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第二十三話 コドクの少年

『があぁぁぁぁぁ』

 腕から黒い煙をあげながら鬼は叫んだ。 


 玄君は腕を振り、掴まれた鬼の手を外すと鬼の腹に手を突き刺し、一気に引き抜いた。その手には赤黒い鬼の腸が握られていた。

 玄君はためらう様子もなく引き抜いた腸にかじりついた。


「……なッ!」

 鬼の絶叫と、ぐちゅっぐちゅっという咀嚼音が混ざりあい、空っぽの胃から胃液が逆流し喉をじりつかせた。


『がぁぁぁっっっっ! おのれぇぇぇ』

 叫びと共に腸にかじりつく玄君に鋭い爪を振るう。手が頭を捉えると、腸がぶつりと千切れ、玄君は吹き飛ばされ私達の視界から消えた。

 壁際まで弾き飛ばされたんだろうか、車が衝突したようなドンと言う音が家に響いた。


『喰わせてなるものかぁぁぁ!』

 叫びと共に鬼は玄君を追い掛け、また視界から消えた。怒りに燃える雄叫びと、苦痛に満ちた叫びだけが私達に戦いの行方を教えてくれた。


「意味……わかんない……よ……」

 何が起きているのか理解できない思いと、自分の心に現れた思いから、私は呟いた。何故なのかはわからないし、そんなこと思ってはいけないとわかりながらも……私は大鬼に玄君を倒してもらいたいと願っていた。

 今日一日幾度も私を助けてくれた玄君だと言うのに……今は得体の知れない化け物ーー大鬼等可愛く思えるような、強大な化け物のように思えていた。

 鬼が負ければ次は私の番だと本能が叫んでいた。


 廊下の奥で破壊音と叫びが不気味なハーモニーを奏で続けていると、より大きな叫びと共に、鬼の腕が吹き飛ばされ廊下を横切った。

 その飛ぶ腕を見てはっきりと悟った。大鬼では今の玄君に勝てない……相手にすらならないと。

 そして次に腕が飛び、腸を喰い千切られるのは、間違いなく私だと。玄君が勝てば事件解決、平穏無事な日々が戻ってくる。そう考えてしかるべきだと言うのに、腕を握り潰した時にちらりと見えた玄君の瞳が、私にこの思いを抱かせていた。

 白目と黒目が逆転した、人ではない何かの瞳が私に恐怖以外の何者も与えてはくれなかった。


 玄関で呆然と立ち尽くした私に朱音さんはゆっくりと近づいてきた。人差し指を立て私に静かにするように伝えると、震える私の手を取ったら。

「鼓動を落ち着かせるのよ」


 鼓動を落ち着かせろなんて言われても、張り裂けそうなほど高鳴った胸は落ち着かせることは困難だった。この胸はもう鼓動を止めない限りは静まらないんじゃないのか? そう思えるくらいに激しく鳴り続けた。


「あっ……なんなんですか……意味が……わかりません」

 私は朱音さんに届くかどうかと言う小さな声でしゃべった。玄君に聞こえる大きさでしゃべってはならないと、本能で理解していた。

「あれは……本当に玄君なんですか?」


「玄であって玄じゃない存在よ」


 謎かけのような言葉に私は聞き返す。

「どういう意味ですか」


 そう私が聞くと、鬼の絶叫が私の耳を心を震わせた。痛みや苦しみよりも、訪れる死に怯えるような悲しみのこもった叫びが、戦いの終わりを告げようとしていた。


 呼吸すらろくに取れない程心臓が速打ちした。


「今は詳しく話している時間なんてなんてないから簡単に言うわね」

 そう語ると朱音さんは廊下の先に目を凝らした。


 軋む床板の音が近づいてくると、玄君の姿が現れた。

 バスケットボールよりも遥かに巨大な脈打つ鬼の心臓と切り落とされた鬼の生首をそれぞれ手にし、玄君は現れた。


「ひぃぃいぃぃぃぃぃッ!」

 静かにしろと言われたのに私の口からは悲鳴があがった。

 お父さんに取り憑き、私を喰おうとした、名を馳せたであろう大鬼が呆気なく破れ去った。朱音さんの血を飲み、札を引き剥がし、術師の玄君を破った強大な妖が、ほんのちょっと目を放した隙に、心臓を抜き取られ、物言わぬ屍に変わり果てていた。

 

 敵は倒したんだ。喜び歓喜の舞を踊りだしても良いはずなのに、やはり私の心には喜びではなく、より鮮明な恐怖が湧いてきていた。

 絞首台に並ぶ列が進み、次に首をくくる番が来たような、逃れられない死の臭いを私は嗅ぎとった。


 味方であるはずの玄君が……私には人に害なす強大な敵にしか見えなかった。


「扉が閉まり、ここは蠱毒(こどく)の壺の中に変わった」

 朱音さんは私の前に立つと妖刀の切っ先を玄君に向けた。


「こどく?」

 聞き馴染みのない単語を聞き返す。


「古い道教の術よ。壺の中に毒虫達を放ち共食いさせて生き残った唯一の毒虫を使い呪いをかけるのよ。玄は武宮家が毒虫ではなく、妖と術師を使い行った蠱毒の術の唯一の生き残り……になれなかった少年よ……」


 朱音さんの言葉には悲しげな響きがあった。


 玄君は脈打つ心臓を白い瞳で眺めていた。赤よりも黒に近い血が脈動にあわせ吹き出す。脈動する度に脈動は徐々に弱まっていくのが見て取れた。


「あれが止まったら終わりね……」

 あれとは心臓の事だろう。朱音さんは呟くとちらりと私を振り返った。


「あれは玄じゃなく、蠱毒の術の触媒であり供物であり呪いそのものなのよ。あれには玄の意思はなく、ただ壺の中の生者を喰らい尽くす為の存在」


「……喰らい尽くすって……私達も含まれて……いる訳じゃないですよね?」

 否定してくれと願いながら私は聞く。


「蠱毒の呪いに、敵味方は関係ないわ。閉ざされた空間に入った以上、呪いを逃れるためには生き残ったたった一人の生者にならなければならない。人だろうが鬼だろうが幽霊だろうが、呪いが生者と認めれば蠱毒からは逃れることは出来ないわ」


「なっ、何とか外に出れないんですか?」


「無理よ。日本最高の術師の家系である、武宮家の術師総勢百八名が掛けた術よ。それを上回る力なんて人間の術師にも、妖にも破るなんて不可能な事よ」

 そう言うと朱音さんは間をおき残念だけどねと続けた。

「生きて出るためには、玄を殺し、最後の生き残りになるしかないの」


 玄君を殺し最後の生き残りになるなんて選択肢を取れるはずはなかった。大鬼を軽々と倒した玄君に勝てるはずもないし、何より、最後の生き残りになるためには玄君と朱音さんを殺さなければならない。恩義のある二人を殺して生き残るなんて選択肢を選べるはずとなかった。


 つまりは……私にはここから生きて出る方法など残されてはいないのだ。私の前にある一本道は暗い穴の中に延びていた。


「玄は孤独なのよ。閉ざされた空間に一緒にいれば、友だろうが恋人だろうが肉親だろうが殺さずにはいられない存在。殺さないためにも一人でいなければならない少年。蠱毒のせいで孤独な少年」






 

 

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