第十三話 霊能力
「本当に……終わったんですか?」
「ええ」
朱音さんが答えた。
「玄が出てきた以上、終わりで間違いないわ」
頭から手が離されたので、私は立ち上がり恐る恐る中を覗くと、そこには化け狐の姿はなかった。
「さてと」
と、呟き朱音さんは立ち上がり、教室の中に入り込む。
「あー、気に入ってたのに」
無惨にもボロボロにされた鞄を手にし、苦々しく唇を尖らせる。
「……すいません」
私が落としたせいで引き裂かれたんだ。廊下から中にいる朱音さんに頭を下げる。
「青歌ちゃんは謝らなくていいのよ。これは私の不注意が招いたことなんだから」
「不注意じゃなくて、修行不足」
ぼそりと玄君が言うと、朱音さんは満面笑みを玄君に向けた。
「なにか言ったかな?」
笑顔だと言うのに私の背には嫌な汗が流れた。
「……何も」
玄君は無表情で机を掻き分けながら、落ちていた木箱と刀を拾うと、刀を鞘に戻ししまった。
「さてと」
と、呟くと床を見渡した。
「あったあった」
屈んでなにかを拾うと朱音さんと玄君は二人並んで廊下に出てきた。朱音さんの手にはルーズリーフの紙が握られていた。
「それは……」
私は紙をちらりと見ると胸が苦しくなった。
「うん。こっくりさんに使った用紙で間違いはないよね」
「真美が用意した紙で間違いはないです」
私が答えると、朱音さんは紙をまじまじと見た。
「やっぱり。これじゃこっくりさんをやっても悪霊どころか、低級な動物霊すら呼び寄せる事は出来ないかな」
そう言うと紙を玄君に手渡した。
「紙自体は危険はないけど、念のためにね。玄お願い」
玄君がこくんと頷くと、紙は独りでに燃え始めた。今日は不思議な事がてんこ盛りだったので私はもう驚く事はしなかったが、火災報知器が鳴らないかだけは心配した。
無事燃え尽きると、朱音さんはさてとと呟き、先生の顔を覗き込んだ。
「青歌ちゃんはさ、今回の出来事がなぜ起きたのか、その訳を知りたい?」
私を見ずに聞いてきた。知りたくないと言えば嘘になる。どうしてあんな妖が私のクラスに現れ、真美や先生がこんなにも苦しんだのかが知りたくてしょうがなかった。
「知りたいです」
私が答えると朱音さんはそうとだけ答えた。何処か迷っているよな響きを含んだ二文字の言葉を。
「じゃあ、その答えを知るために最も必要なものを取り出しましょうか」
朱音さんは玄君を手招きする。
「この子が呑み込んだ供物を吐き出させてもらえる」
「供物?」
玄君はなんの事かわからないといった感じで聞き返す。
「化け狐に憑かれた時に呑み込んだようなのよ。十円玉を」
玄君はそれで察したようで、ボロボロのバックから札を取り出すと、念じながらくしゃくしゃと丸め、先生の口を開かせ、中に押し込んだ。
「……! 何をッ」
驚き声をあげると、先生はカハッと声をあげ丸めた札と一緒に十円玉を吐き出した。
「先生!」
私は呼び掛けたが、先生は数度咳き込むと、また静かに眠りだした。
「その子も医者に見せなくちゃならないし、話を進めましょうか」
転がった十円玉をハンカチで持つと表面を拭って玄君に手渡した。玄君は掲げたりじっと見つめたりするとなるほどと呟いた。
「答えは全てこの十円玉に隠されていたのよ」
私は十円玉を玄君から受けとり、じろじろと見る。しかし何処にでもある普通の十円玉にしか見えなかった。
「先に玄に聞きたいんだけど、宝林寺に祀られていた化け狐の事なんだけど、文献は残っていた?」
宝林寺とはこの場にあったと言う話のお寺の事だろう。
「江戸時代に武家の娘を祟り殺して僧正に封じられたって伝承が残ってた。この宝林寺はそれを沈めるために出来た寺だね。朱音が旧校舎に結界を張ったときに調べた記録に乗っていたよ」
