第17話 彼女の隣に立つために
凜音が校長室に呼ばれた翌日の昼休み。
教室の窓際で、彰人はひとり空を見上げていた。
冬の陽射しは淡く、
ガラス越しに見える雲はゆっくりと流れている。
だけど胸の中の時間だけが、やけに速く進んでいた。
——俺は、何をしてるんだ。
あの日、生徒会室で怒鳴った自分の声が、まだ耳に残っている。
あのとき、凜音は何も言い返さなかった。
それが余計に、自分の未熟さを突きつけてきた。
誰かを守りたいなんて、口で言うのは簡単だ。
でも本当に守るためには、強くならなきゃいけない。
理屈じゃなく、結果で示さなきゃいけない。
彰人は拳を握った。
「……変わらなきゃ、俺が」
放課後、体育館裏。
部活帰りの男子たちが話しているのが聞こえた。
「なぁ、あの噂マジらしいぞ。桐島会長、高瀬と付き合ってるって」
「えー、マジかよ。あんな真面目な子が……」
「やっぱ見た目に騙されたんじゃね?」
笑い声が刺のように胸に刺さる。
今なら、殴ることもできた。
でも——そうしたら、全部終わりだ。
彰人は静かに一歩踏み出した。
「お前ら、彼女のこと、そんなふうに言うな」
声は低く、しかしはっきりしていた。
男子たちが振り向く。
「なんだよ、図星か?」
「違う。俺が不良に見えるのは構わねぇ。
でも、彼女を傷つける言葉は許さねぇ」
一瞬、沈黙。
男子の一人が口を開きかけたが、
その目にある“迷い”を見て、彰人は続けた。
「見た目なんかで決めんな。
人のこと、本当に見てから言え」
声が震えていた。
でも、その震えの中に、確かな意思があった。
男子たちは何も言わず、やがて去っていった。
息を吐く。
怖かった。でも、不思議と後悔はなかった。
——ようやく、自分の言葉で話せた。
その夜。
学校帰りに凜音からのメッセージが届いた。
> 『今日、校長先生に正式に伝えました。
> 私は生徒会長としても、高瀬くんの恋人としても、恥じることはありませんって』
彰人はスマホを握ったまま、しばらく動けなかった。
> 『……ありがとな』
とだけ返すと、すぐに既読がついた。
数秒後。
> 『ありがとうって言葉、私の方が言いたいのに』
画面の文字が滲む。
心の奥がじんわりと熱くなる。
翌日。
彰人は放課後の生徒会室を訪れた。
ドアをノックすると、凜音が書類整理をしていた。
「……入ってもいいか」
「もちろん」
彼女は微笑んだ。
その顔には、昨日までの迷いがなかった。
「聞いたよ。体育館裏のこと」
「誰から……?」
「椎名くん。『お前の彼氏、結構かっこよかったぞ』って」
彰人は思わずうつむいた。
「……別に、かっこよくなんかねぇよ」
凜音がそっと机に書類を置いた。
そして、彼の前まで歩み寄る。
「ううん。
私のために怒ってくれる人がいること、
それだけで、もう充分かっこいいよ」
その言葉に、彰人は何も言えなかった。
ただ、彼女の手を取る。
小さく、温かい手。
その温度が、すべての不安を溶かしていく。
「……俺、変わるよ」
「変わらなくても、あなたはあなたのままでいい」
「それでも、変わりたい。
お前の隣に立って、恥ずかしくない人間になりたいんだ」
凜音は一瞬、目を見開いたあと、
静かに微笑んだ。
「じゃあ、私も変わる。
あなたと同じ歩幅で、生きていくために」
放課後の生徒会室に、夕日が差し込む。
二人の影がゆっくりと重なり、
誰もいない静けさの中で、
確かな未来への一歩が始まった。




