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第二話 狐憑き

「そのもう一人の友達……加奈子ちゃんだったかな? その子は何ともないの?」

 手帳を見ながら名前を確認し聞いてくる。


「はい。でも怖がって家から出られなくなっちゃって……。本当は今日一緒に来る予定だったんですけど……やっぱり外に出るのが怖いって」


「なるほど」

 そこまで言うと朱音さんは手帳を玄君に手渡した。

「紙とペン持ってきて。あと、それも調べておいてね」


「分かった」

 返事をするとデスクまで向かい、白紙の用紙と、赤と黒のボールペンを取ってきて。テーブルの上においた。

「学校名は聞かなくていいの?」

 渡された手帳に目を通して聞く。


「そうね。念のために聞いておこうかな。青歌ちゃんの学校はどこなの?」


 学校名がなにか関係があるのかと思いながらも答える。

「私立山百合高校です」


「あの進学校か。今もまだ女子高だったかな?」


「十五年近く前から共学になりました。でもまだ男子は二割くらいですね」

 私が答えると、玄君は手帳に今の話を書き足した。


「じゃあ調べるね」

 何を調べるのだろうかと思いながら、私はドアの置くに消えていく背を追った。


「それじゃあ、青歌ちゃんは玄が調べている間に、この紙に一昨日に使ったこっくりさんを思い出しながら書いて貰ってもいいかな?」

 紙とペンを私の前に滑らせる。


「書くんですか?」


「別にもう一回やってもらうとかじゃないから安心してね。どんな配置でやったのか知りたいだけだから」

 私の不安を取るように語りかける。

「でも、できるだけ詳しく書いてね」


「……分かりました」

 真美が用意した紙を思い出しながら書く。上に赤い鳥居と、黒で数字と五十音を書く。あとは、はい、いいえくらいだったので、そんなに時間もかからずに作ることが出来た。

「こんな感じでした」


 私から紙を受けとると、朱音さんは「うーん」と悩んだ。何か気になる所があるのだろうかと思い見つめていると、ドアから玄君が出てきた。手には印刷されたらしい紙がにぎられていた。


「早かったね」

 玄君に手を伸ばし、紙を受けとる。


「山百合高校は前に調べていたから。あとはすぐに分かったよ」


「どれどれ」

 紙に目を通す。

「なるほどね」


 私は紙を覗き込むように身を乗り出す。

「なにか分かったんですか?」


「分かったってよりも、分からなくなったって言った方が正解かな」

 悩んだ様子を見せるとうーんと唸った。


「分からなくなったってどういう事ですか? 真美にとり憑いたのはこっくりさんじゃないって事ですか?」


「青歌ちゃんはこっくりさんって感じで書ける?」

 漢字でと言われたが、全く思い付かず、私はいいえと答える。


 朱音さんは玄君に紙をもう一枚持ってきてもらうと、なにやら書き出す。

「狐狗狸。これでこっくりさんって読むの。この名の通り、こっくりさんは低級な動物霊を呼び出し質問に答えてもらうものとされているの」


 されているに少し引っ掛かる。

「されているって事は……違うんですか?」


「鋭いね。流石は進学校。こっくりさんは動物霊を召喚すると言われているけど、実際は低級な浮遊霊を呼び寄せちゃったりするのよ。ただし、それは様々な条件が揃ったときのみね」


「条件ですか?」

 と、聞くと、朱音さんは指を二本立てる。


「まず第一に参加者の誰かが降霊術の才がある」

 そこで私は真美ちゃんの顔が浮かんだ。降霊術とは確かイタコの人が霊を憑依させるときに行う力のはずだ。霊感が強い真美ちゃんになら出来たんじゃないのか。


「二つ目。参加者の誰かが事前に霊にとり憑かれていた。この条件のうちどちらかが当てはまっていなければ、この陣ではこっくりさんを喚ぶことは出来ないかな」

 私の描いたこっくりさんの紙を見ながら答えた。


「この陣ではってどういう事ですか?」


「素人が降霊術を行うのは簡単じゃないんだよね。例えばこの鳥居」

 赤で描いた鳥居を指差す。

「素人が霊を呼ぶなら、この鳥居は鬼門の方角ーーつまりは(うしとら)の方角に向ける。艮は北東を意味するかな。あとはこんな風にーー」

 私が描いたこっくりさんを囲むように、なにやら文字を書き足す。梵字と言うものだ。


「ちゃんとした陣を描かないと降霊の力はないかな」

 そう言うと朱音さんは紙を玄君に渡した。

「念のために燃やしておいてね」


 玄君はこくんと頷くと紙に火をつけた。あれ? ライター何て持っていなかったように見えたのに、どうやって火をつけたんだろうか。私が疑問に思っていると朱音さんは説明を続けた。


