第16話 凜音、立つ
翌朝、生徒会室の空気は冷たかった。
昨日の出来事の余韻が、まるで霧のように漂っている。
誰もが言葉を選んでいた。
誰もが、凜音の顔色をうかがっていた。
——生徒会長、桐島凜音。
完璧で、冷静で、常に正しい判断を下す。
そう見られてきた自分が、いまや“スキャンダルの中心”にいる。
机の上には、校長室からの呼び出し状が置かれていた。
そこにはこう書かれている。
> 「一部生徒との不適切な交際疑惑について、
> 生徒会長としての自覚をもって対応すること」
指先が震えた。
でも、もう逃げるわけにはいかない。
「……行ってくるわ」
そう言って立ち上がる凜音を、椎名副会長が止めた。
「凜音、本当に行くのか? 一人で?」
「ええ。これは、私が向き合うべきことだから」
校長室の扉をノックすると、
中には校長と教頭、そして生活指導の田嶋先生がいた。
「桐島さん、座ってください」
穏やかな声だが、その奥に圧がある。
凜音は深く息を吸い、背筋を伸ばして座った。
「高瀬彰人くんとの関係について、説明をお願いします」
正面から投げられた問い。
その言葉が重く響く。
凜音は視線を逸らさずに答えた。
「はい。私と高瀬くんは、お付き合いしています」
田嶋先生が息を呑んだ。
校長が眉をひそめ、教頭が静かにメモを取る。
「君の立場を考えなさい。
生徒会長は模範であるべきです。
学校の秩序を守る立場として、不良と見なされる生徒と——」
その言葉を遮るように、凜音は静かに言った。
「“見なされる”……ですか」
校長がわずかに動揺する。
「見なされる、というのは事実ですか?
それとも、噂を根拠にした印象操作ですか?」
凜音の声は冷たく、澄んでいた。
その瞳には一切の怯えがない。
「私は彼を知っています。
彼が誰より真面目に努力していることも、
誤解を受けながらも決して人を傷つけないことも。
生徒会長としてではなく、一人の人間として、
彼を尊敬しています」
沈黙が流れた。
教頭のペンが止まり、時計の針の音だけが響く。
「……桐島さん、君の言いたいことは分かります。
だが、学校という場には“印象”も重要なんです」
凜音はゆっくり首を振った。
「“印象”が真実を覆い隠すなら、
私はそれを正したい。
それが、生徒会長の仕事だと思っています」
校長はしばらく目を閉じ、深い溜息をついた。
「……強い子だね」
凜音は微笑んだ。
「いいえ、怖いです。
でも、彼を信じることだけは、誰にも譲れません」
校長室を出ると、外の光が眩しかった。
手のひらには汗がにじみ、心臓はまだ速く打っている。
それでも——
胸の奥に、確かな温かさがあった。
廊下の先で、椎名が待っていた。
「どうだった?」
「……言うべきことは、言ってきた」
「お前、ほんとに強ぇな」
「強くなんてないよ。
ただ、誰かを守るために“弱さ”を見せないって、
決めただけ」
そう言って微笑む凜音の瞳は、
冬の光に透けて、静かに輝いていた。
その表情を見た瞬間、
椎名は悟った——。
彼女はもう、“理想の会長”ではない。
ひとりの“恋する少女”として、
確かな覚悟を持ったのだと。




