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君の隣で、世界が静かになる  作者: 海鳴雫


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第6話 秘密の写真

六月の風が、校舎の窓から柔らかく吹き抜けていた。

 文化祭の準備期間が始まり、放課後の校舎はどこも賑やかだった。

 生徒たちの笑い声や装飾の音が、廊下にこだまする。


 その中で、生徒会室だけは静かだった。


 「……生徒会の記録、去年分もまとめておきたいの」

 そう言って、凜音は机に山積みの資料を整理していた。

 几帳面な彼女らしく、書類の端まで真っ直ぐに整えていく。


 「文化祭、今年も責任重大だな」

 彰人は隣で段ボールを運びながら呟いた。

 「まあな。けど、なんで俺が書類整理まで手伝ってんだか」

 「頼んだの、私よ?」

 「だろうな」


 二人の会話には、もう以前のようなぎこちなさはなかった。

 凜音は時々、彰人を見て微笑み、彰人もそれを照れくさそうに受け流す。

 穏やかな空気が流れていた——そのときだった。


 ふと、資料の間から一枚の写真が滑り落ちた。


 「……ん?」

 床に落ちたそれを拾い上げた彰人は、無意識に目を凝らす。

 写真には、小学生くらいの女の子と、見知らぬ少年が写っていた。

 満開の桜の下、二人は笑顔で並んでいる。

 だが、その少女の笑顔に、見覚えがあった。


 「これ……凜音、か?」


 その言葉に、凜音の手がぴたりと止まった。

 次の瞬間、彼女は素早く歩み寄り、彰人の手から写真を取り上げた。


 「……見ないで」

 小さく、それでいて震える声。


 「悪い、そんなつもりじゃ——」

 「いいの。ただ……それ、忘れて」


 凜音は視線を逸らし、写真をそっと机の引き出しにしまった。

 彼女の横顔は、どこか遠くを見つめるようで、今まで見たことのない影を落としていた。


 沈黙が流れる。

 雨の日に見せた柔らかい表情は、もうそこにはなかった。


 彰人は、胸の奥が締めつけられるのを感じた。

 なにか、触れてはいけないものに触れた気がした。


 「……あの写真の男の子、誰なんだ?」

 彼は慎重に言葉を選んで聞いた。

 凜音は少しの間、黙っていたが、やがてゆっくりと答えた。


 「……昔の友達。今は、もういない人」


 その声は、まるで風に溶けてしまいそうだった。


 「いないって……」

 「中学のとき、事故で亡くなったの」

 「……そう、だったのか」


 彰人は何も言えなかった。

 どんな言葉も、彼女の痛みに触れてしまう気がした。


 凜音は机の上を見つめながら、静かに続けた。

 「彼、優しかったの。誰にでも笑って、困ってる人がいれば助けてくれるような人。

  私ね、ずっとその人を理想にしてたの。……強くて、優しい人間になりたいって」


 その言葉に、彰人の胸が少し痛んだ。

 自分が怖がられ、誤解されてきた存在であることを思い出した。

 自分は、彼女の理想とは真逆にいる。


 「……だから、生徒会長になったのか」

 「うん。私が変われば、あの人が見たかった景色に少しでも近づける気がして」


 その瞬間、彰人は気づいた。

 彼女が完璧でいようとする理由。

 誰よりも“正しくあろうとする”理由。

 それは、失った誰かに恥じないように生きるためだった。


 「……桐島」

 「なに?」

 「お前は、十分強いよ。理想なんか、もう背負わなくていい」


 凜音は一瞬、驚いたように目を見開いた。

 それから、ゆっくりと微笑んだ。

 けれどその笑顔の奥には、かすかな寂しさが残っていた。


 「ありがとう。でもね……まだ、少し怖いの。忘れることが」


 その言葉が、彰人の心に深く刺さった。


 “忘れることが怖い”——

 それは、過去を愛した人だけが持つ痛みだった。


 その夜、彰人は家に帰っても、あの写真の光景が頭から離れなかった。

 笑っている幼い凜音の顔。

 そして隣の少年の姿。

 ——自分には、あんな笑顔を見せてくれるだろうか。


 胸の奥が、静かに熱を帯びていく。

 彼女の過去に触れてしまったからこそ、今、守りたいと思った。

 どんな過去があっても、今を生きる彼女の笑顔を、誰にも壊させたくない。


 雨上がりの夜風が、窓の外で優しく鳴っていた。

 彰人は目を閉じて、小さく呟いた。


 「……俺が、もう一度笑わせてみせる」


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