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第8話

 夜も更け、可愛い可愛いバンビちゃんは、夢の世界へと私を置いて行ってしまった。

 私を置いて行くなんてっ、酷いわバンビちゃん。

 そう言ったら、ハウエルに蔑むような瞳を向けられた。カチンときたので、ハウエルを厨房まで連れて行き、料理長にせがんで酒を出してもらった。私の色気とハウエルの怒気で料理長は奇妙なテンションで嬉々として酒を出してくれたのだ。私の色気だけなら料理長もいい夢見れただろうに、ハウエルときたら……。

「さあ、注ぎなさいよ」

「どうしてそんなに偉そうなんですか」

 不服そうにしながらも、私の要望通りグラスに酒を注ぐあたりハウエルも悪い奴でもない。まあ、変態だけどね。

 料理長に厨房を借りて、その場で酒盛りすることとなった。ハウエルは不服そうだが、私は上機嫌だ。

「単刀直入に聞くけど、あんたって男もいける口なの?」

 私の配慮ない質問に眉をぴくりとさせるも、戸惑いや怒りは感じられなかった。それどころか、普段バンビちゃんの部屋で見るような畏まった雰囲気が取り除かれて、柔らかいオーラを醸し出していた。

 仏頂面や気難しさは演技なのか?

「心外です。私は女性が大好きです」

「だよねぇ。私にすら発情するんだもんねぇ。私の前に来るときは欲求は解消してから来てよね」

 私に無断でキスをしたことをとやかく言うつもりはない。私自身良い思いをさせてもらったと思っているし。だが、そう何度も同じことをされるのは御免こうむりたい。

「別に欲求不満だったわけではありません。解消する方法は十分心得ていますので」

「あんたってそういうとこそつなくこなしそうだよね。体だけの関係の女性にその都度欲望をぶつけてるんだ。そして、あんたはそれらの女性が諍いを起こさないようきちんと選んでいる」

「面倒事は嫌いです」

 出来る男に多いタイプだ。女は欲望を解消するためだけに存在するものと思っている節がある。双方の意見が一致しているのなら私がどうこう言うつもりもないし、言う権利もないだろう。

「ふ~ん」

「結月様の処女を私に頂けませんか?」

「あんたみたいな男は見ただけで解るんだ?」

 日本では、夜の仕事についていた。所謂『女王様』と言われる仕事だ。けれど、男に奉仕するだけであって私の体が汚されることなく、そういう仕事をしているためか関係だけを求める男は山のようにいたがさらりと躱す術を持っていた。誰かが守ってくれるなんて幻想だと思っていた。だから、自分の体は自分で守る。何度も危機を乗り越えてきたからこんな女になってしまったのかもしれない。

 本当はずっと普通の恋愛に憧れていた。爽やかに出会って、はにかみながらデートを重ね、自然な流れで唇を重ね、そして二人の感情が高まったところで……。どこにでもある恋愛の一つみたいなことを私はしたことがない。私に寄ってくるのは、ホスト崩れのナルシストな顔だけいい男や顔は大したことなくてもテクニックに長けていると豪語する男、金に集ってくるヒモ男。その中に私が望む男はいなかった。

 だからだろうか。純粋で初心なバンビちゃんに憧れる。私の無駄に出てくる色気に食らいつくこともなく、私に色目を使うこともなく、金目当てでもない。純粋で綺麗な瞳で見つめられると私でさえも綺麗になれるんじゃないかと錯覚しそうになる。

「ええ、解りますよ。で、どうですか?」

「私を口説いてるつもり? 悪いけど、あんたみたいな男は無理。こうやって他愛ない話をしながら酒を酌み交わす。男友達みたいな存在だよね」

 別に、私は誰にも体を開かない、と思っているわけではない。でも、折角あの世界から足を洗えたのだから普通の女でいたい。抱かれるのなら好きな男に抱かれたい。漸くそんな望みを持てるようになったのだ。

「陛下とならそういう関係になりたいと思いますか?」

「そういう関係って、体だけの? イヤに決まってるじゃないの。あんなに純粋そうなバンビちゃんを私が汚すわけにはいかないでしょ。バンビちゃんは、好きな人と幸せにならなきゃならないのよ」

「陛下にキスしていたではないですか」

「えぇ、キスくらいはいいじゃない。指導係の特権て言うの? あの時のバンビちゃん見た? 超可愛いっ。絶対あの顔は忘れないわ。バンビちゃんがこの先どこのどんな女の子と結婚したとしても、あの時のあの瞬間のバンビちゃんは私だけのものよ。あんたは心配してんでしょ? 私が本当にバンビちゃんを好きになって、そういう関係になってしまったらって。でも、安心していいよ。私はバンビちゃんが可愛いの。出会った期間はまだ短いけどさ、バンビちゃんには幸せになってほしい。その相手はもっと清楚で可愛らしい女の子なんだよ。私みたいな汚らわしい女はダメなんだ。私、解ってるからそういうこと、ちゃんと」

 バンビちゃんがどんなに情けなくて弱弱しくて可愛らしくって、食べちゃいたいくらいに頬が柔らかくて、瞳は常にうるうるで、女装させたら鼻血が出そうなほど愛らしくて……、て脱線したぁ、とにかく頼りない男だろうと、魔王様で偉いわけだから私みたいな女が本気で好きになっちゃいけない人だってことは解ってる。一応これでも大人の女。分別くらいはつくのです。

「そう思うなら私のところへ来ればいい」

「なぁに、ハウエルったら私に本気で惚れちゃったわけ?」

 返事の代わりにハウエルの真っ赤な頬が図星だと伝えていた。

「可愛いなぁ、ハウエル」

 性処理だけの女を侍らせている男に可愛いもないものだが、その表情のハウエルは文句なく可愛かった。

「それは褒め言葉ではない。結月様が私のもとに来てくれるなら他の女などいらない」

 いつのまに私に惚れたのでしょう。そもそも私みたいな変態女のどこが良かったんだろう。同族だと認識したことによる親近感だろうか。

「そっかぁ、ハウエルの気持ちは解ったよ。でも、まあ一旦保留ってことで。ぎくしゃくしたりするの嫌いだし、あんたのこと何も知らないのに返事できないしね。気長に待ってて。その間、襲われるのは嫌なので性処理はすませておいてよね」

 ほ~んと、こんな女のどこがいいってんだろう、物好きめ。

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