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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紅い石段

作者: エンジン

――夕方、カイダン神社の石段を三人で手をつないで登り、てっぺんに着いた時に手を離すと、真ん中の子が神隠しに遭う。ぼくの田舎の子ども達の間で流行っていた怪談話だ。


カイダン神社というのは、ぼくの家から歩いて二十分程の所にある小さな丘の上にある古い神社のことで、本殿に行くまでに五十段の長い石段が続いている。正式な名前なんて子どもは分からないから、「階段」と「怪談」にちなんでそんな風に呼ばれていたのだ。どこの誰が言い出したのかは知らないが、村の子どもはみんな知っていて、昼間でも本殿に行こうとはしなかった。知らないのは、都会から来たガンちゃんだけだった。


ガンチャンは、毎年夏になるとおとうさんの親戚に連れられて、周りを山に囲まれたぼくらの村にやってきたのだけれど、都会育ちで、ぼくより一つ年下で背も小さいのに、すごく乱暴者でわがままだった。気に入らないことがあればすぐに大きな声を出して、自分のおかあさんに泣きつく。そうすると、吊り上がった目をしたガンちゃんのおかあさんは他のおとなの見ていない場所にぼくを連れて行き、タバコくさい息でぼくをどなり散らすのだ。


隣に住んでいたはるちゃんは、ぼく以上のヒガイシャで、長いかみの毛を引っ張られたり、おめかしを壊されたりして、いつもいつも泣かされていた。わがままを言いつつも、しょっちゅうぼくの後をついてきたりしていたところを見ると、ガンちゃんはぼくらと友だちになりたかったのかもしれない。けれど、ぼくもはるちゃんも、ガンちゃんが大きらいで、消えてくれればいいのに、と思っていた。


ある日の夕方、ぼくとはるちゃんはガンちゃんを連れ、神社へとやってきた。子どもなりに考えた精一杯のウソでガンちゃんをその気にさせた。


「三人で手をつないで階段をのぼっていったら、何でも欲しいおもちゃもらえるんやって」


そうしてぼくとはるちゃんはそれぞれガンちゃんの両手をつないで、一段一段階段を上がっていった。いくら日が暮れ始めているとは言え、夏真っ盛り。おとなでも疲れてしまう場所が小学校低学年の子どもにとって大変でないわけがなく、途中でガンちゃんは何度も足を止め「もういや!」「疲れた!」「おもちゃいらん!」とぐずった。その度にぼく達は、やれ秘密基地の場所を教えてあげるとか、隠していたおかしを全部あげるとかデタラメを言って、ガンちゃんのやる気を削がないよう、そしてその手を絶対にはなさないよう、必死だった。


じっとりを汗をかきながら一段一段ころばないようにしっかりとあるき続け、ようやくぼくらはてっぺん、五十段目までたどり着こうとしていた。ガンちゃんが出しゃばって足を先に出し、五十段目を思いっきりふんだ。


「やった! てっぺんや!」


ガンちゃんが嬉しそうな叫び声を上げた。それと同時に、はるちゃんがガンちゃんの右手をパッとはなした。少し遅れて、ぼくも左手をはなした。ガンちゃんはふらっと体勢を崩して、そのまま後ろへ倒れた。


かたい石に何度もぶつかりながら転がり落ちていく小さなからだ。きもちわるい姿勢のままうごかなくなったガンちゃんからあふれ出す、血。




ガンちゃんは死んだ。おとな達の質問に対して、ぼくは泣いてばかりでロクに答えることができなかったけど、はるちゃんはウソをついた。


「ガンちゃんが勝手についてきて、勝手に落ちていったんや」


その時のはるちゃんは恐がりも泣きもせず、すごく落ち着いていた。ガンちゃんのおかあさんにきたない言葉をぶつけられても、はるちゃんは涙一つみせなかった。結局、子ども達の間の出来事ということであまり詮索はされず、このことはうやむやに済まされた。詳しい事情はよく知らないが、元々ガンちゃん達の家族はぼくらの家族とあまり仲が良くなかったらしく、これをきっかけにして二度と来なくなった。




それから、あっという間に年月は過ぎていった。小学校を卒業し、中学、高校、僕と春香はいつも一緒だった。「はるちゃん」と呼んでいた頃から、彼女に好意を抱いていた訳ではない。あの出来事をきっかけにして、お互いがお互いを必要として絶対に離れてはならないという決まり事のようなものに、二人とも無意識に拘束され、それが成長するに連れ強くなっていった気がする。僕も春香も、あの神社へは二度と近づかなかった。ガンちゃんの話を口にすることも決してなかった。


