第18話 守るための拳
その日の放課後、
冬の風が校舎の窓を叩いていた。
外は曇り空。
まるで、何かが起こる前の静けさのようだった。
彰人はいつものように生徒会室の前まで来て、
扉の前で立ち止まった。
中から話し声が聞こえる。
凜音と、男子生徒の声。
「……桐島、ほんとにあいつと付き合ってんの?」
「ええ。私が選んだ人だから」
「マジかよ。お前、会長として終わってんな」
その一言で、空気が変わった。
彰人の中で何かが弾ける音がした。
扉を開けようとした瞬間、
中から“パシン”という乾いた音が響いた。
凜音が、頬を打たれていた。
「ふざけんなよ……!」
彰人の声が爆発した。
扉を開けて踏み込むと、
凜音の前に立つ一人の男子生徒が、
凍りついたように振り向いた。
「お、お前……!」
彰人は何も言わず、その前に立つ。
胸の奥が熱く、視界が赤く染まっていく。
——だけど。
「手、出すなよ、高瀬!」
背後で凜音の声が震えた。
その声に、彰人の拳が止まった。
今にも殴りかかりそうな衝動を、
歯を食いしばって押し殺す。
「……出さねぇよ。
お前が泣いてる前で、俺が誰かを傷つけたら、
それこそ全部、意味なくなる」
男子生徒は顔を歪めて言い返した。
「なんだよ、正義の味方気取りか?
お前みたいな奴が——」
彰人は一歩、踏み出した。
低い声が響く。
「これ以上、凜音のことを侮辱したら……
俺が黙っていられるのは、今だけだ」
その目の奥に宿るものは怒りではなかった。
“覚悟”だった。
男子生徒はたじろぎ、
何も言わずに逃げるように部屋を出ていった。
残されたのは、
冷たい冬の空気と、震える凜音の呼吸だけ。
彰人は静かに彼女に近づいた。
「大丈夫か」
凜音は頬を押さえながら、微笑もうとした。
でも、その目から涙がこぼれた。
「痛くない……痛いのは、心の方」
「もう、俺の前で無理すんなよ」
彰人は彼女をそっと抱き寄せた。
震える肩を、自分の胸で包み込む。
「俺、変わるって言ったけど……
守ることから逃げたくねぇ。
お前を泣かせる世界なんて、俺が変えてやる」
凜音は小さく頷いた。
その瞳に、静かな光が戻る。
「彰人……ありがとう。
あなたが止まってくれて、嬉しかった。
もし、あの子を殴ってたら、
あなたの優しさが壊れるところだった」
彰人はその言葉に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
——強くなるって、力を振るうことじゃない。
誰かの涙を止めるために、自分を制することだ。
窓の外を見ると、灰色の雲が少しだけ裂け、
淡い光が差し込んでいた。
「……なあ、凜音」
「なに?」
「お前のこと、ちゃんと守れる男になる。
だからもう、泣かせない」
凜音は小さく笑いながら、
「じゃあ、私も泣かないように強くなる」と答えた。
その笑顔は、
涙の跡が光るほどに美しかった。
そして彰人は、
初めて「怒り」ではなく「誇り」で拳を握った。




