第二十七話 運命
鬼籍の意味を聞き私の仮説は結びを向かえた。話終えたことに朱音さんは気付いたのか、背伸びをした。
「さてと」
と、呟くと朱音さんは玄君に手を伸ばした。初めから打ち合わせていたのか、玄君は真新しい鞄から匂い袋を取り出し手渡した。
それを見て私は中身の予想がついた。
「柊とカモミールとチョウセンアサガオの匂い袋ですか?」
私の問いに朱音さんはにこりと微笑みを返した。
もし私の前に朱音さんが現れたら、この匂い袋をきっと渡されるだろうと私は予想していた。
真美に嗅がせたこの匂い袋を。忘却の効果があると言ったこの魔除けの粉を。
「流石は進学校の生徒ね」
少し前にも聞いた言葉を口にした。
「匂いを嗅いでもらう前に少しだけ青歌ちゃんにお話ししようかな」
匂い袋の紐に指を通し、ぶらぶらと揺すりながら朱音さんは言った。
「お話ですか?」
「そう。青歌ちゃんが聞きたいだろう事を私が話してあげるわ」
そう言うとまた玄君に手を伸ばす。玄君はまず朱音さんの数枚の用紙を手渡すと、テーブルの上に二つの木片を置いた。
これは……。
「たった半日しかないから調査は不十分だけれど、青歌ちゃんの疑問には十分答えられると思うわ」
用紙に目を通すと、朱音さんは朗々と読み上げた。
「F県F市飯島町の山中で工事中に事故が起きた。ここは今から約千二百年前に暴れ回った鬼を封じた塚があった場所よ。伝承も残ってはいるわね」
事故があった場所は今お父さんが働いている現場だった。
「幸いなことにその現場では死者も重傷者も出なかったので、新聞の片隅に小さく記事が載ったくらいで私も気付かなかったわ。塚が壊され鬼が復活した事を考えるとこれは奇跡と言って良いくらいよ。青歌ちゃんはどうして死者が出なかったと思う?」
用紙から顔をあげ聞いてくる。
「……わかりませんが……それが関係しているんですね」
ちらりとそれーー割れた表札に視線を移す。表札には青居と祖母の名字である龍宮と描かれている。そしてその裏には札が貼ってあるのだろう。
「私はそう考えているわ。この札は神社で売っているような弱い魔除けの札じゃないわ」
表札をひっくり返し、繋げ合わせる。
「これは霊能力者が使う強力な魔除けの札よ。それも武宮家の陰陽師が使う陰陽道の流れを組む札」
玄君は鞄から一枚札を置いた。表札の裏に貼られた札は玄君の札に確かに似ていた。書かれた字はどちらも読めないが、似ているように見えるし、上部に描かれた五芒星は一緒だった。
「この表札以外にも、青歌ちゃんの家の中からお札を見付けることが出来たわ。お父様の仕事鞄の中に入っていたお守りの中からもね」
「……お父さんのお守りと同じ物を私も持ってます。普段持ち歩くように……おばあちゃんから渡されました」
こっくりさん騒動の時に鞄ごと教室に起きっぱなしにしているが、小さい頃からずっと持ち歩いていたので、普段は必ず持ち歩くようにしていた。
「なるほどね。昨日の大鬼くらいの妖ならいくら封印明けで霊力が落ちていても、その場で大量虐殺くらいやってのけそうだけど、それが起きなかったのはお守りの力が絶大だったからね。お父様が塚を壊し封印から解き放たれた大鬼が、お父様に取り憑いた。けれど魔除けの札の効果で弱った大鬼は意思を奪うことが出来ずに、力が戻るのを虎視眈々と待っていた。そして昨日の夜、ついに力を取り戻し、家に貼られた魔除けの札を剥がした。これが事の顛末よ」
朱音さんは説明を省いたが、鬼が力を取り戻した理由は私がこっくりさんを行い学校の封印を解いたからだった。
「朱音さん一つだけ教えてください。もし鬼が学校の霊を食べなければ……鬼が力を取り戻し、昨日のような惨劇は起きなかったんですか?」
私の質問に朱音さんは腕くみし考え出した。
「その札を貼った術師がどの程度の力があるか分からないけれど……いつかは力を取り戻し、同じような惨劇は起きていたと思うわ。その場合私や玄が向かうことが出来ずに死者は出ていたと思うわ」
その言葉に少しだけ私は救われた。多分そうなれば私とお父さんは間違いなくその死者に含まれていただろうから。
「凄い自分勝手な解釈ですけど……鬼からお父さんを助けるために、何かが私にこっくりさんをさせたように思えます。こっくりさんがあったから私は朱音さんに玄君に出会えました」
「何かか。もしそれに名を与えるなら、それは普通の人にも霊能力者にも見えない物……運命かしら」
朱音さんはくすりと笑い言った。
「運命ですか」
「私が玄に出会ったように、青歌ちゃんも運命に導かれ私達に出会ったんだと思うわ」
運命。
非現実的な言葉ではあるけれど、霊が鬼が存在する非現実的なこの世界でならきっとあるのだろうと私は思った。
私は朱音さんのように一度くすりと笑い、匂い袋を見た。
「私はそれを貰えません。怖くて何度泣いたかも、何度死ぬと思ったかも分からないくらいの一日でしたけれど、朱音さんと、玄君との運命の出会いを忘れたくはありません」
「そっか」
と、呟くと朱音さんは立ち上がり鞄からさっきとは別な匂い袋を取りだし、私に手渡した。
「中身は柊とカモミールとハーブで作った魔除けの粉よ。この院内にも害がありそうな霊がいたから持っていた方がいいわ」
あの男の子以外にも院内には霊がいた。きっと他にも霊はいっぱいいるのだろう。この世界には現実的ではなく非現実的な霊や妖が居る世界であるのだから。




