第21話 揺らぎの春
冬が、少しずつ終わりを告げていた。
校庭の木々の枝先に、小さな蕾が光を受けて揺れている。
白い息も、もうあまり出ない。
制服の上着のボタンを外しながら、彰人は校舎裏のベンチに腰を下ろした。
——穏やかな日々。
凜音と過ごす時間は、今も変わらず温かかった。
昼休みに屋上で弁当を食べ、放課後は帰り道を一緒に歩く。
その何気ない時間が、かけがえのない宝物になっていた。
けれど、最近。
凜音の笑顔の奥に、ほんの少しの“影”を感じる。
「生徒会の引き継ぎ、順調?」
彰人が尋ねると、凜音は一拍おいて笑った。
「うん……順調。みんな頑張ってくれてる」
でもその声の奥に、張り詰めた糸のようなものがある。
言葉にできない違和感。
彼女の目が、時々遠くを見ているように思えた。
——春が来たら、俺たちは三年の終わりを迎える。
それは、終わりであり、始まりでもある。
だが“始まり”の先に、自分の居場所があるのか。
彰人はまだ答えを持てずにいた。
その日の放課後。
凜音は職員室を出たところで、ふと立ち止まった。
顧問の先生から言われた言葉が胸に残っていた。
>「桐島、君の推薦は大学側から高い評価を受けている。
首都圏の推薦枠、どうだ? きっと君なら——」
推薦。
東京の大学。
今よりもずっと遠い場所。
胸が少しだけ痛んだ。
彰人の顔が、脳裏に浮かぶ。
彼はどうするのだろう。
進学か、就職か——それとも。
自分が未来へ進むことが、
彼との“距離”を広げてしまうのではないか。
「……私、どうしたいんだろう」
呟いた声は、春風に溶けて消えた。
翌日。放課後の帰り道。
西日が商店街を赤く染めていた。
並んで歩く二人の影が、ゆっくりと長く伸びる。
「なあ、凜音」
「ん?」
「卒業したら……どうするんだ?」
凜音は歩みを少しだけ緩めた。
「まだ……考え中。
進学の話もあるけど、まだ決められなくて」
「そっか」
彰人の声がどこか乾いて聞こえた。
「俺は、就職するつもりだ。
家の事情もあるし、大学は難しい」
凜音は立ち止まった。
「彰人……」
彼は苦笑した。
「別に、悲しい話じゃない。
働いて、ちゃんと自分の力で生きたいだけだ」
それが、彼らしい強さだとわかっている。
でも、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
——違う未来を歩く、という現実。
「……ねえ」
凜音が小さく声を出す。
「私たち、離れても大丈夫だよね」
彰人は一瞬、言葉を失った。
“離れる”という言葉が、
あまりにも静かで、残酷に響いた。
「大丈夫だよ」
彼は笑った。
けれど、その笑顔はどこか苦かった。
「凜音なら、どこにいても大丈夫だ」
風が吹き抜ける。
街路樹の枝が揺れ、花の蕾が一つ、ふるりと震えた。
——春は、もうすぐそこにあった。
そして、その美しさはいつも、少しだけ寂しい。




