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君の隣で、世界が静かになる  作者: 海鳴雫


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第13話 影と光

朝、昇降口の空気が妙に重かった。

 靴箱の前で靴を履き替えていると、

 背後からひそひそ声が聞こえてくる。


 「マジで会長、高瀬と付き合ってんのかよ」

 「信じられねぇ。よりによって、あいつ?」

 「前にコンビニで他校の連中と揉めてたって聞いたぞ」


 ……またか。


 彰人は黙って靴を履き替え、廊下に出た。

 耳を塞ぐようにイヤホンを差し込む。

 けれど、言葉は不思議と心の奥まで届いてしまう。

 “見た目が怖い”“不良っぽい”

 それがいつしか、“会長の相手にふさわしくない”へと変わっていた。


 凜音と一緒にいる時間は確かに幸せだ。

 けれどその裏で、何かが少しずつ崩れていくような気がしていた。


 昼休み。

 屋上へ向かう階段の途中で、

 同じクラスの男子・森下が待ち構えていた。


 「おい、高瀬」

 「……なんだよ」

 「一応言っとくけどさ、桐島会長に迷惑かけんなよ。

  あの人、学校の顔なんだから」


 彰人は眉をひそめた。

 「俺が何した」

 「何もしなくても、周りがどう思うかの話だよ。

  お前と一緒にいるだけで、会長の評価が下がるんだよ」


 喉の奥で何かが軋んだ。

 言い返そうとしても、どんな言葉も空回りしそうで、

 結局「……あっそ」とだけ呟いて通り過ぎた。


 その瞬間、背中に小さな嘲笑が突き刺さった。


 「ほらな、やっぱり不良だよ」


 ドアを閉める音が、やけに大きく響いた。


 屋上では、凜音が風に髪を揺らしていた。

 笑顔を向けてくる。

 その笑顔が、今の彰人には眩しすぎた。


 「どうしたの?」

 「……なんでもない」

 「顔、少し疲れてるよ」


 心配そうに覗き込む凜音の瞳。

 その優しさに甘えたくなる一方で、

 “この笑顔を曇らせたくない”という想いが、

 彰人を沈黙させた。


 「なあ、凜音」

 「ん?」

 「……もしさ、俺といることでお前が嫌な思いしてるなら、無理しなくていい」


 凜音が驚いたように目を見開く。

 「なにそれ」

 「周りがどう言ってるか、聞こえてくるんだよ。

  俺のせいでお前が傷つくなら、それは……」


 「やめて」


 凜音の声が、思いのほか強かった。


 「そんな言い方、しないで。

  私があなたを選んだの。

  誰が何を言おうと、私が決めたことなのに」


 彰人は言葉を失った。

 凜音の瞳には、怒りでも悲しみでもなく、

 “覚悟”のような光が宿っていた。


 「……ごめん」

 「謝らないで。

  あなたが傷つくたびに、私も痛いの」


 風が吹き抜け、二人の髪を揺らした。

 冬の冷たい空気の中、

 その一言が、なによりも温かく心に沁みた。


 だが放課後。

 教室を出ようとした彰人の前に、

 数人の男子が立ちはだかった。


 「なぁ、高瀬。お前、ほんとに会長と付き合ってんの?」

 「悪いこと言わねぇからやめとけよ。似合わねぇって」

 「どうせ長く続かねぇよ」


 小馬鹿にしたような声。

 彰人の拳が震える。

 頭に血が上る。

 けれど——殴ったら終わりだ。


 凜音が悲しむ顔が浮かぶ。


 彼はゆっくり息を吐き、

 「……勝手に言ってろ」とだけ言い残して廊下を歩き去った。


 背後で「チキンが」と笑う声が聞こえた。

 拳を握る。

 それでも振り返らなかった。


 “守りたい”という気持ちが、怒りよりも強かった。


 夜、凜音からメッセージが届いた。


 > 「今日、少し怖い噂を聞いたの。

 > でも、信じてるから。私はあなたを信じてる」


 スマホの画面がぼやけた。

 まるで、胸の奥に溜まっていたものが

 少しだけほどけたように。


 ——信じてくれる人がいる。


 その事実だけで、

 どんな言葉にも負けないと思えた。


 彰人は返信を打つ。


 > 「大丈夫。俺も信じてる」


 送信ボタンを押したあと、

 彼は静かに息を吐いた。


 どんなに影が濃くても、

 その中心には、必ず光がある。

 その光が凜音である限り、

 自分は歩ける。


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