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第二十一話 妖刀

 その場にいない朱音さんの名をあげると玄君が新たに札を取りだし鬼に向かって投げた。


「縛」

 赤黒い肌をした額に札が貼り付くと、引き戻そうとした鬼の動きが止まった。


『小癪な真似を……』

 鬼が札を取ろうと腕を震わせながら額に伸ばす。玄君はまた札を投げ、今度はその腕に貼り付ける。


「縛りたまえ、封じたまえ。縛」

 念じると鬼の動きが止まった。


『ぐぅ……忌々しき陰陽がぁぁぁぁぁ。この程度の札で儂を封じれると思っているのかぁぁぁぁ』


 目に宿す赤い瞳を強め叫んだ。その叫び声は大気を震わせた。

 本当にこんな鬼を札だけで封じられるのかと不安な目を玄君に向けると、玄君は鬼に向かいさらりと答えた。

「無理だね。大鬼を封じるなら、この家を囲むくらいの結界は貼らないといけないけど、陣を描く時間も準備もしていないから、封印は出来ない」

 内容とは裏腹に口調に焦りはなかった。

「けど数十秒は札で縛る事は出来る」


 また淡々と答えると振り向き私を見た。


「朱音は気にしなくていいよ」

 少し前に言った、朱音さんはと言う私の呟やきに答えると、今度はお父さんに視線を移す。

「それより、青歌一人で親を運べるか?」


「気にしなくてって、これだけの被害なんだよ。怪我をしているかもしれないよ!」

 私は薄情な言葉に驚き言い返すと、玄君はまた私に視線を戻した。

「……ッ!」

 暗い瞳が感情無く私を見つめた。目は口ほどにものを言うとよく言われるがそんなの嘘だ。玄君の目からは信頼も心配も感じとることが出来なかった。まるで生まれてくる際に子宮の中に感情を忘れてきたようなそんな目に私は言葉を失った。


「……親を運べるか」

 札を外そうとする鬼の唸り声が上がる中、玄君はまた私に同じ事を聞いた。


「……大丈夫」

 そう答える声には怯えが現れていた。運べるか運べないかなど考えずに私は答えた。今は一刻も早くお父さんを外に運び出したかったからだ。外に出れば玄君の側にいないで済むから……鬼よりも私に恐怖を与えるあの目を見ないで済むから。


 返事をし、私はお父さんの脇の下に手を差し込みずるずると引き摺った。あんな大きな音がなったと言うのにお父さんは起きる様子はなかった。


 中肉中背とはいえ成人男性のお父さんを運ぶのは、女子の私には大変なことだった。数メートル運び、リビングを出るだけで、息は荒くなっていた。広いだけが取り柄の古いこの家を怨みながらも、お父さんを引きずると、鬼が私に向かい叫んだ。


『逃すものか。陰陽の血を力を』

 憎しみの念が込められた叫びが私の肌に張り付き、鳥肌を立たせる。


 その声に思わず足を止めると、後方から声をかけられた。

「止まっちゃダメよ」


 振り替えると朱音さんが客間に立っていた。


「朱音さん……ッ!」

 朱音さんの姿に私は声を失った。白いTシャツが赤く染まっていたからだ。学校の一件で血が着いてはいたが、その時とは比べ物にならないほど、真っ赤だった。バケツ一杯の血をかけられたかのように、赤に染まっていた。白の半袖シャツは、僅かばかりのもとの色を残しているだけの、赤いシャツへと変わっていた。


 肩から刀を握った手にかけては深い裂傷があり、どくどくと血を滴らせていた。


「朱音さん……それは……」

 手の甲を始めガラス片で切った細かい傷は多々あるが、私は一番目を引く腕の傷を見ながら言った。


「ああ、これ?」

 傷口に視線を移すと、クスリと笑った。

「手はよけれたんだけど、吹き飛ばされたときにガラス片が刺さったちゃったのよ」


 朱音さんはまるで猫に引っ掻かれたかのように軽く語ったが、割けたTシャツの肩口の肉はえぐれ、中の骨が見えるほどの深い傷だった。


「大丈夫……なんですか?」

 どう考えても大丈夫なはずないと言うのに、私は聞いた。


「大丈夫。傷の治りは早い方だし、玄の薬もあるからね」

 薬なんかでどうにかなるような傷には見えなかった。私が言葉を失っていると、朱音さんがお父さんの腕を掴んだ。

「私の事は良いから、早くお父様を外に運びましょう」

 そう言うとちらりと鬼に視線を移した。


『許すまじ。誰一人逃してなるものか……』

 鬼が目の灯りを強めると、毛がわなわなと逆立ち、ハラリと腕の札が剥がれた。その腕を札の剥がれていない額に伸ばした。爪の先が額に触れるかどうかと言うところで、玄君がまた札を投げた。今度は腕と胸に一枚ずつ貼り付く。

