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第十一話 神通力

「……ダメ?」

 私が聞き返すと、苦しんでいたはずの化け狐が額の札を掴み剥がした。

「なっ」


「ギャァァア」

 雄叫びをあげ、化け狐は胸に貼られた札を剥がす。


「二枚も貼ったのに、体から追い出せないどころか、引き剥がされちゃうなんて……予想していなかったわ」

 朱音さんは肩を押さえ立ち上がると化け狐を見据え、ポケットから札を取り出す。


 その時私の目はしっかりと捉えていた。札を持つ手を染め上げている血を。


 化け狐はまた机の上に飛び乗ると、両手を机の上に着く。その右の指先には血が付着していた。

「ぐぅぅぅ」

 唸り声をあげると顔に歪んだ笑みを浮かべる。唸り声もどこか嬉しげのように聞こえた。


「札二枚じゃ少し力不足。玄もまだ来ない。となると斬って除霊をするしかないけど……脅して出ていくたまじゃなさそうだし……となると……」

 現状確認のために呟いただけのようだが、近くに立っていた私にはその声が届いてしまった。

 どんな手が残されているのか耳を傾けると、不意に化け狐が唸るり、手を喉に当てた。


「……よ……わい……」

 化け狐が喋った。今までの唸り声とは違い、ハッキリと人の言葉でだ。一瞬聞き間違いだったんじゃないかと思ったが、化け狐はまた続けた。

「弱い……術師……弱い……贄……」


 贄と言う単語に私の胸がどくんと跳ねる。間違いない。こっくりさんの時、十円玉を動かしたのは、この化け狐だ。

「力……贄……贄……」


「随分生け贄にご執心のようですね」

 鞘からパッと手を離し、落下していく刀の柄を掴み片手で抜刀する。


「弱い術師と……お前喰う」

 お前で私に大きく見開かれた瞳を向ける。

「尻尾……増やす」


 すると化け狐の背後からふわふわと靄のようなものが上がっていく。


「……ッ。一本であって欲しいわね……」


 朱音さんの独り言に私は聞く。

「一本?」


 朱音さんは答えなかったが、なんの事を言っていたのかは直ぐに分かることになった。

 化け狐の背後から上がる靄はどんどん形作られていく。そして気付くと黄色の毛並みの綺麗な二本の尻尾へと変わっていた。


「二本か。厄介ね」


 大きく長い尻尾がゆらゆらと揺れると、教室の窓がガタガタと音をたてる。すると机椅子教卓がカタカタと揺れだしふわりと宙に浮く。


「ポルターガイストっ」

 真美にとりついた悪霊も物を浮かしていたが、その大半は本だった。しかしこの化け狐が浮かせたものの大半は机と椅子だ。もしこれが一斉に飛び掛かって来れば……一斉に飛び掛かって来られるところを想像し私はぶるっと体を震わせる。


「化け狐の場合は神通力って言うのよ」

 私の発言を訂正すると、札を挟み込んだまま指先を刀の刃に這わせる。刀がぼんやりと青白く輝く。

「尾が二本もあると言うのに、なぜそんなにも生け贄を欲するんですか?」


 教室中の机椅子が浮かび上がる中、朱音さんは化け狐に切っ先を向ける。


「贄……供物じゃ足りない……贄……」


「青歌ちゃん私の後ろに」

 ボソッとあかねさんは呟く。

「撤退するわ」


「……!」

 撤退。つまり逃げると言うことだ。この妖がそれほど強いと言うことなのか。

「真美にとり憑いた悪霊みたいに、斬って除霊出来ないんですか?」

 朱音さんの背後に隠れながら、私も合わせて小声で聞く。


「体から追い出せないと斬って除霊出来ないのよ。これは人の体にはただの刀と同じだもん」


「……!」

 確かに朱音さんはこの刀で椅子を切っていた。


 けれどさっきはこの刀は悪霊しか斬れないと言っていたじゃないか。私はどう言うことだと混乱しかけると、進学校で磨いた記憶力がほんの一時間ほど前の記憶を呼び戻した。


 悪霊しか斬れないなんて言ってなかった。悪霊しか斬らないと言っただけだ。


 つまりこの刀は人も斬れる刀なのか。


 先生を斬れるはずなかった。斬れば斬れる。斬れば殺せる刀なのだから。


 私は、朱音さんのとなるとに続く言葉が分かってしまった。となると……逃げるしかないんだと。朱音さんは斬れない刀と、封じるには力不足の二枚の札を構え、浮いた椅子達を警戒しながら化け狐を見据えた。


