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第一話 こっくりさん

 ショーウィンドウの中には今年の流行りなのかハットを被ったマネキンが、ポーズを決めている。その前には流行りに敏感だと言ったカップルがお揃いのハットを被り腕を組ながら、スマホの画面を覗き込んでいる。


 デートする場所を話し合っているのか、楽しそうに笑っている。


 私は覗き込んでいたスマホから顔をあげ辺りを見回す。

 日曜の午前中だからか、高校生くらいのカップルの姿が多く、みな楽しそうに笑っていた。


「あっちか」

 ぼそりと呟き、私はまたスマホの画面に顔を落とす。

 明るく楽しげな雰囲気の回りとは違い、私は暗く淀んだ雰囲気を醸し出しながら、目的地に向かった。怯えを含んだ気持ちと、肌を焼きそうなじりつく夏の日差しが私の歩みを遅らせる。


 私が普段来ないようなコジャレたファッションビル群を抜け、居酒屋やドレス姿の女性が大きく描かれたいかがわしいお店が立ち並んだ、より立ち入ることのない雑居ビル群の中に目的のビルがあった。


「ここ?」


 ビルを観察していると壁面に貼られている店舗案内の看板を見つけた。四階建てで、一階二階と四階には、読み上げるのも憚れるほど卑猥な名称の風営法の許可なくして営業できない店舗が入っており、三階に目的の事務所があった。


 私は点検されているかも怪しい古びたエレベーターに乗り込み、三階で降りる。降りた先にはガラス窓が付けられたドアがあった。窓には『小鳥心霊現象相談所』と黒字で大きく書かれている。

 ここで間違いないようだ。


 窓の下には張り紙が貼られている。照明が暗いせいでよく見えないので、顔を近づけ書かれた文を読み上げた。


「一、依頼者は決して扉を閉めないでください。二、ひやかしは入室お断り。三、同業者の入室お断り。四、スイカとメロンとバナナ達は四階です。ここは三階です……」


 最後の四は読み上げるんじゃなかったと思いながらも、私は一行目の文に引っ掛かった。ドアを閉めないでとはどう言うことだろうか。


 きっと開けないでと書き間違ったんだろうと結論つけ、扉をトントントンとノックした。


 暫くすると扉の奥から「はーい」と、返事が来た。女性の声だった。


 ガチャっとドアが開かれると、中から二十歳前後といった所の女性が現れた。


「お客さんかな?」

 私の顔を見るとにこりと微笑んだ。


「……」

 私は返事も出来ずに固まった。女性は黒髪ロングの、清楚系のお姉さんといった感じで、手足はすらりと長く、足首までの長さのあるスカートとTシャツ。着飾っていないと言うのに、テレビの中ので見るアイドルやモデルなど目じゃないほどの美人だった。返事をしなかったのではなく、言葉を失うほどの美人を前にし、文字通り言葉を失っていた。


「相談に来た人かな?」


「……あっ、はい」

 二度目の質問で私はやっと返事をする。


「奥にどうぞ」

 と、お姉さんは私を中に招き入れる。


「失礼します」

 室内に一歩踏み出し、後ろ手でドアを閉めようとしたその時、お姉さんがドアを手で抑える。


「注意書見てなかったかな? ドアは閉めなくてもいいのよ」


「あっ、すいません。忘れてました……」

 すっかり忘れていた。どうやら開けないでの書き間違いではなく、閉めないでで正しいようだ。なぜ閉めないでと書かれていたのだろうか? 疑問に思いながらも私はお姉さんに案内され事務所の中に進む。


 学校の教室よりやや広い室内に、デスクやソファ等が置かれている。

 心霊現象相談所と言う名前から、おどろおどろしい絵や、水晶や黒魔術の道具でも置いてあるんじゃないかと思っていたが、デスク、ソファ以外には本棚が一つあるくらいでシンプルな事務所だった。

 お姉さんの趣味なのか窓際には鉢植えが幾つも置かれており、その一つから綺麗な紫色の花が咲いていた。窓は全開で生温い風が入り込むたびに甘い匂いが私の鼻孔をくすぐった。

 この部屋以外にももう一部屋あるようで、奥にドアがあった。


 向かい合わせに置かれた二人がけのソファに案内され腰を下ろすと、お姉さんは私に待っているように言い奥の部屋に入っていく。

 

