視線を移し、朱音さんは聞いた。


「……はい。様子がおかしくなって暴れだしてからはあの子の部屋にいてもらっています。トイレや食事の時はドアを開けるんですが……その、暴れて手に負えないので、主人が帰るまでは、ずっと中にいてもらってます」


 私はその言葉に少し引っ掛かった。いてもらってます。家の中をこんなになるまで荒らしていると言うのに、部屋の中で大人しくしていることなんて出来るのか。


「お話は出来そうですか?」


 朱音さんの質問におばさんは俯く。どう言うことだろうかと、私が朱音さんとおばさんを交互に見ていると、朱音さんはバックから手のひらサイズの巾着を取り出した。

「お母様。受験ノイローゼのお子様と対峙するのは大変だったでしょう。これは私がカウンセリングの際に子供達に渡している匂袋です。ハーブの香りが心を落ち着かせてくれますよ」


 おばさんは匂袋の香りを嗅ぐ。

「本当ですね。心が落ち着いてき…………」


 おばさんは突如電池が切れたかのように、ピタリと動きを止め、虚ろな目で一点を見つめた。


「おばさん?」

 恐る恐る呼び掛けるが、返事がないどころか、反応すら見せなかった。


「さてと、さっそく除霊に向かいましょうか」

 おばさんの手から匂袋を取り上げると、動かないおばさんを気にかけることなく朱音さんは階段に向かった。


「えっ、あのっ」

 事態が把握できなかった。朱音さんが除霊と言う単語を使ったことも、おばさんが動かなくなったことも、私には理解することが出来なかった。

「何が起きたんですか?」

 階段を昇る朱音さんの後に続きながら聞く。


「除霊し始めると、スクールカウンセラーじゃないってバレて邪魔されるかもしれないから、ちょっとだけ一階で待ってて貰おうと思って、これを嗅いで貰ったの」

 匂袋を私に見せると、ふんわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「中に何が入ってるんですか?」


「中は柊とハーブとチョウセンアサガオの花と根を粉末状にした、玄特性の魔除けの粉が入っているのよ」


 あまり聞き馴染みのない花の名が出てきたので、私は聞き返す。

「チョウセンアサガオ?」


「根に強烈な幻覚作用がある植物の事よ。この匂袋は離れて嗅げば問題ないんだけど、近くで嗅げば免疫がない人には一時間程幻覚を見せることができるの」


 私がまた鼻と口を手で覆うと、朱音さんはクスリと笑い、スカートのポケットに匂袋をしまった。


「さて、ここからが除霊の本番だけど……青歌ちゃんには少しショックな所を見せることになるかもしれないから、外で玄と待っていて貰いたいんだけど、どうする?」


 悪霊に取り憑かれた真美を見るのは確かにショックな事だろう。


 けれど私にも責任はある。私には責任がある。


「一緒にいきます」

 手伝えることなら何でもしますと、戻る気がないことを朱音さんに伝え、持った木箱をぎゅっと抱き締める。

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