「紡ぎたまえ、縛りたまえ。縛」


 三枚貼られた札から青い光の線が現れ紡がれると、鬼の動きがピクリと止まった。玄君は眉間の前で人指しと中指を立て念じていた。


『ぐうぅぅぅ』

 忌々しそうに唸り声をあげる。伸ばした爪の先は額の札まであと数センチと言ったところだった。縛りに必死に抗おうとしているのか、その指先はプルプル震えており、爪に付着した朱音さんの血が今にも滴り落ちそうに、揺れていた。

『陰陽師風情があぁぁぁぁ』


「これで多少は時間を稼げるわ。急いで運びましょう」朱音さんは言葉通り急いでいるのか、掴んだてに力を込め引いた。


「あっ、はい」

 私は私は慌てて、お父さんの体を引っ張りながらも、チラチラと鬼の振り返った。何故か鬼から目を離してはならないような気がしたからだ。


 廊下に出ると、視界から鬼の姿が消えた。喚き散らす鬼の声を聞きながら、なんとか私達は玄関までたどり着いた。


 玄関の戸は開け放たれていて、外にはもう夜が訪れていることがわかった。扉は鬼に閉じ込められないためにか、逃がさないためなのかわからないが、札が貼られていた。


 玄関を越えると、強烈な血生臭い臭いが消え去り、夏の夜の香りが漂っていた。鬼の声も遥か遠くの音のように集中しなければ聞こえないほど小さくなった。


 少しじめついた風を浴びながら私はお父さんの顔を覗き込んだ。朱音さんも覗き込むと、轟音でも振動でも起きなかったお父さんの首筋に手を当てる。


「鬼が出てったばかりで意識は戻ってはいないけれど、脈はしっかりしているから、病院に連れてってあげればすぐに良くなるわ」


「良かった」

 安心感が私の瞳を潤ませた。

「お父さん……うっ……うっ……良かった……」


 潤んだ瞳から零れた涙はお父さんの頬に落ちた。


「起きたら……ちゃんと……話そうね」

 眠るお父さんに私は話しかけた。蒼白の顔をしてはいるが、私にはどこか微笑んでいるように見えた。


「さてと」

 後ろから朱音さんの呟く声が聞こえた。振り替えると、朱音さんが家の中に戻ろうとしていた。


「戻るんですか?」

 手の甲で涙をぬぐいながら聞くと、朱音さんは立ち止まり振り返った。


「うん。玄一人でも対応できる範囲の妖だけれど、手助けくらいはしてあげないとね」


「でも、朱音さんは怪我をしているし……それに……」

 続きを口ごもっていると、朱音さんが代わりに答えた。


「それに、札も陣も結界も下手な私が行って手助けなんか出来るのか……かな?」


 思っていた通りの事を言われ、驚きが顔に出てしまった。


「良いのよ。私は玄よりも術師としては遥かに未熟だもの」

 気にしないでと微笑みを送ってくる。

「私に出来るのはこれを使って玄の援護をするくらい」

 これとは青い光を発した刀の事だ。私は改めてその不思議な刀を見た。


「この刀は妖を斬るために存在する、この国に数本しか存在しない妖刀の内の一つよ」


「妖刀?」

 と、聞き返す。漫画やゲームでよく登場する言葉なので知らないわけではないが、少し胡散臭い響きのある言葉だった。


「そう。これは遥か昔、大妖怪の腕を切り落としたと言われている刀なの」

 ますます胡散臭くなったが、朱音さんは玄君の札でも傷一つつけられなかった鬼の腕を切り落としていた。あながち間違いじゃないのかもしれない。


「さてと」

 と、呟くと、ちらりと後ろを振り返った。

「鬼退治といきましょうか。鬼は地獄へ帰してあげましょう」


 妖刀を携え、赤く染めあがった衣類をまとい、朱音さんは玄関の敷居を跨ごうとした。


「待ってくださいッ」

 私は朱音さんを呼び止め、傷のない方の腕を掴む。

「玄君一人でも対応できるなら、朱音さんは行かなくても良いじゃないですか。怪我だってしているんですよ」


 いくら朱音さんが大丈夫とは言え、大怪我しているのに間違いはなかった。背まで赤く染まった衣類を見て、私の心に引き留めなければとい思いが沸き上がったんだ。

 これ以上傷つく姿をみたくない……これ以上傷ついたなら……朱音さんは死ぬんじゃないか。朱音さんの冷たい肌が、幼い頃動かなくなった母の手を思い出させた。私はもう……近しい人を失いたくなかった。「これ以上戦ったら……死んじゃいますよ」


 掴んだ腕をそっと揺らし私の手を離させる。


「私は死なないわ。私は……奇跡の少女だから」

 朱音さんはそう言うと振り返り微笑みを浮かべ、続けた。

「そして玄は孤独の少年。私以外には玄の隣にいてあげられないの。私が居てあげないと……玄は本当に孤独になってしまうのよ」


 朱音さんの微笑みは何処か悲しげなものだった。何故そんな瞳をするのかは私には理解できなかった。


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