私は待ちながら手で顔をあおぐ。室内は外と同じくらい暑く、座っているだけでじっとりと汗をかくほどだった。


 私はテーブルに置かれたラミネートされた用紙を見る。料金表のようで、相談料一時間二千円。除霊料一万円からと書かれている。

 相談だけでなく、除霊もあることに私は安心させられた。


 バックからハンカチを取りだし、そっと首筋の汗を拭いていると、奥のドアが開いた。お姉さんと中学生くらいの幼い男の子が出てくる。男の子は成長期に入っていないのか、背は私よりも低めで160センチ無さそうだった。


 お姉さんは手に手帳を持ち、男の子はグラスを二つのせたトレイを持っている。 


「お待たせ。暑かったでしょ」

 お姉さんはそう言うと、向かいの席に座った。

 男の子は無言でグラスを私と御姉さんの前に置く。


「ありがとうございます」

 軽く会釈すると男の子は無言で会釈を返し、お姉さんの後ろに立った。少し無愛想な子だ。顔はかわいい作りをしているのに、薄い表情のせいで冷たい印象を抱いてしまう。残念だ。


「じゃあ話を聞く前に自己紹介を済ませようかな。私は小鳥朱音(ことりあかね)。こっちの小さくて無愛想なのが私の助手の(くろ)。宜しくね」

 紹介され、玄君はまた会釈をした。二人の自己紹介が終わり今度はこちらが名を名乗る番なのだろうが、私は不安げな顔をしながら質問をした。


「あの……今日は朱音さん以外の先生はいらっしゃらないんですか?」

 先生とは、霊能力者の先生はと言う意味だ。


「今日はって言うよりも、私と玄の二人でやっている事務所だから他には誰もいないわよ」


「えっ」

 思わず声が出てしまう。私の中の霊能力者の先生のイメージは祈祷師やエクソシストだった事もあるが、朱音さんが霊能力者のようには思えなかった。


「予想外だった?」

 驚かれるのは慣れているといった感じで、笑みを浮かべ聞いてくる。


「その、思っていたよりもずっと若い先生だったので、少し……」


「あは」

 私の友達が笑う時とは違う、艶っぽい笑いをする。もしかしたら二十才前後に見えるがもう少し年上なんだろうか。

「若いか。幾つくらいに見えたかな?」


「えっと……二十歳くらいに見えます」

 最初に思った歳を正直に答える。


「もっとずっとババアだよ」

 ぼそりと玄君が呟く。


「ババアって言うな」

 お姉さんは後ろを向くと語気を強めて言い、くるりと向き直り私に優しい笑みを向ける。

「とまあ、私は見た目よりも歳いっているから、経験浅い訳じゃないから、安心して相談して平気よ」

 私の不安を取り除くような優しい笑みを向けてくると、まず最初に私の名前を訪ねてきた。


「青居です。青居青歌(あおいせいか)って言います」


 朱音さんは手帳に私の名前を書き出す。

「漢字だとどう書くの?」


「えっと、赤青黄の青に、鳥居の居。青歌は名字と同じ青に歌です」


「なるほど。なるほど。青が二つ入るの珍しいね」


 それは昔からよく言われていた。

「親が再婚しまして」


「あー、そっか」

 聞いちゃいけなかったと言う思いからか、朱音さんはポリポリと額を掻いた。


「いえ、慣れてるから大丈夫です」

 私は平然を装いながらグラスに手を伸ばす。

「いただきます」

 中は冷えた麦茶で、少し乱れた心が落ちつく。


 私の気持ちが落ち着いたのが分かったのか、朱音さんはお茶を一口飲むと「さて」と、本題に入った。

「今日はどうしたのかな?」


 私はテーブルに置かれた用紙を持つ。

「あの、ここに除霊料と書かれているんですが……除霊って本当にできるんですか?」

 私が今日ここを訪ねてきた理由は相談ではなく、助けてほしいからだった。友達を。真美を助けてもらいたかった。


「可能かどうかは話を聞いてみないと分からないわね」

 私の真剣さが伝わったのか、朱音さんは顔から笑みを消す。

「話してちょうだい」


 私は一昨日あった出来事を思い出しながら話し出す。

「こっくりさんをしたんです。一昨日の放課後に友達三人と。高校二年にもなって馬鹿みたいなんですが、友達の一人がその……霊感が強い子がいて、最近私が悩んでいるから、悩みを解決するためにもこっくりさんしないかって言われて……気晴らしくらいにはなるかなって思って、遊び半分で参加したんです」