そして僕ら二人は、結婚することになった。それを互いの両親に報せたとき、この村に伝わる習わしについて初めて教えられた。


――夕方、あの神社の石段を二人で手を繋いで渡り切ること、絶対に手を離さぬこと、さすれば、二人の将来は約束される。


おそらくあの怪談は、この話が都合のいいように組み替えられて出来たものだったのだろう。同時に、あの神社が鶴岡神社という名であること、そして、縁結びの神様が祀られていることも知った。


正直、僕は気が進まなかった。あの事件のことを知っている親戚達も「ただの形だけのものやから、別にやらんでもええ」と言ってくれた。だが、春香はこれに反対し、彼女はこの習わしを行うことに強く賛成した。両親が止めようとしても彼女は意志を曲げなかった。その熱意に押され、僕も同意せざるを得なかったのだ。




そして今、僕らはカイダン神社の石段の前に、手を繋いで立っている。周りには、誰もいない。聞こえてくるのは、カラスの鳴き声ばかり。絵の具をそのまま塗りつけたような、不気味な夕焼け。周囲の木々や向こうの鳥居を紅く染め、自ずとあの日の映像が頭をよぎる。


「準備、ええかな?」


春香の声で現実に引き戻され、僕は頷き、歩き始めた。一段ずつ、ゆっくり、足を踏み外さぬよう慎重に登っていく。


「・・・嫌いやったけど、死ぬなんて思ってなかってん」


春香がそっとつぶやき始めた。瑞々しく、繊細な声。


「いっつも髪を引っ張られるのすごく嫌やったから、神様に連れて行かれて怖い目に遭えばいい! って、すごく軽い気持ちやった・・・」


僕も、彼女の言葉に応える。


「正直言うと、あの時の春香少し怖かったんや。あんだけのことが起きたのに、泣きもせずに大人達の質問にもはきはき答えたりしてたもん」


「あんまりにも怖くて、泣くことすらでけへんかった。もしあの時本当のことを言ったら、そのまま地獄の針の山に落とされたりするんやないかって、頭の中ではずうっと震えてたよ」


涼しい秋風が、彼女の黒髪を穏やかに揺らす。


「あれ以来、ずっとガンちゃんが怖かった。何時どんな時も、ガンちゃんの幽霊がこの神社のてっぺんから私を睨んでるんやないか、私が来るのを待ってるんやないかって、そんなことありえへんって思ってても、頭から離れへんかってん」


せやから、確かめたかったと彼女は言った。


「・・・それで、この習わしをやりたかったんか」


「これ以上、引きずりたくなかったんや」


 じっと頂上を見上げたまま春香が話す、僕も同じ方向を見る。


「おらへんよ、ガンちゃんは」


「うん・・・。でも頂上まで登って、しっかり確認する」


「無理せんでもええよ」


「私のしたことは許されることやない・・・。でも、この気持ちを抱えたまま君と結婚しても、やっていかれへん」


「俺は大丈夫や。心細くなったら、一緒にいたるやんか」


「あかん! 最初はよくても、いつかこの怖さに私も君も押し潰されてしまう」


・・・だから、最後まで上がらなあかんねや。


 強い意志のこもった言葉だった。


「そうか・・・」


「・・・ごめんな」


そう言ったきり、春香は何も話さなくなった。僕は彼女の生暖かい手をギュッと握りしめた。間もなくして、彼女も僕の手を強く握り返してきた。一段ずつ、石段を着実に踏み締める。蟻にたかられた芋虫や、丸く固そうな虫食いの木の実を踏まないよう、気をつけながら。決して暑くないのに、頬を汗が伝う。ずっと前を見ているが、不思議と意識が朦朧として、視界がぼやけてくる。


隣から、春香の息づかいが聞こえてくる。昔と比べると楽になったはずなのに、あの頃よりも五十段が長く、大変なものに感じられる。だが、もうすぐだ。


四十七、四十八、四十九・・・そして・・・五十。


「やった! てっぺんや!」


その声にハッとして振り向くと、ガンちゃんがいた。頭からドロドロの肉の塊を垂らして、僕らの両手を掴んでいた。


全身を怖気が駆け巡り、僕の思考は恐怖に支配される。ヒイッと声を出して、僕はその手を強く振り払った。


春香の悲鳴がした。我に返ると、ガンちゃんはいなかった。そして、春香の姿も見当たらない。


恐る恐る、下を見る。石段の始まりで、春香がその長い黒髪を血肉に染め、大の字になって痙攣していた。


(完)



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