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第十六話 表札

「お姉ちゃん?」

 黙りこんだ私に、千代ちゃんが心配したかのように袖をくいくい引く。


「ごめんね黙っちゃって」

 答えは私の中では最初から決まってたんだ。血の繋がりがあろうが無かろうが私を育ててくれたお父さんには変わりはないんだ。お風呂に入れてくれ、眠れない夜は一緒に寝てくれて、授業参観にも休まず来てくれたお父さん。


「かかもととも大好きだよ」


 私は答えると自然と笑みを浮かべた。家に帰ったらまずはお父さんに謝ろう。そして言おう。血が繋がっていようがいまいが、私にとってお父さんはお父さんだけだよって。


 私が謝ることを心に決めると、家の近くのバス停の名前が呼ばれたので、私はボタンを押す。


 車内アナウンスを聞きながら私は千代ちゃんに聞いた。

「千代ちゃんはどこまでいくの?」


「わかんない」

 答えると、少し俯き手鞠を見る。学校にいれない以上、いく場所がないと言う感じなんだろうか。

「けど、かか探しに行くの」


「そっか。見つかるといいね」

 生け贄に差し出す母親なんか見付からないで欲しいと思いながらも私は言った。


「うん」

 千代ちゃんが答えると、最寄りのバス停が案内された。私がボタンを押すと、次停まりますとアナウンスされた。


「お姉ちゃん次で降りるんだけど、千代ちゃんはどうする? 一緒に降りる?」

 私が聞くと千代ちゃんは窓の外をじっと見つめ、持った手鞠をぎゅっと握りしめた。


 首を左右に振る。


 バス停が近づき速度を緩める。

「それじゃあ、お姉ちゃん行くね」

 千代ちゃんが幽霊じゃなければ家に連れていったりしたかもしれないが、幽霊を連れていく勇気はなく、バスが停車するのを待ち、一人席を立った。

「千代ちゃんまたね」


 また会えるかは分からないが、私は小声で耳打ちし、横を通り抜けようとする、千代ちゃんが私の袖を掴んだ。


「行っちゃうの?」

 振り向くと、千代ちゃんの目に怯えの色が現れていた。

「行っちゃうの?」


 また千代ちゃんが聞いてくると、『お降りの方はいらっしゃいませんか』と、アナウンスが流れた。

「あっ、降ります」

 運転手さんに向かい言う。


「ごめんね。とと待ってるからお姉ちゃん行くね」

 一人で心細そうにしている千代ちゃんに謝ると、千代ちゃんは袖を離して俯いた。


 小さな千代ちゃんを一人にすることに罪悪感を感じながらも、私はお父さんにどうしても謝りたく、バスを降りた。


 遠ざかるバスを私は見送ると何気無く空を見上げた。空には夜が訪れ始めていて、青が黒に呑まれようとしていた。

 嫌な空模様だった。


 千代ちゃんの顔と空模様に何故だかわからないが胸騒ぎを覚えながら歩を進め家に向かった。


 足に疲れも覚えないような短い距離を進み私は家に帰ってきた。


 築年数四十年を越える、二階建ての古い家が私の家ーー正確にはおばあちゃんの家ーーだ。今日一日は色々な事が起きたので家に帰ってきた安心感からか、疲れが襲いかかり体がずしりと重くなった。