「うーん」
唸ると思い出そうと上を見上げていたが、諦めたのか顔を戻し忘れちゃったと舌を出した。
「でも、流石に私が来た時に化け狐がいたら、そのままにはしないと思うけどな」
「朱音が来た時にはこの場所は中庭で、化け狐を祀った社は残っていたようだよ。社があったから見逃したんじゃないかな。ただ、十五年前この校舎が出来た時に祟りが起きたみたいで、近くの霊能力者が鎮めて結界を張り封印したらしいよ」
玄君は誰かから聞いたかのように語った。
「封印はされていたから今まで特に問題が起きなかったのね」
朱音さんは真剣に耳を傾け、何やら考え出した。「……」
真剣考え込むと、無言の時が過ぎ、廊下に先生の吐息だけが響いた。無言の間に堪えられず私は口を開く。
「あの、化け狐が封印されていたなら、どうして現れたんですか? やっぱり何処か緩んでたり綻んでいたんですか?」
「現れたのは封印が破られていたから。そうでしょ?」
朱音さん聞くと、玄君はこくんと頷いた。
「やっぱりね。青歌ちゃんは私が事務所で言った、不十分な陣でもこっくりさんを呼び出す方法二つとも覚えている」
唐突な質問だが、数時間前の事なので、私は直ぐ様思いだし答えた。
「一つが、参加したものが霊能力者。もう一つが参加したものが始めから取り憑かれていた……ですよね」
「ご名答。なぜ封印が破られていたか。答えは前者。参加者が封印を施したものの力を越える霊能力で、より強い力で降霊術を行ったからなのよ」
「……ッ!」
予想もしない答えに私は驚いた。
「その化け狐が大事そうにくわえていた十円玉が降霊術の触媒になったのよ」
私が持つ十円玉に視線を送る。
「玄になら分かるでしょ。それに強い霊力が施されていることが」
玄君はこくんと頷いた。
「じゃあ……真美があの化け狐を呼び出したんですね……」
私がきゅっと拳を握り締め言うと、朱音が悲しげに首を振った。真美じゃないの? 霊感が強い真美じゃなければ誰が化け狐を呼び寄せたと言うんだ。私が瞳に理解できないと描き視線を向けると、朱音が躊躇いがちに口を開いた。
「先に言っておくけれど、化け狐とは別名妖孤と呼ばれるものなの。妖孤は神通力と呼ばれる霊力を宿していて、その力は尾の数に比例するのよ」
尾の数に比例してと聞き、私は朱音さんの尾が一本であって欲しいと言う言葉を思い出した。
「妖孤の尾は一から九まであるけれど、大抵の妖孤は尾が一本なのよ。私が除霊してきた妖孤もほとんど一本ね。中には二本や三本って言う妖孤もいたけれど、それは伝承にも残るような大妖怪だったわ。けれど今回の化け狐は録な伝承も残っていないような妖だったと言うのに尾が二本もあった。あれは霊を食い漁ったからだけではなく、その十円玉から送られた霊力を喰らってあそこまで成長したのよ」
話を聞き私は嫌な予感がしてきて背に汗をかいた。化け狐の言葉が頭をよぎる。供物の主食う。
「実は……私は薄々気づいていたのよ。弱い霊を見ることが出来て、言葉を聞くこともできる。そして決定付けたのは札を使ったから。……霊力がなければ決して使えない札で化け狐を怯ませた。そんな人が降霊術を行った結果、結界を壊し化け狐を呼び寄せ力を与えた」
耳を塞ぎたかったのに、私の体は痺れ、身動き一つ取ることが出来なかった。それじゃあ、真美が取り憑かれたのも、先生が取り憑かれたのも、朱音さんが怪我をしたのも……。
「化け狐の封印を解いたのはあなたよ青歌ちゃん」
真美を助けてもらうように依頼したとき、私にも原因があるからと朱音さんに言ったが。原因の一旦は私にある?
違う。原因は全て私にあったのだ。