プロローグ
人差し指を重ねて置いた十円玉の動きに加奈子がきゃあきゃあとはしゃいだ声をあげる。
「静かに」
真美が真剣にやりなさいと目で訴える。
「ごめんね」
謝ると私を向き舌を出しおどけてみせる。
「次は青歌の番だよ」
と、真美が言ったので私は質問を考える。
こっくりさんが答えをくれるとも、実際に十円玉を動かしているとも思っていなかったけれど、私は質問を決めた。
「決まったよ」
五十音と0から9までの数字や、鳥居が書かれたルーズリーフを見ながら私は言った。
「じゃあ、聞こう」
真美は真剣な目をしながら言った。
「うん」
返事をし私は心を落ち着け、鳥居の上に置かれた十円玉に集中する。
「こっくりさん、こっくりさ……」
こっくりさんを呼ぶ途中で私は言葉を止めた。
「どうしたの?」
加奈子が不安げな顔を向けてくる。
「この十円玉ってこんなに冷たかった?」
いくつも質問をしてきたからか、体温が移り十円玉は生ぬるくなっていたはずなのに、今は氷のように冷たく感じた。
「気のせいでしょ」
真美はそう答えたが、冷たさに気づいたのか顔がひきつっている。
「ねえ真美。もう辞めようよ」
怖さで目尻に涙を溜めながら加奈子は懇願する。
「ダメよ。ちゃんと質問してから帰ってもらはないと大変なことになるんだよ」
語気を強め真美は私達に言う。
「早く質問して」
「うっ、うん」
と、私が返事をした時、ずっと十円玉が動いた。
「ひぃっ」
加奈子が声にならない悲鳴をあげる。
「ねえやめてよ。誰動かしたの?」
「私じゃない」
答えて真美に動かしたか目で聞く。
真美はブンブンと首を振り私じゃないと答える。その間にも十円玉はルーズリーフの上を動いていく。
そしてある文字の上でピタリと動きを止める。「に」と、真美は読み上げた。
「ねえ、真美ちゃんもうやめよう。もう私いやだ」
鳴き声混じりで加奈子は十円玉から指を離そうとした。
「ダメよ」
真美の大声が教室に響く。
「指を離したら、こっくりさんに憑り疲れるのよ」
真美の恐怖にひきつる顔が、加奈子に嘘偽りのない事実だと伝えた。普段ならば憑りつくなんて、そんな馬鹿げた話しを信じることはないけれど、今の私達は指先から伝わる冷たさから、信じずにはいられなかった。
止まっていた十円玉がまた自然と動き出した。
「こっくりさん、こっくりさん鳥居にお戻りください。こっくりさん、こっくりさん、鳥居にお戻りください」
真美が早口で懇願する。
しかし十円玉は鳥居とは別な方に引っ張られる。
「……え?」
止まった文字を私は口にし、一文字目と繋げて読み上げる。
「にえ」
真美の体が激しく震え出す。私も怖くなり呼吸が自然と激しくなった。
そんな私達の様子に加奈子が怯えた目を向ける。
「ねえ、どうしたの? にえってなに? ねえ、にえってなに」
にえの意味が分からないが、私達の様子からただ事じゃないと感じ取ったようだった。
真美は歯をガチガチと鳴らしながら、ボソッと答えた。
「にえは……生け贄の事よ」
「いけ……贄」
加奈子は復唱すると、絶叫した。
「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目も口もこれ以上ないほど開き叫ぶと、加奈子は十円玉から指を離し、机にぶつかり転びかけながら、教室から飛び出した。
「加奈子!」
呼び掛けながら振り返った瞬間、私の指は十円玉に引っ張られた。
「ひぃぃぃぃ」
真美が声をあげた。
「いやぁぁぁぁぁ」
私も声をあげる。
十円玉が動き私達の指を引っ張ったからだ。その動きはさっきまでの亀の歩みのようにゆっくりとではなく、猫に追いかけられるネズミのように速かった。一文字一文字止まることなく、高速で動き回る。
怖かった。
今までは辛うじていたずらや気のせいで片付けようと思えば出来そうではあったが、この現象は人が動かして出来るようなものではなかった。
「なんで。なんで。なんで。なんで」
真美は叫んだ。だらだらと涙を垂らしながら。私も歯をガチガチ鳴らしながら、涙を垂らした。
怖くて加奈子と同じように逃げ出したかったのに、私達は逃げることが出来なかった。
「なんで指が離れないの」
真美は叫ぶと、力の限り指を離そうとしていた。
けれど私達の指は十円玉に溶接されているかのように、離れなかった。
「なんで離れないの。なんで……ッ!」
私は叫びながら、指を引き離そうとしていると、あることに気づいてしまった。
「どうしたの?」
怯えに支配された目が、私に向く。
てんでバラバラに動いているように見える十円玉だったが、ある言葉を示し続けていることに気づいた。
「にっ、贄、よこせって……言ってる!」
十円玉は何度も『にえよこせ』と動き続けていた。私の言葉で真美は十円玉の動きを追い、こっくりさんの言葉に気づくと、私の人生で聞いたこともないほどの絶叫をあげた。
「やあああああぁぁぁぁぁ!」