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第3話

 私の足元に膝を抱えて見上げている可愛らしい我が子……じゃなくて愛しい魔王様。

 私の腕の中に収めて、思う存分頬ずりしたい。それから髪の毛をわしゃわしゃっと掻き回して、顔中にキスをまき散らしたい。その時にするであろう彼の戸惑った顔、テレた顔、恐怖に怯える顔……。それらを想像しただけで、好からぬ笑いが漏れてきそうになる。ついでによだれも。

 ああ、妄想だけでご飯三杯はいけそうだ。

「そうだなぁ、どんな話がいいかな。普通のお伽噺とかの方がいいのかな?」

 私が問いかけると、僅かに首を傾げて考えを頭に巡らせている様子。

 その角度っ、ベストポジションっ。私を見上げるその角度、幾分斜めに傾いだ首、ここから見下ろす彼の瞳がうるうると潤んで見えるっ。

 変態と思われるから絶対に人前ではしないが、身悶えるに値する表情だ。

 こんな幼気な少年を捕まえて魔王だなんて、世も末である。どんなに魔力が強くても彼がその威厳を持つのは難しく思われる。というよりも、そんな威厳をこの子が持っちゃいけないと思ったのだ。

 私の為に、可愛いヴィルでいて。

 しかし、そんなことを言ってしまえば私の仕事がなくなってしまうわけで、そうすれば彼に会えなくなっちゃうわけで、仕方がないから職務は全うするつもりではいる。でもやっぱり、この初々しさを失くしてほしくないなと思うわけだ。

「あの、あの、お伽噺……で」

 バンビ。

 そう、ヴィルはバンビに似ているんだ。まだ幼さの残るその姿も、真ん丸と大きく輝く瞳も、恐怖に慄く姿もバンビ以外の何物でもない。

 よし決めた。これから、バンビちゃんと呼ぼう。勿論、心の中だけでだけど。本気でバンビちゃんなんて呼んだら、ドン引きされちゃうからね。

「そう。じゃあ、赤ずきんちゃんにしようかな。昔々、あるところに……」

 私が語り始めると、バンビちゃんは瞳をらんらんと輝かせて話に聞き入っていた。

 語り手が私なだけあって、物語は少々雑だし、覚えていないところも多々あって、だから大幅にオリジナルなストーリーになってしまったのはまあご愛嬌ということで。

「そもそもさ、狼って人間食べんのかな? あんまり聞いたことないよねぇ。確かに牙もあって鋭い爪もあるから近付けば傷つけられる可能性もあるけど、狼に食べられたなんて聞いたことないよ。あれはやっぱりお伽噺だからってことよね。非現実的だもん。あっ、でも現代的に考えてみると、要は狼ってのは悪~いロリコンお兄さんなわけで、おばあさんを捕まえて若い女の子に悪戯しちゃおうって狙ってるってことかもね。それならありえるよね。うんうん」

 その設定だとして、赤ずきんちゃんはどうやってロリコンお兄さんを退治するのかな。赤ずきんちゃんって今でいうと小学生くらいだよね(勝手な想像だけど)。そのくらいの女の子がロリコンお兄さんの恐ろしさなんて知るわけないよね。場合によっては、もういいようにされてしまうかもしれない。でも、それじゃあまりにえげつないからねぇ。女の子に救いが欲しいよね。私がそこにいたら、そのロリコンお兄さんにみっちりお仕置きしてあげるんだけどね。私愛用の鞭で……。

「あのっ、あの?」

 妄想の世界を浮遊していた私を心配したのか、バンビちゃんが顔を覗き込んでいた。

 くはっ。そのままチュウしていいですか?

 ああ、バンビちゃん好き。

 ここで普通の人なら危ない人を見るような瞳で私を見据えるのだ。けれどバンビちゃんは、純粋に私を心配してくれている。

 でもね、バンビちゃん。乙女の妄想なめたら怖い目見るからね。気を付けて。そんなにお人よしだと着ぐるみ剥がされるよ。勿論、妄想でだけど。

「ふふっ、大丈夫よ。それよりどうだった?」

「あのっ。怖ろしい……です。こんな話を小さい子が聞いてるんですか?」

「もうっ、バンビちゃんっ。私に敬語を使っちゃいけないって何度言ったら解るの? 終いにゃ三枚に下ろすわよ」

「え? 三枚? バンビ?」

 動揺するバンビちゃんに私の心も動揺してしまうじゃない。うっかりバンビちゃんとか本当に口に出してしまったし。

「ヴィルって小鹿ちゃんみたいなんだもの。バンビって呼ばれるのイヤ?」

 三枚下ろしについては、発言を控える。再び怯えさせて殻に閉じ込まれたらたまったものじゃない。せっかく今日はここまで私の傍に来てくれて、しかもいつもより会話が成立しているというのに。

「バンビ……」

 バンビちゃんが俯いてしまった。

 けれど、ここからでも解る。バンビちゃんの頬が真っ赤に染まっている。恥ずかしさに耐えているのは理解できるが、それだけでもなさそうだ。心なしか口角が上がっているように見える。

 喜んでいる?

 男につけるニックネームにしてはいささか可愛すぎるし、実際それを付けたらその年代の難しい年ごろには受け入れられない屈辱的なものだと認識していた。口にしてしまった直後、嫌われることも覚悟したくらいなのだ。

 だが、間違いなくバンビちゃんは喜んでいる。

「そう呼んでもいい?」

「はい。嬉しいです」

 なっ、なんと。嬉しいとまで言ってくれるとは。

 バンビちゃんの真意がいまいちよく解らない。

「男がバンビとか言われてイヤじゃないの? 屈辱的とか思わない?」

 イヤぁ、私が男だったら絶対キレてるでしょ。それこそ三枚おろしだ。

「僕、あまり名前で呼ばれたこととか愛称で呼ばれたこととかなかったから。どんな呼び名でも嬉しい」

 ちゃんとお喋りできるじゃないの、バンビちゃん。お母さん嬉しい。って、そんなことじゃないでしょ。名前で呼ばれたことがないってどういうことよ。バンビちゃんは一体どんな生活を強いられて来たの? もしかしたら私が想像するよりも酷い生活をしてきたのかもしれない。

 気が付けば、頬を染めて嬉しさを噛み締めているバンビちゃんをキツく抱きしめていた。戸惑いを腕の中で感じる。けれど、私は放してやることは出来なかった。

「私が一杯呼んであげる。ヴィルって名前もバンビってニックネームも何度でも呼んであげる。それこそ、ヴィルがイヤになるくらいね」

 バンビちゃんの頭が微かに動いた。頷いたのだろう。

 

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