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一人百物語 2

作業現場

作者: 犬猫夜行
掲載日:2026/07/21


派遣現場で一緒に仕事をしていた中尾君から聞いた話。


以前、中尾君は某個人商店のプログラム作成を担当していた。

開発作業場所に提供されたのは、商店裏庭の二階建て倉庫の二階の、六畳程の狭い部屋だった。

そこにリーダー、設計者、プログラマー、テスト担当者、といつも6、7人の20代から30代の男性ばかりがひしめいて作業していたという。

プログラムの多くは自社ですでに作成されていたが、それを本番環境に乗せて調整するのに手間取り、本番稼動日を目前に毎日終電帰りを余儀なくされていた。

本当なら徹夜の突貫作業をして遅れを取り戻したいところだったが、その現場では出来なかった。

その現場は半端なく<出る>ところだったので。

商店のオーナーたちもその事はよくわかっており、

「そこにはあまり遅くまでいない方がいいよ。徹夜作業をするのはいいけど、何かあってもうちは知らないから」

とはっきりと釘を刺されていた。

商店のオーナーや家族たちも、同じ裏庭の敷地に建てられた家や店舗の二階に住んでいたが、そこでは妙な事は起こっていない様だった。


作業場所に提供された倉庫というのは古い、木造モルタル建ての建物で、元々は倉庫として建てられたものではなく、普通の住居として建てられたらしい家だった。実際、建物のあちこちには生活臭のあるテーブルや箪笥や本棚や子供の玩具や、オークションに出せばレトロ品として売れそうな古いテレビやラジオが乱雑に置かれており、箪笥の引き出しには、埃まみれになって変色した衣類がきちんと畳んで詰まったままになっていたという。

そういった物を隅に押しやって、商店のイベントの看板や景品の残りや、もう使わない様なものがまた乱雑に積み上げられているだけの、倉庫とは名ばかりのガラクタ置場の様なところだった。

「酷いでしょ。そんなとこで作業させるのって。もちろん本番稼動でパソコンやプリンター置くのはお店の事務所なんですけど。その事務所が狭くて僕たちが座る場所が無くって、準備作業はボロ倉庫でやる事になったんです。作業してたのがまた真夏の暑い時季で。クーラーはとりあえずありましたけど、これまた年代物の古ーい、昼間はほとんど冷えない様なボロで。狭い部屋に野郎ばっかりひしめいて、汗ダラダラかきながらプログラム作ってたんですよ。それで痩せましたもん、僕」

と中尾君はブツブツ言っていた。

「で、そこで毎日同じ時間の頃に見られたのがね」

中尾君たちが作業していた部屋には、高さ1メートル80センチ、幅1メートル程のスチール製の本棚があり、棚にはプログラム仕様書の分厚いファイルや環境設定のマニュアル本などがぎっしりと並べられていた。

それが夜の8時くらいになると


ドッスンドッスン

ガタガタグラグラ


とひとりでに、派手に動くのだという。

「百キロニ百キロのもんですよ。それが勝手にガタガタ音をたてて動くんです。それも縦揺れ横揺れ斜め揺れ入り乱れて。みんなの見てる前で。やかましいわそのたんびに本が落ちて散らばるわ。初めはびっくりしましたけど、しばらくしたら慣れちゃって。時間になったらコンビニで買ってきた弁当食べながら

『そろそろはじまるぞ……ほれ、はじまった』

ってみんなで見物する様になっちゃいました。

中にはカリカリきて『うるせー!やめろ!』とか『散らかるだろ』とか言って棚が動いてる前で本を拾った奴もいましたけど、他には何も起きませんでした」


また、怪異はこれだけではないらしく

「これも決まった時間なんですけどね」

と中尾君は続けた。

「倉庫の裏には細い路地があって、その向こうにはよその家が建ってて、路地と倉庫の間は生け垣になってるんですけどね。夜中の11時を過ぎると、そこの路地を下駄でカラコロ歩く奴がいるんです。ただ歩いて通り過ぎるんじゃなくて、僕たちがいる倉庫のあたりを何度も何度もずーっと行き来し続けるんですよ」

路地は舗装されていない土が剥き出しの道で、昼間でも通る者はほとんどいない。

夜中であたりが静かだとはいえ、地面が土なのだから下駄の音もそんなに聞こえるわけでもなさそうなのにやけに響き、うるさいなぁ、と窓を開けてみると誰もいない。窓を開ける直前まで、そのカラコロという音は路地から聞こえていたのだが。

「僕は電車通勤だったから終電の時間もあって、その時刻まではあんまりいなかったんですけど。でも何回か聞きましたよ。はじめはね、僕たちが遅くまで部屋の明かりを付けて作業してるから、近所の人が何か文句を言いたくて来てるのかと思ってたんです。でも、窓を開けてもいつも誰もいないし。で、いつだったか僕が帰った後に、作業してた奴の一人がいきなり窓を開けて

『うるさいッ!』

って怒鳴った事があったらしくて。そしたら」

窓を開けた時にはやはり路地には誰もいなかったが、しばらくすると、自分たちがいる二階の部屋の窓の真下の、一階の壁が


ドンドンドンドン!


