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第二十五話 病室

 コンコンコンと扉がノックされたのでハイと返事をする。


「具合はどうだ?」

 お父さんの手には花束が握られていた。売店で買ってきたのだろう。

 私は弄っていた携帯を枕元に置き、花束を受け取った。

「良い匂い」

 花に詳しくはないので名前はわからないけれど、黄色やピンクの明るい色の花が甘い匂いを発していた。


「具合はもう大丈夫だよ。今すぐにでも帰れるくらいだもん」


「心臓が止まってまだ半日だ。ちゃんと検査をしてからじゃないと退院は出来ないぞ」

 ベッドの脇のパイプ椅子を取り出すと、腰を下ろした。


「ハイハイ。お父さんは体は平気なの?」

 私は体調の事を聞き返した。私とお父さんは昨日の夜病院に運ばれて来た。お父さんは衰弱はしていたが、命には別状はなく、点滴を射つと、夜中には体力が回復したようだった。

 逆に私は救急車が駆け付けた時には心停止の状態で発見が遅れていれば危うい状態だったようだ。

 今日の午前中に色々検査をしたが、心臓麻痺を起こした理由は見つかってはおらず、医者が言うには火事が起きたことがショックだったのじゃないかと言われた。

 念のために明日の午前にまた検査をしそれから退院の日取りを決めるらしい。


「……お父さんは大丈夫だよ」

 数年ぶりにお父さんと呼ぶようになったが、呼ばれる度にお父さんは目を潤ませてきた。そして自分でお父さんと言うと涙をこぼした。


「ちょっと止めてよ。夕方には加奈子が来るんだから、その時は泣いたりしないでね」


「なっ、泣いてなんかいない」

 袖で目を擦り言う。

「夕方と言えば、おばあちゃんも夕方には帰ってこれるようだぞ」


「おばあちゃん来てくれるんだ」

 久しぶりに会えることで私の声は弾んだ。


「ああ。孫が病院に運ばれたって聞いて、大慌てで帰り支度をしたようだぞ」


「大慌てって今は私もお父さんも元気なんだから、焦らなくても良いのにね」


「大事な孫なんだ、そうもいかないだろ。それに家だっておばあちゃんが建てたんだし、片付けしないといけないしな」

 私はまだ見ていないが、家は悲惨な状態のようだ。ガス漏れからの引火でキッチンとリビングの延焼は激しかったらしい。幸いなことに通報が早かったようで、二階と玄関付近の部屋の備品は使える状態と聞いている。


「私も退院したら片付け手伝うよ」


「無理はするなよ」


「はいはい」

 私を心配するお父さんにくすりと笑いながら答えた。どう仲直りすれば良いかずっとわからなかったけれど、簡単なことだった。素直になればそれだけて良かったんだ。

「お父さん」


 呼び掛けると私の顔を見た。

「どうした?」


「大好きだよ」


「……」

 唐突な言葉にお父さんは固まると、照れ臭そうに顔を赤らめ突如立ち上がった。

「かっ、花瓶がなかったな。買ってくる」


 私の大好きになにも答えずに背を向けると、扉に向かった。答えはないけれど、その態度で私も愛されていることがわかった。

 昨日は大変な一日ではあったが、私は様々なことを知ることができた。私がお父さんを好きなこと、お父さんも私を好きでいることを知ることができた。それに……。


「あっ、お父さん」 


 呼び掛けると、扉を半分開いたまま振り返る。どうしたと目で聞いてくる。


「幽霊って信じる?」


「幽霊? 高校生にもなってまだそんなものを怖がってるのか。お化けを信じるなんてまだまだ子供なんだな」

 そう言うとくすりと笑った。


 やっぱりお父さんは信じてないか。私だって今までは信じてなかったし、仕方ないんだろうな。


「病院だからしょうがないでしょ」

 口を尖らせ言うと、お父さんはまたくすりと笑った。


「はいはい。それじゃあ青歌が怖がらないようにすぐに戻ってくるよ」


 お父さんが出ていき足音が遠ざかると、私はふうと一息ついた。


「やっぱりお父さんには見えないか……」

 ポツリと呟き私は部屋の隅を見る。そこにはパジャマ姿の男の子が座っていた。目が覚めた時に見て私は驚き声をあげそうになったが、特に害がなさそうだったので、私は特に気にもかけずにいた。私が男の子を見ていると、男の子は顔をあげ私を見つめてきた。


「……お名前は何て言うのかな?」


 男の子は話しかける私が不思議なのか、立ち上がり返事もせずに部屋を出ていった。

「……行っちゃった」


 男の子が消えていった壁を眺めていると、開けた窓から風が入り込んできた。

 夏の熱が含まれた風は、冷房で冷えた頬を暖めると、テーブルに置かれた花を揺らした。私は風につられるように空を見上げる。

「それにしても良い空だな」


 流れる雲を眺めているとトントントンと扉がノックされた。お父さんにしては早いなと思いながらも私がハイと返事をすると、ゆっくりと扉が開かれた。


「……くすっ」

 私は現れた人に微笑みを送る。やっと来たか。

「待ってましたよ」


「驚かないんだね」

 そう言い、私に微笑みを返すと、病室に入ってきた。後ろには果物のバスケットを持った玄君も立っている。

「驚きませんよ。だって朱音さんは……奇跡の少女なんですから」


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