「霊を食い散らかしてなおまだ生け贄を欲するのはどうしてなんですか?」

 朱音さんは化け狐に話し掛ける。逃げるタイミングを計るためと、玄君が来るまでの時間を稼ぐためだと私には分かった。


「力欲しい……餌じゃ足りない……供物の主……贄……」


 供物とは何なんだと思っていると、化け狐は一度えづくと、口を明け舌を出した。距離はあるが、私にはその舌の上に乗っているものをとらえることが出来た。

 化け狐の舌の上には十円玉が乗せられていた。十円玉なんてどこにでもあるが、多分あれは……こっくりさんで使った十円玉だ。


「供物の主……喰う。もっと力を……」


「なるほどね。少し分かってきたわ。ここまで力がある化け狐を私が見逃していた訳が……」


「喰う。お前喰う。尾を。喰われない。喰う。喰う。喰うぅぅぅ」

 化け狐が腹の底を響かせるような、おぞましい雄叫びをあげると、椅子が机が私達に向かい飛び掛かってくる。


「きゃぁッ」

 私は悲鳴をあげ、朱音さんの背に隠れる。


「大丈夫!」

 机を刀で切り裂く。斬られた椅子机が力を失ったように、物理法則に導かれ、床に落ちガタンと音をたてる。

「数が多いわね!」


 私の学校は一クラス三十人。つまり合わせて六十の椅子と机が浮いているんだ。刀一本で防ぎきれるものじゃなかった。朱音さんが机に押されて、一歩一歩後退する。合わせて私も下がるとら、背中が黒板にぶつかった。もう後ろに引くことは出来なかった。その事が分かったのか、朱音さんは飛びかかる椅子を切り落としながら叫んだ。

「逃げるわよ! 走って!」


「ハイッ!」

 私と朱音さんは、入り口側に体を向け走ろうとした。しかしその時、机が一斉に入り口の戸目掛けて飛び掛かって来た。


 私達は戸に向かう動きを止める。そのまま走り抜けようとすれば、何十もの机の嵐に体を打たれる事になっていただろう。

 机は戸や壁にぶつかり轟音をたてながら、折り重なっていく。


「……ッ!」

 それはまるでバリケードのようだった。いや、この入り口から外に出ることは不可能になった以上、バリケードで間違いないのだろう。


 逃げられないと言う現実が心をズタズタに切り裂く。


「閉じ込められた……」

 私は出ることが出来ない入り口を呆然と眺めていると、入り口を塞いだ机の一つがカタカタと揺れ、一台が飛んできた。


「しまっーー!」

 朱音さんが私の前に体をいれながら刀で机を受けるが、咄嗟の事で反応が遅れたのか、受けきれず私諸とも弾き飛ばされた。


「キャッ」

 私は背中から床に倒れ、声をあげる。弾かれた衝撃で私の手から鞄が飛んだ。朱音さんの大切な道具が入っているんだ、拾わなきゃ。そう私の心は叫んだが、私の体はピタリと動きを止めた。化け狐と目があったからだ。