ともの凄い勢いで叩かれたという。

その音に部屋にいた者たちは顔を見合わせて

「怒ったぞ」

「あ、あんな事言うから」

などと言ったが、もう後の祭である。そう言っている間にも、元々ボロ屋の倉庫の壁が砕けそうな勢いで壁を叩く音は続いている。

音は深夜のご近所に鳴り響いており、騒ぎを聞きつけた商店のオーナーたちが来てくれないかな、などとも思ったがその様子は無さそうだった。

どうしよう、とみなで顔を見合わせ、いい歳をした男たちがおびえまくるものの音は依然として鳴りやまず、揃って青い顔をしているとやがて壁を叩く音がふっと止み、代わりに


ガリッ


と、壁を引っ掻く様な音が聞こえてきた。それに

(何だ?)

とまたも顔を見合わせていると


ガリッ、ガリッ、ガリッ……


と。その音はどうやら近づいて来ている様だった。

一階から、自分たちがいる部屋の窓へと壁を這い上って。

(……!)

みなは目を見開け、いいっと歯を食いしばった表情でお互いの顔を、そして音が近づいて来る窓を一心に見つめた。と、次の瞬間、路地に向かってうるさいッ!と怒鳴った同僚が部屋にあった電気ポットを持ち上げ、蓋を開けると、窓の外を見ないように顔をそむけたままいきなり窓をガラッと開けて


ポットの熱湯を窓の真下にぶちまけた。


音はパタリと止んだ。

窓の外には何もおらず、同僚は顔をそむけたまますぐに窓をピシャリと閉めた。部屋にはポットを持ったままの同僚の、荒い息だけが響いた。

その夜はさすがに作業を切り上げ、みなで逃げ出したという。

それからも路地での足音は変わらず毎日聞こえたらしいが、もう誰も相手にはしなくなった。


「他にもホンットに色々あったんですけどね。物はよく無くなったし。確かにそこにあったのに、ちょっと目を離したら無くなっててとんでもないとこに移動してるとか。作業してたら肩を叩かれたとか。トイレで用を足してたら後ろから押されたりとか。一階の玄関の扉が開いて誰かが入ってくる音とか、階段を上ってくる足音がして、僕たちが作業してる部屋のあたりまで来るんだけど、見てみたら誰もいないとか。一階には誰もいないはずなのに誰かがドタバタする音がしたり、子供の声がしたり。本当にキリがないとこでしたよ。どこから持ち出したのか知らないけど、僕たちが帰ろうとしたら玄関のたたきのところに、でかい洋服箪笥が斜めに突っ込んであったり。そんな事商店のオーナーたちはやらないし、何人かでないと出来ないし、でもそんな物音は全然しなかったし。で、リーダーと、他の何人かはね……」

倉庫の戸締まりは、商店側から予備の鍵を渡され、中尾君たちが行っていた。

ある日も午前0時近くまで作業をして、現場リーダーと2、3人の者が戸締まりをして最後に玄関を施錠して帰ろうとした。

玄関の戸はやはり時間が止まったままの様な、真横にガラガラとスライドさせて開閉する古びた木とガラスの引き戸で、現場から出る時は玄関の明かりも消してしまうので真っ暗になり、鍵をかける時は鍵穴のあたりを懐中電灯やペンライトで照らしていた。その日も

「ほいリーダー、見えますかぁ?」

「お、さんきゅ」

と手元を照らしてもらいリーダーが鍵をかけていると、ガラス戸に映る、同僚が照らしてくれている明かりの輪が、何か


ぼわん


といきなり大きくなった。

が、リーダーは気にせず、そのまま鍵を鍵穴から抜き取って振り向いた。そして

「じゃ、帰りま……」

と言っている同僚たちの後ろに

大きな白い光の球が、こちらへと向かって飛んで来るのが見えた。

「う、うわわわわわ!」

それを見てリーダーがわけのわからない声をあげると、同僚たちも振り向き、すぐに気付いて

「げっ!」

「ぎゃっ!」

などと悲鳴をあげてそれぞれに逃げ出した。

リーダーもすぐに逃げようとしたが、その時まだ、玄関の施錠確認をしていない事を何故か思い出し、この非常事態だというのに、ガラス戸の鍵がちゃんとかかっているかどうか後ろ手で戸をガタガタと動かして確認……しているすぐ真横を

1メートルはありそうな巨大な、しかも車のヘッドライトの様に強烈な白い発光体がガラス戸を突き抜けて、建物の中へと入って行った。

光の球の中には何か人影の様なものも見えたが、そんな事はどうでもよかった。

リーダーは大きな発光体を目の前で見ながら施錠を確認し、飛んで逃げた。

「もし施錠し忘れてたら、責任問題だろうが。俺の立場としてはそっちの方が怖いから。幽霊よりも」

と後にリーダーはぼやいていたという。


「結局なんとか納品できましたけどね。まずはメインの部分だけ。でも本番に乗せてからも普通なら考えられないバグやエラーが出まくるし、ディスクも何度か飛ぶしプリンターも何台か壊れるし。買ってきたばかりの新品のケーブルがどういうわけか壊れてるとか、マウスの中のボールがいつの間にか割れてるとか。もうお手上げでしたよ。僕は本番が動きだしてから他の現場の担当になりましたけど。ホント、あらゆる意味でとにかく早く逃げ出したかったです」


その商店は今も営業しており、裏庭の倉庫もまだあるという。

倉庫についてのいわくは

<聞くな>

と会社から命令されていたので、わからずじまいだそうだ。





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