「それじゃあ、そろそろ一時間になるから、延長しないように話をまとめようか」


 もうここに来てそんなになるのか。気付くと最初に出された麦茶の氷はすっかり溶けていた。


「まず友達が用意した紙ではこっくりさんを喚ぶことは出来ないと思う」


「……ッ!」

 否定から始まり私は言葉を失った。


「こっくりさんにとり憑かれたって話はいくらでもあるけれど、その大半は自己暗示に掛かったってのが、正体なの。とくにこっくりさんを行う十代の子は暗示にかかりやすいからね。青歌ちゃんの学校は進学校だから勉強なりストレスが多かったんじゃないかな?」


 ストレスが多いことに間違いはなかった。高校二年生ではあるが、今の私たちは毎日大学進学を意識し勉強をーーさせられてる。成績を落とそうものなら、罪人のごとく強く咎められた。真美がこっくりさんをやったのもストレス発散の意味合いも強かったんだろう。


「霊感がない加奈子ちゃんがかかったなら詳しく調べる必要もあるけど、霊感があるって言う真美ちゃんがかかったとしたら話は別かな」


「どうしてですか?」

 私は逆なんじゃないかと思った。霊感が強い真美だからこそ霊を引き寄せたんじゃないのか?


「真美ちゃんがこっくりさんに詳しかっただろうからかな。こっくりさんに祟られるとどうなるかも知っていただろうし、加奈子ちゃんが指を離したことから、祟られると強烈に意識しちゃった末に狐憑きのようになっちゃった」


 朱音さんの説明は一見利に叶っているように聞こえるが、私にはどうしても理解できないことがあった。十円玉が冷たかったことと、あのドンという破裂音だ。あれは思い込みや勘違いで起きるとは思えなかった。


 その事を朱音さんに言ってみる。


「でも、それじゃあ説明できないことがあるんです」

 語気を強めすがるような瞳を向けると、朱音さんは優しく笑った。


「一昨日の気温は夕方でも二十四度あった。一昨日に関東では震度二以上の地震はなかった」

 私の胸の内などお見通しといった感じで答える。

「山百合高校では過去三十年で死亡事故はないが、校舎の端が昭和中期の地図では墓場だったと書かれている」


 私の前に印刷された紙を置く。


「校舎の端は一年八組、二年八組、三年八組みたいだけど、青歌ちゃんのクラスはなん組かな?」


 私の歯がガチガチと鳴る。二年間通っていたが、そんな話聞いたこともなかった。

「……二年八組です」


「ビンゴね。十円玉が冷たかったのも、机がガタガタと揺れたのも、友達がとり憑かれたのも、自然現象でもこっくりさんのせいでもない。こっくりさんを呼び寄せたいって思いに引き寄せられた、霊の仕業ね」


 こっくりさんではなかったが、私の中の恐怖はより具体性を持ち、今までよりも闇を濃くした。


「じゃあ、真美は本当にとり憑かれているんですか?」


「百パーセントとは言わないけれど、可能性は高いわね」


 私は椅子から立ち上がり、朱音さんと玄君に向かい頭を下げる。「お願いします。真美を助けてください」


「大丈夫、任せて。でも……除霊にはお金がかかるけれど、青歌ちゃん払える?」

 少し心配そうな顔を向ける。


 お金の問題は私も感じていた。この『小鳥心霊現象相談所』を選んだのは相談料も、除霊料も他の霊能力者の事務所より格安だったからだ。ただ、除霊料は一万円からになっているが、もしはるかに高額だった場合私には払うことはできない。今財布にはお年玉を卸した十二万円が入っているが、それで足りるのだろうか。