「青歌ちゃんごめんね。油断したわ。怪我はない?」 

 私と化け狐の間に庇うように体をいれる。


「いえっ……大丈夫です……」

 私の目には今朱音さんの背しか見えないと言うのに、脳には化け狐の顔がしっかりと焼き付いていた。ネズミを追い詰めた猫……いや、猫を追い詰めた狐のような顔を。

 追い詰められた事に私は気づかされてしまった。


「贄。逃がさない。贄」

 化け狐は十円玉を呑み込むと、舌なめずりをした。その目はしっかりと私に向けられた。


「ヒィィ」

 ぞわぞわと悪寒が走り身体中の産毛が逆立つ。

「あっ、朱音さん。どうするんですか?」

 背にすがり付き聞く。


「玄が来るまで……私がなんとか時間を稼ぐわ」

 朱音さんは先程から何度も玄君が来れば大丈夫だと取れるような事を言っているが、私にはあの小さな男の子一人増えてなんとかなるようには思えなかった。


「本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫。玄は……孤独の少年だから」

 私にはその字面からは大丈夫さを読み取ることは出来なかったが、朱音さんの声には確かな信頼感が感じられた。

「さてと。時間稼ぎといきますか」


「贄。喰う。喰う。喰う。喰う」

 化け狐は涎をだらだらと滴続けながら私達を見据えた。

 またふわふわと浮かぶ机や椅子が、雪崩のように襲いかかってくる。


「さて、どれだけもつかしーーらッ」

 朱音さんはポケットから札を二枚取りだし、床に叩きつけると、刀で札を突き刺す。

「護れッ」


 飛んでくる机達がぶつかると思った瞬間、机が見えない壁にぶつかったように弾かれた。


「えっ」

 何があったかのか分からず私は声をあげる。私の前には間違いなくなにもないと言うのに、机が次々と弾かれる。


「青歌ちゃん外に出ちゃダメよ……」

 朱音さんは刀を突き立てた体勢のまま言った。


 外とはどう言うことだと思うと、刀を中心に半径一メートル程の青白い円が床に描かれているのが見えた。これは……。

「結界ですか」


 聞くとご名答と言う答えが返ってきた。


 凄い。

 こんな切り札を取っておいたのか。


 私の目は確かな希望を見つけ輝き出していた。対照的に化け狐の目からは忌々しいものを見るような、怒りと嫌悪感が現れていた。


「凄いです。これなら玄君が来るまで時間が稼げますね」

 少し明るさの現れた声で朱音さんに話し掛けると、返ってきた答えは私の声から直ぐ様明るさを消した。


「そうだと……助かるわね」

 答えだけでなく、声まで暗かった。それどころか、話す朱音さんはマラソンを走り終えた後のように、息が荒かった。


「朱音さん……?」


「はぁ……はぁ……」

 荒い息を続ける。

「また……玄に嫌みを言われるわね。ごめんね。これは……そんなに長く持たない上に……体力をごっそり持っていかれるのよ……」

 私をちらりと振り向くと、申し訳なさそうな笑みを向ける。

「符術も苦手だけど……結界術はもっと苦手なのよ……」


 化け狐に聞かせないようになのか、疲れのせいかは分からないが、朱音さんの声は酷く小さなものだった。


「こんなことなら……符術をしっかりと習っておけば良かったわね……」

 苦々しく歯を食い縛る。


 これは奥の手と言うよりは最後の手段だと言うことに私は気づいた。


 あと、どれだけ持つのかは私には正確な時間は分からないが、朱音さんの肩が上下しだしたことから、そう長く持たないことが分かった。


 もうダメなのかと思い、今日何度目かも分からぬ涙で頬を濡らすと、ヴーヴーと言う音が教室に響いた。携帯がなった音だ。


 私は携帯をしまった飛ばされたバックを探すと、静かに震えていた。


 私がバックに気付くと、化け狐が音の元にバッと顔を向け、黄色い尻尾を振るった。

 床が砕ける破壊音と共にバックが宙に舞う。


 床にバックが落ちると、もう携帯の振動音はしなくなっていた。床が砕かれるほどの衝撃が走ったのだ、携帯が壊れないはずがなかった。


 電話はきっと玄君からだったはずだ。出れていれば……私がバックを手放していなければ、玄君に助けを頼めたと言うのに。


 手から離れたのはバックだけではなく、蜘蛛の糸だった。


 私が呆然とバックを眺めていると、クスッと朱音さんが笑った。

「やっと……希望が見えたわね」


「希望?」

 私は聞き返す。


「ええ」

 息は荒いままだが、声には明るさが戻っていた。

「青歌ちゃんだったら……携帯が繋がらず突然切れたら……何かがあったと思うんじゃない?」


「……!」

 離れたと思っていた糸が目の前にまだ残されていた。


 すると化け狐が何かに反応したかのように辺りをキョロキョロ見回した。


「校内に……入ったようね」

 化け狐に向かい話し掛ける。

「玄は私や青歌ちゃんみたいに、あなた程度の神通力で惑わすことは……出来ないわよ」

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