第7話
「では、改めまして授業に入りたいと思います」
バンビちゃんが気絶してからきっちり2時間後、自力で目覚めました。その間、私とハウエルはのんびり紅茶なんぞを頂いていたわけです。紅茶呑んではバンビちゃんに関する卑猥かつ変態的な会話に終始していたわけだが、いくら騒々しく喚き立ててもなかなか意識が戻らずかなり心配もしたのだが、漸く戻ってきてくれた彼は意識を失う前の数分間の記憶をすっぽりなくしていました。
そんなに衝撃的でしたか、私たちのキスシーンは。
「そんなうぶなバンビちゃんが好きっ」
「はい?」
ついうっかり心の声が漏れてしまった私に冷たい視線を寄越したのは勿論ハウエルだ。自分だってバンビちゃんのことが大好きなくせに。
てか、お前仕事しろよ。
「んんっ、では今日は魔王たる歩き方を学んでいきましょうね」
大きく微笑んで見せると、バンビちゃんはびくりと肩を強張らせた。
何故そこで怖がる? でも、怯えるバンビちゃんはそそるわぁ。
「じゃあ、バンビちゃん。いつも通り普通に歩いてみて」
おずおず、というかしぶしぶ立ち上がったバンビちゃんは、こちらをちらちら窺う。安心させるように微笑んで頷けば、少しだけ口元を綻ばせた。
部屋の中を横断するバンビちゃんに、予想通り王の威厳はない。
「まあ、なんていうか予想通りだよね」
「ええ、まったくその通りですね」
歩くという行為に恐怖を感じているとでも言うように、一歩一歩何かの恐怖と闘いながら踏みしめ、屁っ放り腰の姿はとても民の前に出せるものじゃない。足元しか見ていないので、頭は下がっているし、これじゃ前から人が来ても避けられないのではないか。
「オッケー、バンビちゃん。もういいわ」
バンビちゃんの元に近寄った私は、まず彼をまっすぐと立つように命じた。
「バンビちゃんは背中が曲がっているのよ。猫背なのね。背中を真っ直ぐに伸ばして。そう。それから目線は真っ直ぐ前、下を見て歩かないの。顎上げすぎ。顎は引いて。そうそう」
始め立たせたときのバンビちゃんの姿勢は、原人かっ、とツッコミたくなるほどに前のめりだった。私が指示をしたことで漸く普通に並んだという感じ。
「うん、よく出来ました。じゃあ、ご褒美ね」
「あなたは、何しようとしているんですか」
肩をがっしりと掴まれて制止されたので、バンビちゃんの唇に私の唇が重なることはなかった。
「何ってご褒美じゃないの。上手くできた時にはご褒美をあげないと。動物をしつける時はそうするでしょ?」
「陛下は動物ではないでしょう。それに、動物をしつける時のご褒美は好物と決まっています。何故陛下へのご褒美がキスになるのですか」
「えぇ、美女からのご褒美って言ったらキスでしょう」
「陛下はそんなこと望んでいないはずです。寧ろそれはあなたの願望でしょう」
「えっ、バレた? だって間近でバンビちゃんの唇見てるとね、こうなんかムラムラしてきちゃうっていうかぁ、取り敢えず襲っちゃえみたいな? キスだったらバンビちゃんも気持ちいいからご褒美ってことにすればって思ったのに。バンビちゃんは私にキスされたら迷惑」
「え、いえ、あの」
「もう、バンビちゃん可愛いっ」
顔を必要以上に真っ赤にさせながら口籠るバンビちゃんは、私の理性を失わせるには十分すぎるほどの威力を持っていた。
隣りから荒い息遣いが聞こえることからハウエルの理性も爆発寸前と思えた。
「今すぐ陛下を放しなさい」
「イヤっ。放したらバンビちゃんがハウエルに襲われる。可愛いバンビちゃんをそんな汚らわしい視線に晒させてたまるもんですか」
「いいから放しなさいっ」
「イ~ヤ~」
右から左からとハウエルの魔の手が襲い来るわけだから、私はバンビちゃんを腕の中に抱いたまま右へ左へと避ける。結果的にバンビちゃんは、左右に揺すられているような状態であり、もはや宙ぶらりんの状態でゆらゆらと足が揺れている。だって、バンビちゃん軽いから。
「結月さ……揺らさない……で」
途切れつつも懸命に訴える声があまりに弱弱しいものだったので、慌ててバンビちゃんを解放すると、どうやら彼は酔ってしまっているらしくふらふらとしている。
「ああっ、バンビちゃん気持ち悪いの? 吐きそう?」
「陛下っ。吐きたいのなら、さあここへ」
ハウエルが両の手を広げてバンビちゃんの前に持っていく。そこへ受け止めるらしい。お前にそこまでの覚悟はないのだろう、と言っているような視線をちらりとこちらに向ける。
「バンビちゃんっ、さあさこちらに」
負けじと私も両手を広げて差し出す。正直抵抗はあるものの、バンビちゃんのものなら汚物だって愛しいのだ。
「二人ともいりません。そこまで気持ち悪いわけではないので大丈夫です」
揺れが治まったせいか、バンビちゃんの顔色もだんだん通常のものに戻ってきているようだ。私たちに心配かけまいと懸命に微笑む姿がいじましい。
「バンビちゃんは具合が悪そうでも可愛い」
バンビちゃんの頬に唇を優しく押し当てると表情を覗き込みにっこりと微笑んだ。青白かった顔色が急激に赤く染まっていくさまは壮観だ。
「唇も食べていい?」
触れるか触れないかの距離で口を動かせば、何度がバンビちゃんの唇を感じる。それを感じてしまえば、もう私に我慢など出来なかった。初心なバンビちゃんに考量して、触れるだけのキスを贈った。
ここでハウエルが私の行動を止めないのが不思議だったが、これ幸いと抵抗できないバンビちゃんにこれでもかと軽やかなキスを繰り返す。
満足した私がバンビちゃんの表情を窺い見ると、放心というよりも硬直してしまっていた。
バンビちゃんには刺激が強すぎたのかしら。
「やりすぎです」
いつもより張りのないハウエルの声に振り向けば、何故か寂しそうな表情をしていた。そんなにバンビちゃんの唇が欲しかったんだろうか。ハウエルは変態だけど、基本女が好きだと思っていたのだが、バンビちゃんをそういう対象に見ているということだろうか。それなら、こんなに危険な人物をバンビちゃんの傍に置いて大丈夫なのだろうか。
お久しぶりです。大幅に更新を怠っておりました。モチベーションが上がりません。お待ちの方には、多大な迷惑をおかけ致しました。ぼちぼち、頑張っていきたいと思います。