「いくらくらいかかりますか……?」

 事務所の中には三十万からと言う所もあった。もしここもそれ位するとしたら、頭金として十二万を払い、残りはアルバイトをして分割で払えないかと私は考えていた。


「このケースだと、除霊料は……二万円かな」

 溜めて値段を言ったわりには格安だった。


「二万円……ですか?」

 二十万の間違いじゃないか聞いてみる。


「相談料も含めると二万二千円かな。大丈夫? 払えそう?」

 心配したように聞いてくるが、私はハイと即答した。


 あまりの安さのため、さっきまでは頼もしく見えていた朱音さんだったが、本当にこの人で大丈夫なのかと心配になってくる。


 鈍っていた頭の回転が正常になってくるのが分かった。


 そもそも助手と紹介された玄君は何者なんだろうか? どうみても年下だし、下手をすれば中学生だ。アルバイトをしてはいけない年齢だし、アルバイトとして霊能力者の助手など出来るのだろうか?


 疑惑の目を向けると、玄君が私を見つめ返した。


「……ッ!」

 幼い顔立ちだと言うのに玄君の瞳は底の見えない井戸のように、見つめていると闇に吸い込まれていく錯覚を覚えた。ブルッと体が震える。私は玄君の目に恐怖を抱いた。


 ただの中学生なんかじゃない。はっきりとそれだけは分かった。


「青歌ちゃん?」

 と、朱音さんが呼び掛けると、私の意識が井戸の底から這い出る。


「あっ、二万円なら大丈夫です。払えます」

 玄君から目をそらしつつ、慌てて答える。


「それなら交渉成立ね。良かった。今月ピンチだったから助かるわ」

 嬉しそうに胸を撫で下ろす。

「そうと決まれば、早速準備に取りかからなくちゃね。玄、お札の準備お願い」


「他は?」


「うーん。玄に任せる」


「分かった」

 答えると鉢植えに近づき、紫の花を一本千切る。


「あの花もお祓いに使うんですか?」

私は紫の花を見つめて聞いた。花を千切ったためか、甘い香りが部屋に広がっていた。


「玄はお札を書く墨にトリカブトのエキスを混ぜるのよ」

 朱音さんはさらりと答えたが、私は聞き流すことができずに固まった。


「トリカブトって……あのトリカブトですか?」

 他にどのトリカブトがあるか分からないが、私は聞いた。


「そうよ。因みにあっちはドクゼリで、そっちは芥子の花よ。この部屋の花の大半は毒があるから、触ったり嗅いだりはしないようにね。あと間違っても食べちゃダメよ」


 私は思わず鼻と口をふさいだ。

「なんでそんなものが!」

 こもった声を出す。


「毒草ではあるけれど薬草にもなるのよね。玄の流派では毒草を用いて呪術をかける事もあるから、必需品なのよ」

 私がなるほどと思っていると、朱音さんは言葉を付け足した。

「あと、近くの漢方薬屋に高く売れるから、副収入にはもってこい」


 鼻と口を押さえる私を見てクスッと笑う。

「換気もしっかりしてるから、塞がなくても大丈夫よ」


 換気は確かにしっかりしているのだろう。入口のドアも窓も全開にされているのだから。


「さてと、玄の準備が済み次第その真美ちゃんって子の家に向かうけど、青歌ちゃんに案内お願いしてもいいかな?」


「はい。大丈夫です」

 元からそのつもりだったので即答する。


「ありがとう。じゃあお礼として、青歌ちゃんにお姉さんが特別に良いものをプレゼントしてあげる」

 真美は立ち上がると、デスクの引出しを開ける。

「前作ったのがこの辺りに……あった、あった」

 戻ってくると、朱音さんの手には小さな紙が握られていた。


「えっと。青居青歌っと」

 紙に私の名前を書く。紙は人の形に切り取られている。


「これはヒトガタって言って、青歌ちゃんに降りかかる災いを替わりに受けてくれるよ。肌身離さず持っていてね」


 朱音さんはヒトガタを半分に折ると私に手渡した。


 私はこの紙が本当に替わりに災いを受けてくれるのか疑問に持つだけで、なぜ朱音さんが渡したのかを考えることはなかった。


 受け取ったヒトガタをシャツの胸ポケットに仕舞うと、玄君が戻ってきた。手にはサラリーマンが持つような黒のバックと、細長い木箱を抱えていた。


「さてと、玄も来た事だし、除霊に向かいましょうか」

 まるで狩りをする獣のように目を爛々と輝かせる。

「死者は死者の世界へ還してあげましょう」

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