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第14話

 結論から言おう。

 私の固い固い決意は、愛らしいバンビちゃんの姿を目にした途端に脆く崩れ去った。

 私がバンビちゃんの部屋へ入室したと同時に胸の中に飛び込んできたバンビちゃんを、腕の中に閉じ込めて頬ずりして、頭のてっぺんに何度となくキスをしたのは言うまでもないことだろう。

「結月さん。ハウエルと付き合っているって本当ですか?」

 あれまぁ、早耳だこと。

 バンビちゃんにそれを吹き込んだのは、アイツだろうか。

「うん、まぁね。そういうことになってしまったのよねぇ」

 バンビちゃんが上目づかいで私を見つめる。

 あぁ、鼻血が出そうです。その角度はヤバい。鼻血だけでなく、私の中に存在する体液全てを吐き出してしまいそうな威力があった。

 しかも、バンビちゃんの瞳がうっすらと濡れていた。

「僕は、結月さんがハウエルとなんて、我慢できません。今すぐ別れてください」

「う~ん。それは無理かなぁ。いくらバンビちゃんのお願いだってそれは聞けないよ。一度付き合うって決めたんだから、そんな中途半端なことはしちゃいけないとおもうからさ」

 一度決めたことを、や~めた、なんてすぐに放り出すのは私の性に合わない。それがいくら流されてしまった結果の出来事だったとしてもだ。勿論、のらりくらりとハウエルを避け続けて、自然消滅を目論むつもりもない。私なりにハウエルと良い関係を作れるように努力はするつもりだ。そうしていけば、いつかは最愛の人になるやもしれないではないか。

「どうしてもですか?」

「どうしてもですよ。私がハウエルと付き合うと決めたんだもの。バンビちゃんは、私のことなんかよりもあなたの婚約者のことを考えなければダメだよ」

「婚約者と言っても一度も会ったことはありません。一度も会ったことのない人に、好意を抱くことなんて出来ません」

「それならご安心を。陛下の婚約者であるエロイーズ・ベルリオーズ様は、本日よりこの魔王城に一週間ほど滞在されることになっております。エロイーズ様はこの国でも一二を争う才女でございます。陛下もお気に召されるかと」

 いつの間に現れたハウエルが、そう淡々と口にしながらバンビちゃんを私の胸から引きはがした。

 名残惜しさについ手を伸ばしてしまったが、その空を彷徨う手をハウエルに捉えられ、甲にキスを落とされた。

「へぇ。バンビちゃんの婚約者来るんだぁ。そのエロイーズっていくつの子?」

「エロイーズ様は15歳でいらっしゃいますよ、マイスウィートハニー」

「あのさ、どうでもいいけどその人をおちょくってる感じどうにかなんないかなぁ」

 手の甲では飽き足らず、左右両方の頬に唇を押し当てたハウエルは、それでも足りなかったのか、額と鼻の頭、極めつけに唇にとたっぷりと私を堪能していく。

 別に抵抗するつもりはないよ。ハウエルは、私の彼氏なんだから。そういうイチャラブな感じも致し方ないのかなって思うんだけども。でも、別に人前でやることないとおもんだよねぇ。

 絶対、バンビちゃんに見せつけているんだと思う。

 バンビちゃんはというと、初めはハウエルを睨みつけていたけれど、そのうち戦意を喪失したのか俯いてしまった。

「愛情表現ですので、甘んじて受けてください。これでも加減しているんですよ」

 確かに昨夜を思い出してみれば、今しがたの行動は明らかにセーブはされているけれど。

 あんた、どんだけ甘いんでよっ。

「バンビちゃん、ごめんね。気を悪くした? ハウエルには後でみっちりと説教しておくからね?」

 弱々しい表情をこちらに向け、懸命に微笑む姿に、体は勝手に動いた。

「バンビちゃんっ」

「……って、ハウエル放してよ」

 バンビちゃんに抱き付こうとしていた私を制止したのは勿論ハウエルで、抱き上げられているような状態なので足をバタバタして抵抗したが、ピクリとも解放される気配はない。

 あぁ、バンビちゃんっ。バンビちゃんを抱きしめたいよぉ。おのれ、ハウエルめっ。

「ハウエル」

 冷たい声でハウエルを呼ぶと、渋々ながら私を下ろしてくれた。睨みつけようとハウエルを見上げるが、憤りはすぐに霧散してしまった。

「なんて顔してんのよ、もう」

 いつも涼しげな表情を浮かべているハウエルが、いつも自信満々でド変態なハウエルが、叱られた子犬のような情けない顔をしていた。

 うっかり可愛いと思ってしまった私は、背伸びして、ハウエルの頭を撫でた。

 こんな情けないハウエルの表情を誰が見たことがあっただろうか。恐らくこの王城には、この国には、この世界にはいないだろう。私を除いては。そんな貴重な表情を私には躊躇なく見せるのだ。情けなくても、格好悪くても、頼りなくても、その気持ちを嬉しいと思った。ハウエルを大切にしなければならないのだと思った。

「陛下っ。エロイーズ様がお見えになりましたっ、あ?」

 外で立っていた近衛兵のがたいの良い男が、ノックの返事を待たずに扉を開け、そう言ったが、部屋の中の私とハウエルの様子を見て口をあんぐりと開けて固まった。

 気持ちはお察しします。威厳があり誰もが恐れる宰相様が、魔王様の指導係である私に頭を撫でられて、この世の至福ぅ、とでも言いたげな満面な笑みを浮かべてデレデレしているのだから。もし、ハウエルに憧れを抱いている人がいたのならば、それは脆くも崩れ去ったに違いない。

「バンビちゃんの婚約者っ。早速こっちに通してくださいな」

 妙な雰囲気が漂う部屋の中、私だけが平然と嬉々としてそう告げた。近衛兵は我に返ったように、動きだし威勢良い返事をして出て行った。

 あの近衛兵がお喋りな方でないことは知っているが、彼女がお喋りであることを知っている。今日明日中には私とハウエルの関係について、大袈裟な噂が浸透していることだろう。

 まぁ、別にいいんだけどねぇ。

 しばらくして、しばらくと言っても何だかやたらと速かったんだけど。もしかしたら、扉の向こう側に待機していたんじゃないかしら?

 エロイーズ様は、何を思ったのかハウエルの前に立つと優雅に挨拶をした。

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