 私の話を手帳に書き込む。


「こう十円玉に三人で指を置いてこっくりさんを呼んだんです」

 十円玉に指を置くジェスチャーを交えながら話す。

「最初は誰々が好きなのかとか、テストの範囲とか下らない質問をしていたんです」


 そこで朱音さんは口を挟んだ。

「その時十円玉は動いた?」


「はい。動きました。でも……その時は一緒に参加した加奈子ちゃんが動かしていたと思います」


「こっくりさんとかはテーブルターニングって言う世界的にもポピュラーな占いの一種なんだけど、そのほとんどが意識的に動かしているケースなのよ。中には自己催眠にかかって無意識に動かすって言う珍しいケースもあるけれど、どちらにしてもほとんどは人の力で動いているわね」


 そのくらいの事は私も知っていた。

 しかし、一昨日の出来事は決して私達の誰かが動かしたとは思えない。「でも」と、私が反論しようとしたところ、朱音さんが口を開いた。 


「けど、ほとんどであって、全てではない。こんなところまで相談に……それも除霊があるか聞いたくらいだから何かあったのかしら」

 安心して話してと私に語りかける。


「はい。私が質問する番になって、こっくりさんに聞こうとしたら……十円玉が冷たくなっているように感じたんです」


 ピクリと朱音さんの眉が揺れる。

「冷たくってどれくらい?」


 どのくらいか聞かれ、私は麦茶の入ったグラスに視線を移す。

「氷を触っているような感じでした」


 さらさらと手帳に書き込む。

「それから?」


 それからと聞かれ、一昨日の出来事を思い出すと、熱い部屋だと言うのに、寒気を感じた。恐怖が戻り嫌な汗をかいているのが分かる。


「質問もしていないのに……十円玉が動き出しました……にえって」


「贄……ね」

 加奈子とは違い、しっかりと漢字変換できているようだ。


「それで怖くなって加奈子……参加した子の一人が逃げたんです。私も逃げようとしたんですけど……私ともう一人の指が十円玉から離れなくなったんです。そうしたらさっきまではゆっくり動いていた十円玉が、凄い勢いで動き出して……何度も……贄寄越せって言ってきたんです」


「離れないに、速く動くね」

 また手帳に書き込む。

「確かに心霊現象だと思って、恐ろしく感じるのも分かるわね。それで終わりかな?」


 私はその物言いに引っ掛かった。心霊現象だと思って? これじゃあ心霊現象など起きなかったような言い方だ。

「その後なんですが、教室の窓がガタガタと揺れだして、バンって音が教室に響いたんです。そうしたら、指が離れるようになって、私と友達は教室から飛び出しました」


「ポルターガイストが起こって、指を離したと」

 手帳に書き込むと、少し険しい顔をする。

「指を離したって言ったけど、こっくりさんを帰さずに離したのかな?」


「はい……。怖くてパニックになって……」

 一昨日はパニックになり、私は鞄も置いたまま教室を飛び出し、上履きのまま家まで走って帰った。


「それで教室を飛び出したから、昨日真美に……霊感がある方の子に一緒に鞄を取りに行かないかって電話をしたんです。そうしたら何度かけても電話にでなくて……加奈子に連絡を取って学校に行く前に、真美の家に寄ったんです……」


 思い出しながら話していると、恐怖のあまり歯がガチガチと鳴りだした。お茶を一口飲み、落ち着こうとグラスに手を伸ばしたが、握ったグラスがガタガタと揺れ、半分ほど減ったはずの麦茶が溢れそうになる。


 朱音さんがすっと手を伸ばし、私の手を握る。

「憑かれていたのね」


 朱音さんの手はビックリするほど冷たかったと言うのに安心感があり、心が落ち着いていった。


「真美のお母さんに聞いたら、一昨日帰ってきてから様子がおかしくなったみたいで、突如奇声を発するようなんです」


「実際にその子には会ったの?」


「会えませんでした。暴れるようで危ないからって言われて、部屋の前で少し話をしただけです。けどあれは真美じゃありませんでした。同じ声なのに、いつもよりずっと低い声で、私達に贄寄越せってずっと繰り返してきたんです。ドアを爪で引っ掻いているのか、ずっとガリガリって音もしていました」


 あの低い声は真美の声とは思えなかった。一音一音に恨み辛みを込めるような、思わず耳を塞ぎたくなる声を真美が出せるとは思えなかった。


「狐憑きか……」

 朱音さんはぼそりと呟く。


 狐憑きは私も知っている単語だった。狐にとり憑かれたかのように錯乱し叫んだり暴れたりする症状だ。


 確かに真美の症状はそれだった。

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