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君の隣で、世界が静かになる  作者: 海鳴雫


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エピローグ 静かな夜の約束

冬の街は、静かだった。

 吐く息が白く、街路樹のイルミネーションが光を零している。

 通りを歩く人々の肩が、マフラーの中に沈んでいく。


 高瀬彰人は、その街をゆっくりと歩いていた。

 仕事帰りのスーツ姿。

 工具の油にまみれた高校時代からは想像できないほど、

 大人びた表情になっていた。


 手に提げた小さな袋には、

 凜音の好きなカフェのケーキが入っている。


 ビルの谷間にあるアパートの階段を上り、

 小さな扉の前で立ち止まった。

 深呼吸をひとつして、ドアをノックする。


 「……どうぞ」

 中から聞こえる声。

 柔らかく、懐かしい声だった。


 ドアを開けると、

 そこには、暖かな灯りと、

 キッチンでエプロン姿の凜音がいた。


 「おかえり」

 「ただいま」


 たったそれだけの言葉が、

 まるで何年ぶりかの音楽のように胸に染みた。


 凜音は微笑みながら、カウンター越しにマグカップを差し出す。

 「コーヒー淹れたよ。夜、寒いでしょ?」

 「助かる」


 カップを受け取りながら、

 彰人はそっと凜音の髪に手を伸ばした。

 「……少し伸びたな」

 「そう? 最近はあんまり切りに行けなくて」

 「仕事、忙しいんだろ」

 「うん。でも、やりがいあるの。生徒たちが成長していくのを見るのが楽しくて」


 凜音は今、地元の高校で教師をしていた。

 生徒会長だった頃のように真っ直ぐで、

 でも昔よりも柔らかい笑顔をするようになった。


 「お前らしいな」

 彰人がそう言うと、

 凜音は照れたように笑って「ありがとう」と答えた。


 リビングのテーブルに座り、二人でケーキを食べる。

 時計の針の音だけが、ゆっくりと部屋に流れていた。


 「ねえ、覚えてる?」

 「何を?」

 「高校の時、河川敷で“いつか同じ場所で暮らしたい”って言ってたの」

 彰人は少し目を細めた。

 「ああ。……あの約束、やっと叶ったな」


 凜音は笑って頷いた。

 「うん。時間はかかったけどね」

 「でも、その分、強くなれた」

 「そうだね」


 カップをテーブルに置く音が静かに響いた。

 ふと、窓の外を見ると、

 雪が舞い始めていた。


 「雪、降ってきたよ」

 「……本当だ」


 外灯に照らされた雪が、

 ゆっくりと街を包み込んでいく。

 その光景に、二人はしばらく言葉を忘れた。


 凜音が、ぽつりと呟く。

 「ねえ、彰人。私ね、あの時も今も、あなたに救われてるの」

 彰人は驚いたように彼女を見つめる。

 「俺なんかが?」

 「そう。

  不安だったときも、迷ったときも、

  あなたの声を思い出すと、世界が静かになるの。

  だから、これからも……そうであってほしい」


 彰人はしばらく黙っていたが、

 やがて小さく息を吐いて、

 そのまま彼女の手を包み込んだ。


 「当たり前だろ。

  もう離さねぇよ」


 凜音はその言葉に目を細めて笑った。

 「うん……離さないで」


 雪の降る音が、まるで音楽のように響いた。

 どこまでも穏やかで、優しい夜。


 彰人は凜音の肩を抱き寄せ、

 額をそっと寄せた。

 「凜音」

 「なに?」

 「俺、お前といるとさ——本当に世界が静かになる」


 凜音は目を閉じて微笑んだ。

 「私もだよ」


 二人の呼吸が重なり、

 外の雪が、さらに静かに降り積もっていく。


 この部屋の灯りの下で、

 彼らの未来は、確かに同じ方向を向いていた。


 ——終わりではなく、続いていく。

 ——静けさの中に、ふたりの“これから”が息づいていた。


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