 お父さんと話をする前にお風呂に入って疲れでも取ろうかな。

 そんなことを考えドアノブに手を伸ばした時に私はあることに気づいた。

「あれっ? 表札が……ない?」

 ドアの横には表札があったことを示す、四角い跡が残っていた。


 辺りをキョロキョロ見回してもどこにも落ちていなかった。

 私は風で飛ばされでもしたのだろうかと思い、後でお父さんに話しておこうとかなと然程気にも止めずにドアノブを捻った。


「ただいまー」

 と、いつもよりも大きめの声で言い中に入ったが、お父さんからの返事はなかった。

 今日は仕事も休みだし、駐車場に車もあった。玄関には靴もあるので留守と言うことはないだろう。


 普段口喧嘩をしても返事をしてくれるのに、今日はどうしたのだろうかと思い、扉を閉めると、ピシッと言う異音と共に家の空気が重く淀んだ。


「……ひぃっ」

 思わず声が出てしまった。私はこの空気を知っていた。真美の家で……学校で……私はこの空気を浴びていた。

「なんで……なんで……家が……」


 私の思考は理解のできない状況を前に完全に停止した。

 真美の家でも学校でも怪奇現象が起こる場所と認識はしていたから、心の準備は出来ていた。けれど、私の家は怪奇現象等とは結び付くような点は思い付きもしなかったし、ましてや家で何かが起こるかもしれないなど考えることもしなかった。


 どうすればいいんだ。私はその場でただただ固まり続けた。

 遠くから聞こえる時計の秒針が進む音が時の経過を教えてくれた。


 無意識でかいていた汗が顎を伝い足下に落ち、ピタンと小さな音を立てた。音に釣られ下を向くと、並べられた靴の横に落ちている二つの木片に気づいた。


 あれは……表札? 


 家の中にある理由も、割れている理由も謎で、私は重い空気を掻き分けながらしゃがみこみ、表札を拾った。


「……えっ」

 裏にざらついた紙の感触を感じとり、表札をひっくり返した。割れた表札の裏面には半分に別れた御札が貼られていた。


 慌ててもう一枚拾うと、御札の片割れが貼られていた。


「……ッ!」

 なぜ御札が、表札の裏に貼られている理由など考え付きはしなかったが、御札が半分に別れていることから、危険だと言うことには私でも気付くことが出来た。


 ここは……この家は危険だと身体中の細胞が警鐘を鳴らし、私は表札を投げ、家の外に出ようとドアノブを捻った。


 間違いなく、力を込め捻ったはずなのに、ドアノブは微動だにしなかった。

「……ッ!」

 鍵なんか掛けていないし、もし掛けていても多少はガチャガチャと音がするはずなのに、音も一切しなかった。学校の昇降口と一緒だ。間違いない……家の中に何かいると私は確信した。


「なんで……なんで、なんでなんでなんでなんで」

 歯をガチガチ鳴らし私は言い続けた。

 こっくりさん騒動は全て解決したんじゃなかったのか? 

 全て終わった筈なのに……なんで私の家でこんな事が起きてるんだ。恐怖でパニックになりかけた私の脳に、帰り際の玄君の一言が再生された。


『電話してね』


 ここから出れなくても、助けを呼ぶ事は出来る。私は携帯を取りだし画面を操作する。

 指が震えるせいで何度も操作を誤りながらも、私は孤独の少年の番号を押した。


 トゥルーと言う電子音が鳴る。早く、早く出てくれ。私は祈りながら電子音を聞き続ける。


『……はい』

 玄君が出た。


「助けて」

 私の第一声はそれだった。


『青歌?』

 風の音と共に玄君が聞いた。


「開かなくなって、表札に御札が、割れて、家が変なの。助けて。なんで……どうして」

 文脈もメチャクチャに私は早口に言った。


『今……ど…………』

 玄君が何か答えてはいるが、ザザザと電波が遠くなったようなノイズが入り、聞き取ることができなくなった。


「玄君? 玄君? ねえ! 聞こえないよ」


『…………ど……プッーー』

 ノイズが大きくなると、突如電話は切れツーツーと電子音が続いた。


「玄君? 玄君?」

 呼び掛けても返答はなかった。再度かけ直そうとしたが、携帯のアンテナが圏外と表記され、繋がることはなかった。


「……どうして」

 呆然と携帯を見ていると、言うの奥からゴトンと言う音が聞こえた。

「ひぃっ」


 不意な音に私は体を震わせた。家の中に私以外の何かがいる事を証明する音に、私の体は反応し、腕にも足にも鳥肌を立てた。

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